第四話 十三部、結成の日
朝。
学園の屋上に、風が吹いていた。
昨日の夜に起きた襲撃の跡は、もう街の清掃班によって跡形もなく消されている。
けれど、風悪の胸のざらつきは残ったままだった。
「黒八を襲った“魔”……あれは、ただの暴走じゃない」
風悪は柵にもたれ、遠くの街並みを見下ろす。
その背後から、聞き慣れた足音が近づく。
夜騎士凶がコーヒーミルクを片手に立っていた。
「おはよ、風悪。寝れたか?」
「まあ、そこそこ」
「“そこそこ”って言ってる顔してるしな」
軽口を叩きながらも、夜騎士の眼差しは鋭い。
風悪の沈黙に、すぐ気づいたのだろう。
「先生がさ。さっき“全員、第一訓練場に集合”ってさ」
その言葉に、風悪の胸がわずかに高鳴る。
不安と期待。
昨日の黒八空の笑顔と、“魔”の黒い靄が交錯する。
「……オレたち、もう“普通の生徒”じゃいられないな」
「はっ、最初から普通じゃないだろ。お前、頭に羽生えてんだぞ?」
「それ言うな」
軽く笑い合うふたり。
だが、風は確かに変わり始めていた。
校舎の屋上を吹き抜ける風が、
まるで“新しい嵐の予兆”のように吹き荒れていた。
――十三部、始動。
とはいっても、まだ候補生どまり。
この訓練で“正式加入”が決まる。
第一訓練場に集まったのは、顔見知りのメンバーたちだった。
夜騎士凶、王位富、そして風悪。
観覧席には、二階堂秋枷と七乃朝夏、黒八空、三井野燦が見学に来ている。
「師……四月はともかくとして、他のメンツは、まあ……だろうな」
宮中潤は、淡々とした声で呟いた。
その口調はどこか底が読めない。
「正式始動前に、お前らには一度“訓練”を受けてもらう。
いや──“試練”とでも言い換えるか」
「試練ねえ……やってやろうじゃん!」
夜騎士が、いつものように軽く笑って言う。
その明るさの奥に、ほんの少しだけ高揚が混じっていた。
「ほどほどにね」
王位が微笑む。
その笑顔には静かな優しさと、どこか影のような悲しみが差していた。
「凶、王位! 一緒に頑張ろう!」
風悪が声を上げ、仲間を鼓舞する。
夜騎士は短く「おう」とだけ答えた。
それだけで、三人の呼吸は自然に合っていた。
一方、観覧席。
「黒八さんも見学ですか?」
七乃が二階堂の隣から黒八に声をかけた。
「はい……私は戦えませんが、何か役に立てることを探しに来ました」
黒八は凛とした声で答える。
その横顔に、わずかな決意の光が宿っていた。
「黒八さん、えらいなあ……オレも戦えないから、見守ることしかできないよ」
二階堂が苦笑いを浮かべる。
「秋枷君はわたくしが守りますから!」
七乃がすかさず胸を張る。
「いつもありがと、七乃さん。」
「そ、そんな! お礼だなんて!」
二階堂の何気ない返事に、七乃は頬を赤らめ、満足げに笑った。
「うう……凶君……」
心配そうな目で、三井野燦が訓練場の夜騎士を見つめていた。
その視線の先で、三人が構える。
そんな実践組三人と見学組四人を、さらに遠くから見つめる視線があった。
窓の外。残りのクラスメイトたち。
それぞれが、それぞれの場所から観察している。
誰もが、この瞬間を見逃すまいとしていた。
訓練──いや、試練が始まった。
宮中の掌が静かに宙を撫でる。
空気が震え、床に魔法陣が浮かび上がった。
光と影が絡み合い、その中心から、黒い塊が現れる。
「召喚・喚起」──それが宮中潤の異能。
銃も、兵器も、魔物すらも具現化して操ることができる。
彼は淡々と魔物を呼び出し、三人へ告げた。
「この魔物を倒せたら、お前たちは晴れて“十三部”のメンバーってわけだ」
黒い影が唸り声を上げる。
四つ足の獣。皮膚の下を黒煙が這い回り、赤い眼が二つ光る。
異様な殺気が空気を重くした。
「行くぜ!」
夜騎士が先陣を切った。
彼の腕から青黒い影が滲み出し、螺旋を描いて鎌の形を取る。
その異能──鯱の魔物の血を引く末裔だけが扱える《影装》
