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魔を滅ぼすために造られた少年は、異能学園で仲間と出会う ― ⅩⅢ 現代異能戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第三章・風が裂かれる日

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第三十七話 海王の午後

 中学時代の話、海王(かいおう)中学にて。

 王位富は、今日も目を閉じたまま廊下を歩いていた。

 白い指先で手すりをなぞり、風の流れと足音だけで人の気配を読む。

 彼のまわりには、薄いざわめきがいつも漂っていた。


「目を閉じて生活してるって」

「なんか家が呪われてるとか」

「見たら呪われるって?」

「でもよく生活できるね」


 興味半分、怖れ半分。

 囁きは空気の埃みたいに、勝手に積もる。


「気配で人とかがわかるって」

「ちょっと気味悪くない?」


 王位は気にしない。

 ただ静かに、風の向きを確かめるように席につく。


「えー、オレはかっこいいと思うけどな。達人みたいで!」


 明るく割って入った声が、ざわめきを断ち切った。

 青黒い髪の少年――鯱氷凶(しゃちひ きょう)

 この頃の彼は、まだ左眼を前髪で隠していない。


 そのひと言で、教室の空気はあっけなく転がる。


鯱氷(しゃちひ)くんが言うなら……」

 女子たちは頬を染め、変な噂は潮のように引いていった。


「事情とか聞かないの?」

「なんで?」


 王位の当然の疑問に、鯱氷は肩を竦める。


「話したいときに話してくれればいい。嫌なら黙っていればいい」

「そう……」


 声音は冷静、表情は穏やか。

 奇妙な均衡を保った少年だ、と王位は思う。


「案外他人のことに興味ない?」

「そんなことないと思うけど、分からん!」

「え?」


 拍子抜けする正直さに、王位は思わず笑った。


「でも、達人みたいってのは、ちょっと……」

「え?良いと思ったんだけど!?」


 かみ合っているような、いないような会話。

 それがきっかけで、鯱氷はよく王位に絡むようになった。

 二人の距離は、風に押される雲みたいに自然に近づいていく。


 その様子を、隅の席からじっと見ている眼差しがあった。

 海豚悪天(いるか あくてん)。彼は小さく呟く。


「何、あいつ……」


 そして、胸の内でははっきりと思った。


(気持ち悪い)


 *


 ある日の教室帰り。並んで歩きながら、王位が問う。


「なんでそんなに、お人好しできるというかなんというか」

「お人好し? オレが?」


 鯱氷は笑い、続ける。


「だって普通浮いてるやつに声掛けないよ」

「オレは別に気にしないけどな」


 風が廊下を抜け、制服の裾を鳴らす。


「まあ、姉さんの影響かもな。」

「お姉さん?」

「そ、年の離れた姉がいてさ、ⅩⅢ(サーティーン)の一員やってんだよ。一応、オレの憧れで……」


 羨望と敬意と、強い意志。

 その匂いが、言葉の端に宿る。

 王位は目を閉じたまま、その温度を感じる。


「誰かの為にチカラは振るいなさいって教えられた。そんな感じ」


 *


 帰り道。

 横断歩道の赤信号で立ち止まり、鯱氷がふと漏らす。


「あんま、帰りたくねー」

「どうしたん?」


「いやさ、家ギスギスしてんの」

「なんで?」


 鯱氷は淡々と話す。


「小4の時に選ばれし子どもたち居たじゃん?」

「ああ、ⅩⅢに入るための特別訓練を受ける子供たちってやつ?」

「それ」


 ――この国には“ⅩⅢ<サーティーン”>と呼ばれる制裁機構がある。

 選抜された子どもは、栄誉と引き換えに国へ差し出され、過酷な訓練を受ける。

 危険と名誉、莫大な報酬。

 テレビが映す“英雄”の眩しさは、多くの家庭に夢と圧力を同時に届けた。


「世間体を気にする父親が、なぜうちが選ばれなかったんだって、なってるってわけ」


 鯱氷は肩で息をしない。

 淡々と、事実だけを置く。


「なるほど……ってっきり、支払われるお金が手に入らなくて、家の誰かが何か言ってんのかと」

「そこまでじゃない!」


 思わず否定する声に、王位は口元を緩める。


「まあ、ボクの方も少し残念がられたよ」

「やっぱ、どこもそうなのか」


 憧れは甘い。だからこそ、後味も残る。


「凶は将来、ⅩⅢ目指してたりする?」

「まあ、一応。」


 信号が青に変わる。二人は歩き出す。


「高校を卒業したら訓練校に入って、入隊試験受ける予定」


 鯱氷はまっすぐに言って、少しだけ照れ隠しを混ぜる。


「給料いいしね」

「やっぱ金じゃん!」


 王位のツッコミに、鯱氷は肩をすくめる。


「金は大事だろ? 命より重い時もある」

「そうかもだけど!」


 何気ないやり取り。穏やかな日々。

 風の見えない道標に従うように、二人は並んで帰った。

 この頃にはもう、王位は鯱氷凶と「友達」になっていた。


 

