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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第四章・風が交わる場所

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第四十二話 魔因子の調律

 ──夜が、静かに沈む。

 空は厚い雲に覆われ、学園の塔の先端だけを月光が淡く照らしていた。

 その光は、まるで世界を二つに分ける境界線のように細く、冷たかった。


 その頃、校舎の地下深く。

 かつて封鎖されていた〈ⅩⅢ(サーティーン)実験棟〉に、再び灯がともっていた。


 拘束されていたのは――海豚悪天(いるか あくてん)

 決闘で敗れ、“魔”へと堕ちた少年だった。


 魔によって一時的に暴走した者ならば、

 王位の角から生成された特効薬によって治療は可能だ。

 だが、自ら“魔”と契約した者――いわゆる〈魔堕ち〉となれば話は別。

 その治療法は、いまだ確立されていない。


 決闘システムの項目、六・決闘後の処理にはこう記されている。


・勝者側には「正当防衛認定」として報告書が出される。

・敗者側は一時的に異能制限を受け、ⅩⅢによる監査が入る。


 つまり、敗者――海皇高校の生徒たちは、今まさにその監査を受けていた。

 海豚悪天は悟っていた。

 これから自分の身に起こることを。


 ――ⅩⅢによる「実験」

 それは、もはや“拷問”と言い換えてもよかった。


 拘束台の上、冷たい金属音が響く。

 透明なチューブが彼の腕を走り、液体が流れ込むたび、皮膚の下を光が走った。

 息をするたびに、肺の奥から焼けるような痛みが走る。

 それでも彼は叫ばない。

 ただ、静かに唇を噛み締めていた。


 ――その様子を、別室からモニター越しに見つめる者がいた。

 宮中(みやうち)潤である。


 彼はモニターの光を映した瞳で、じっと映像を見つめていた。

 冷静であるはずの彼の口から、ぽつりと小さな声が漏れる。


「相変わらず腐ってるな、この組織……」


 モニターの向こうに映る少年の姿が、過去の幻影と重なる。

 脳裏に浮かぶのは――幼い子どもたち。

 泣き叫び、傷つき、泣き止むこともできなかった小さな命たち。


 その中に、確かに四月(しづき)レンの姿もあった。

 かつて、選ばれし“子供たち”のひとりとして。

 あの頃の記憶が、今も彼の胸の奥を焦がしていた。


「師よ……どの世界でも、人は愚かなものです……」


 宮中は、そこに居ない“彼女”――四月に語りかけるように呟いた。

 その声には怒りよりも、深い諦めと祈りが滲んでいた。


 重苦しい沈黙を破るように、端末が低い電子音を鳴らす。

 通信回線が接続され、画面に新たな通達が表示された。


 〈特別対策部・十三部 再編成通知〉


 その一文を見た瞬間、宮中は眉をひそめた。

 何かが、また動き始める――そんな予感がした。



 * * *


 水無月も後半。

 梅雨の切れ間の朝、教室にはまだ湿った空気が漂っていた。

 朝のホームルーム――。


 担任である宮中が前に立ち、静かに言葉を告げた。


「“魔”による被害がさらに拡大してきているからな。

 メンバーを増やせってことだ」


 その口調はいつも通り淡々としていた。

 だが、彼の眼差しにはどこか影があった。

 生徒たちをまた危険に巻き込みたくはない――

 そんな本音が、言葉の端に微かに滲んでいた。


 宮中の視線がふと動く。

 教室の一番前の席、俯いて単語帳をめくる少女――四月レン。

 彼女は何事もなかったようにページをめくり続けていた。

 他人の視線にも動じず、ただ静かに、成り行きを見守っている。

 その姿はまるで、過去の痛みを知る者の静寂だった。


 やがて、前列から二人の生徒が名乗りを上げた。


「オレが行く」

「私も……!」


 辻と三井野。

 ふたりは迷いながらも、前へ一歩を踏み出した。


 辻は攻撃担当、三井野は歌によるサポート。

 その役割を自分たちで決めるように、互いに目を合わせてうなずいた。


「正直、オレはまた暴走するかもだけど……」


 辻の声はわずかに震えていた。

 黒八(くろや)を襲ってしまった過去。

 そして、夜騎士(よぎし)が暴走したあの夜。

 それらの記憶が、彼の胸を重く縛っていた。


「その時は止める」

「ああ……」


 風悪と夜騎士がほぼ同時に答えた。

 その声には、揺るぎない信頼があった。


「何度でも」


 王位も、静かにその輪に加わる。

 短い一言が、空気を震わせるように響いた。

 その瞬間、教室の中に“仲間”という言葉が確かに生まれた。


「うん、ありがとう」


 辻は小さく息を吐き、決意の色を瞳に宿した。


 三井野もまた、胸の奥で不安を押し殺していた。

 自分の力は戦闘向きではない――。

 それでも、彼女は迷わず口を開く。


「少しでも役に立ちたい!」


 その声は震えていたが、真っ直ぐだった。

 風悪たちは、その思いを否定することなく受け止める。


「無理はするなよ」


 夜騎士が穏やかな声で言った。

 その柔らかな眼差しに、三井野の頬がわずかに染まる。


「凶君……」


 彼女の微笑みは、決闘の夜以来初めて見せたものだった。

 静かで、温かく、そして強い。


 一方で、一ノ瀬は手を上げなかった。

 五戸(いつと)たちと共に、別ルートで“魔”の調査を続けるつもりだった。

 だが、彼女なりの責任感がある。

 もし今回のように異能同士の衝突が起これば、

 その時は必ず駆けつける――そう心に決めていた。


 黒八もまた、参加を申し出たが、すぐに却下された。

 “太陽”の代償があるためだ。

 太陽は戦いの中では沈黙を守り、

 黒八が本当の危機に陥った時だけ力を貸す。

 だがその代償は、黒八の身体に深刻な負担を与える。

 だからこそ、彼女は“支える側”に回ることを選んだ。


「黒八の太陽は強力だけど、身を守れる分だけにしておいた方が良い」


 風悪の静かな忠告に、黒八はうなずく。


「分かりました。影で支えることを探します!」


 その声には、戦いとは違う強さがあった。

 支える者としての覚悟――。

 それもまた、彼女の“異能”だった。


 そして、六澄(むすみ)わかしは無表情のまま、窓の方へ視線をやった。

 けれどその唇の端が、わずかに動く。


(……次が、楽しみだ)


 彼の心の中で、誰にも見えない小さな笑みが灯る。

 その瞳の奥には、何かを待ちわびるような輝きがあった。


 こうして――


 〈特別対策部・十三部〉は、再び新たな形で動き出した。

 “再編”ではなく、“再生”。

 誰もがその言葉を胸に刻みながら、それぞれの席に戻っていった。


 窓の外では、梅雨の晴れ間を縫うように風が吹いた。

 静かな予感を運びながら、次なる嵐の訪れを告げるように――。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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