刃が唸りを上げて魔物へ迫る。
しかし獣は素早く身を翻し、反動で王位と風悪の方へと駆け出した。
「っ!」
夜騎士が追う。
王位は瞼を閉じたまま、手を掲げる。
光が凝縮し、一本の剣が姿を現した。
《聖剣顕現》
彼の心の強さを糧に形を取る、光の武器。
剣が火花を散らし、魔物の爪を受け止めた。
その隙に風悪が両腕を振り上げる。
「風よ、応えろ──!」
突風が吹き荒れ、魔物を押し返す。
土煙が舞い、砂が空へと跳ねた。
「凶!」
二人が声を合わせる。
押し返された魔物が、夜騎士の元へと飛ぶ。
青黒い影の鎌が閃き、斜めに走った一撃が獣の体を切り裂く。
その瞬間、轟音とともに、魔物の体が二つに裂けた。
──だが、終わりではなかった。
二階堂のチョーカーが、かすかに震える。
七乃の瞳が光を帯びる。
「あ、あれは……!」
黒八が言い終える前に、裂かれた魔物の断面から、黒い靄が溢れ出した。
赤い脈動。空気が歪む。
魔物が、二つに“分裂”する。
空間を震わせる咆哮。
二体の獣が、暴走を始めた。
「先生! このままでは危険です!」
黒八が悲鳴に近い声を上げる。
だが、宮中は微動だにしなかった。
マスクの下に焦りの色はなく、ただ静かに──
「続けろ」
その一言を放つ。
異能の主は、あくまで試練を止める気はなかった。
遠くからその光景を見下ろしていた六澄わかしは、
窓越しにわずかに唇を動かす。
「……なるほど」
その言葉に、五戸このしろが首を傾げる。
「何? どゆこと?」
机に肘をつきながら、鳩絵かじかが、
スケッチブックにペンを走らせながらぼそりと呟いた。
「かじかも分かんなーい」
六澄の瞳が光を反射する。
「あの魔物……“魔”で暴走するように、最初から細工してあった。あの教師に」
「え、やっば! それ本当!?」
五戸が青ざめた顔で反応する。
六澄は何の感情もない声で答えた。
「……先生は、試してる。文字通り」
一ノ瀬さわらは、手にしたスマホを握りしめていた。
画面がわずかに軋む。
その指先は震えていたが、
それは恐怖ではなく──“魔”への怒り。
訓練場では、三人の戦いが続いていた。
暴走した魔物は、さっきより速く、強く、獰猛だ。
二体が連携するように襲いかかり、
夜騎士は一撃を受け、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「凶!」
風悪が叫ぶ。
王位がすかさず前に出る。
「落ち着け、風悪。二体同時は無理だ。分けろ!」
光剣が閃き、一体の進路を塞ぐ。
風悪がもう一方を風の壁で押し返す。
だが、押し返そうとする風が暴走しだしていた。
「くそ……制御が……!」
風悪が諦めかけたその瞬間、
夜騎士が立ち上がる。
「おい、風悪! 合わせろ!」
「なにを──」
「風を、貸せ!」
夜騎士の影が再び広がる。
それを見た王位が、すぐに理解した。
「……行くぞ!」
光。風。影。
三つの力が交差する。
風悪の風が夜騎士の影に流れ込み、
王位の剣がその軌跡を導線のように描く。
「今だ、凶!」
「おうッ!」
夜騎士が跳躍し、影の鎌を振り下ろす。
そこに風が加速を与え、光が刃を導く。
爆音。閃光。衝撃波。
二体の魔物が同時に裂かれ、風に飲み込まれて消滅した。
静寂。
煙と光の余韻が漂う。
夜騎士が膝をつき、息を荒げる。
王位は剣を霧のように消し、風悪は地に伏していた。
それでも、三人の視線は交わる。
互いの呼吸を確かめるように。
――勝った。
「……合格だ」
宮中の低い声が響く。
まるで試験の採点でもするかのような、乾いた口調だった。
「これより、お前たちは正式に“十三部”の一員とする」
皆一様に歓喜の声を上げた。
遠くの窓から、それを見つめる六澄が小さく薄く笑った。
「──面白い」
その呟きは、誰にも届かず、風に消えた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




