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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第三章・風が裂かれる日

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第四十話 雷鳴、そして静寂

 ──雷鳴が止んだ。


 アリーナを包んでいた“音の鎧”が、砕ける音を立てて消えていく。

 眩い閃光の中で、海豚悪天(いるか あくてん)の身体が弾き飛ばされた。


 床を転がり、動かなくなる。

 その身体から、紫黒の光がゆっくりと抜け落ちていった。

 まるで“魔”そのものが、形を失っていくように。


 「……終わった?」


 風悪(ふうお)の呟きが響く。

 その声には、安堵と緊張が入り混じっていた。


 四月(しづき)レンは無言のまま歩み寄る。

 焦げた床を踏みしめながら、倒れた海豚を見下ろした。


 「贔屓……」


 海豚の掠れた声が漏れる。

 その瞳の奥には、微かな哀しみがあった。


 「贔屓? 私は監視官として職務を全うしただけ」


 四月の返しは冷静だった。

 海豚悪天は血の混じった息を吐きながら、唇の端をわずかに上げる。


 「……ボクはね、仲間なんて信じていないんだよ」


 「そうか」


 短くそう告げると、四月は指先を鳴らした。

 青白い電流が海豚の周囲に展開される。


 封印結界――ⅩⅢ(サーティーン)所属監視官が使用を許された抑制術式。


 「決闘の範囲内であっても、“殺し”は許されない。

  よってここで、君の戦闘権限を停止する」


 言葉と同時に、海豚の身体を包む光が鎖のように絡みつく。

 抵抗するように音が鳴ったが、それもすぐに掻き消えた。


 「……もう、終わりだ」


 四月の声は静かで、どこか祈るようでもあった。


 海豚悪天は視線だけで風悪たちを見た。

 その瞳には、怒りとも安堵ともつかない色が宿っている。


 「凶君……やっぱり、キミはずるいよ」


 それが、最後の言葉だった。

 海豚の意識が途切れ、完全に沈黙する。


 結界の光が収まり、再びアリーナに静寂が降りた。


 *


 「……終わった、のか」


 王位が小さく息を吐く。

 その隣で、一ノ瀬がスマホを掲げた。

 画面には、たった一言だけ。


 『みんな、生きてる』


 その文字を見て、風悪が微笑む。

 傷だらけの顔に、わずかな安堵の色が差した。


 「ありがとう、みんな」


 四月は彼らの方を振り返り、静かに頷いた。


 「よくやった」


 風悪は、短く言ったその言葉を噛みしめる。

 それは、彼らがただの生徒ではないことを示す言葉。

 “異能学園”の名に恥じぬ者として、戦った証でもあった。


 四月が端末に報告を入力しながら言う。


 「決闘は終了。勝者、切ノ札(きりのふだ)学園。

  ・勝者側には『正当防衛認定』として報告書を提出。

  ・敗者側は一時的に異能制限を受け、ⅩⅢによる監査を実施。

   ただし、被験者一名は拘束・引き渡し処理を要す」


 冷たい文言が、端末の光に浮かぶ。


 風悪たちは何も言わなかった。

 勝利の実感も、歓声もなかった。

 ただ、終わりを受け入れるしかなかった。


 *


 ──医療棟。


 画面に映るアリーナが静まり返った瞬間、

 三井野燦はそっと胸に手を当てた。


 「……よかった……」


 涙が頬を伝う。

 隣で妃愛主が小さく息をついた。


 「まったく……もっとスムーズにやりなさいよね」


 辻颭は無言で画面を見つめていた。

 風悪たちの姿、そして倒れた海豚悪天の影。

 その奥に、自分が暴走したあの日を重ねていた。


 「“魔”が、また人を飲み込んだのか」


 低く呟く辻に、三井野が目を向ける。


 「でも……誰も死ななかった。それだけで、今は十分」


 そう言って微笑んだ。

 その笑顔はどこか痛々しく、それでも確かな希望があった。


 *


 アリーナの中央。

 風悪は膝をついたまま、空を見上げた。


 結界の天井越しに、光が差している。

 その光は、雨上がりの空のように優しかった。


 「四月……」


 風悪が声を上げる。

 四月は歩みを止めず、振り返らずに言った。


 「次に備えろ、風悪。

  “魔”は、まだ終わっちゃいない」


 その背中が、静かに闇へと溶けていった。



 ──翌朝。


 決闘のあったアリーナは、すでに閉鎖されていた。

 割れた床、焦げた鉄の匂い、風圧で歪んだ柵。

 その全てが、昨日の戦いの激しさを物語っていた。


 ⅩⅢの回収班が現場に入り、淡々と作業を進めている。

 結界の破片を検出し、異能痕を記録し、

 そして最後に、封印された海豚悪天を運び出していった。


 「被験者アクテン、異能活動停止を確認。

  精神汚染値、上限突破。……やはり“魔”との接続だな」


 調査員の声が淡々と響く。

 抑制結晶の中で、海豚の身体がわずかに脈打つ。

 それは生きている証――しかし、もう“人”ではなかった。


 監視記録はすべてⅩⅢ本部へ送られ、

 彼の処遇は後日、協議にかけられることになった。


 “魔に堕ちた者”として。


 *


 切ノ札学園・医療棟。


 窓から射す朝日が白いカーテンを透かし、

 柔らかな光が並んだベッドを照らしていた。


 三井野燦はベッドに身を起こしていた。

 頬の色も戻り、表情にも少しだけ元気が見える。

 その隣のベッドには、辻颭の姿もあった。


 「……おはよう」


 三井野が小さく声をかけると、

 辻は頷きながら窓の外を見た。


 「みんな……無事だったみたいだね」


 「みんな、頑張ったから」


 カーテンを少し開け、外を見つめる三井野。

 青く澄んだ空の向こうに、昨日の戦いの煙はもうない。


 「“魔”は、また近づいている気がするけど……

  それでも、希望を失っちゃいけないよね」


 その言葉に、辻は静かに笑った。


 「三井野は強いな。……オレとは違う」


 「違うわけないよ。……だって、同じ仲間でしょ?」


 小さな声で交わされる会話。

 その背後で、モニターの心拍音が規則正しく鳴っていた。


 *


 一方、夜騎士(よぎし)凶は校舎裏のベンチにいた。

 朝の冷たい風が吹き抜ける中、

 彼は膝の上で握り拳を作っていた。


 誰もいない。

 戦いの夜から、一睡もしていなかった。


 「……オレ、また暴れたんだな」


 その呟きは、風にかき消されそうなほど弱々しかった。


 風悪が後ろから現れ、黙って隣に座る。


 「止められたのはオレたちだけど、守りたかったのはお前だろ」


 「守れなかったよ」


 夜騎士は拳を握る。


 「オレが止まれなきゃ、また誰かを殺すかもしれない。

  海豚は……それを見越して、オレを怒らせた」


 その声に、風悪は首を横に振った。


 「怒りも、悲しみも、全部“人”だからあるもんだ。

  それを“魔”に使わせないようにするのが、オレたちだろ」


 短い沈黙。

 夜騎士の顔に、少しだけ影が和らぐ。


 「……相変わらず、風くさいこと言うよな」

 「風の名前だからな」


 二人の笑い声が、淡く風に流れた。


 *


 その頃、ⅩⅢ本部。


 黒い防音ガラスの奥、長机の前に複数の監査官が座っていた。

 中央のスクリーンには、海豚悪天の記録映像。

 そして、その横に映る四月レンの名。


 「監視官・四月レン。

  君の報告によると、被験者アクテンは“自発的融合”を行ったとある」


 「はい。彼は“魔”と意識的に同調し、自我を保ったまま変質した」


 四月の声は落ち着いていた。

 彼女は立ったまま、視線を一点に据えている。


 「……では、再発の可能性は?」


 「高い。だが――」


 四月はわずかに間を置き、言葉を続けた。


 「今回は“誰も死ななかった”。

  それが、唯一の救いだ」


 会議室が静まり返る。

 誰も、その言葉を否定しなかった。


 報告は受理され、次の指令が下される。


 【被験者アクテン 監視継続】

 【切ノ札学園 特別警戒指定】


 四月は静かに頭を下げ、退出する。



 *


 昼頃、医療棟の屋上では、

 風悪が一人、風に当たっていた。


 遠く、結界の外に沈む街を見つめながら、

 彼は思う。


 (“魔”は、終わらない。……でも、今度は負けない)


 その瞳には、

 夜明けを告げる光が確かに映っていた。


 ──決闘編、了。

次回四章から週二更新予定でしたが毎日に変更します。

五章まで毎日。六章から週二(火、金)になります。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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