 そんなふたりの影を、遠くから見つめるもうひとつの影があった。

 海豚悪天。


 彼にとって、王位富と鯱氷凶は理解し難い存在だった。

 他人のために動くこと。

 誰かを信じること。

 手を差し伸べること。

 ――それらすべてが、滑稽に見えた。


 鯱氷凶の“善性”が、どうしようもなく気持ち悪かった。

 だから、ある日、海豚は決めた。


 壊してやろう、と。


 そして鯱氷凶は、彼に目をつけられた。


 *


 ある日、海王中学の放課後。

 王位富は、一人教室に呼び出された。

 教室の中央には、海豚悪天がいた。

 その隣に、魚ノ目憂、鯨連座(くじら れんざ)海豹疎(あざらし うと)

 いずれも教師から「要注意」とされる面々だった。

 机を囲むように、静かな敵意が満ちている。


「海豚、話って何?」


 王位は警戒を隠さずに問う。


「いや~、よく凶君の友達やれてるなって!」


 海豚は笑う。

 その瞳に灯るダイヤ型の燐光は、不自然なほど輝いていた。


「鯱氷っちの方が、かっこいいから嫉妬してんのよ!」

「してない!」


 魚ノ目が冗談を言い、海豚が即座に反論する。

 その軽口の裏に、確かな悪意が滲んでいた。


「とにかく、ボクは嫌いなんだよね、あいつ。だから──」


 海豚が指を鳴らす。

 カチン、と乾いた音が響いた瞬間、魚ノ目、鯨、海豹が同時に動いた。

 茨が伸び、爆音が轟き、冷気が床を走る。

 教室が、たった一瞬で戦場に変わった。


 王位は抵抗する暇もなかった。

 腕が折られ、机が砕け、壁に叩きつけられる。

 視界が滲み、痛みの感覚だけが鮮明に残った。


 *


 その報せを聞いた鯱氷凶は、怒りに燃えた。

 友を傷つけられた。

 それだけで十分だった。


「悪天! オレが気に入らないなら、直接オレをやればいいだろ!」


 怒号が廊下を震わせる。

 止めに入る王位の姿は痛々しかった。

 左腕にはギプス。包帯越しに滲む赤が生々しい。


「凶、ボクはいいから」

「良くない!」


 その声には、怒りと悲しみが混じっていた。

 海豚悪天と鯱氷凶は言葉を交わす間もなく、戦いを始めた。


「やっぱり、好きになれないよ。凶君のその友だち思いなところ」

「それは、富が狙われる理由にならねえ!」


 鯱氷の怒気が膨張する。

 握った拳から、青黒い光が漏れた。


 (“魔”にのまれたか……)


 海豚は笑みを崩さないまま分析する。

 鯱氷凶――彼の血には“魔物”の因子が流れていた。

 そして今、“魔”の波動がその血を刺激している。


 理性が溶け、瞳が濁る。

 鯱氷凶は、魔物の咆哮とともに暴走した。


 校舎が揺れた。

 土煙が上がり、瓦礫が舞い、窓が次々と砕け散る。

 他の生徒たちは悲鳴をあげ、逃げ惑った。

 その中で、ただ一人、海豚だけが笑っていた。


 鯱氷は海豚を追い詰め、拳を振り下ろす。

 しかし、海豚はわずかな隙を突いて跳び退いた。

 その背後――薬品棚が、倒れる。


 轟音。

 鉄とガラスの破片が舞う。

 鯱氷はそれを受け止め、倒れた。

 左眼のあたりに深い傷。

 だが、それでも立ち上がろうとする。


 その瞬間――パンッ、と麻酔銃の音が鳴った。

 鯱氷凶の身体が揺らぎ、力を失う。

 彼はそのまま倒れ、静寂が戻った。


 *


 数時間後。病棟。

 ⅩⅢの医療班によって制圧された後、鯱氷凶は眠っていた。


「今は麻酔で眠っていますが、起きたらまた暴走状態に入ります」


 研究医の報告は冷たかった。

 “魔”によって理性を失った者は、もう戻らない。

 目を覚ませば、再び暴れるだけだと。


 その言葉を聞いた王位富は、黙って自分のギプスを見下ろした。


「凶がこうなったのは、海豚のせいでもあるけど、ボクのせいでもあるんだ」


 右手で額を押さえる。

 その下に、何かが蠢く。


(ボクのために怒ってくれた凶を救う方法──)


 王位は額から“角”を生やした。

 それは透明な光を帯びた一本の角。

 静かにそれを掴み、――折った。


 ぱきり、と硬質な音が響く。


「これを役に立ててください」


 角を折った瞬間、王位の身体から力が抜けた。

 角は彼の生命力と異能の源。

 それでも彼は、迷わなかった。


「友達のためなら、良いよ」


 その言葉に、誰も何も言えなかった。


 *


 後日。


 鯱氷凶は病室で目を覚ました。

 左眼を前髪で隠し、虚ろな天井を見上げる。


「ごめん、オレのせいで……」

「凶のせいじゃない。それに特効薬も開発されたしね」


 王位が穏やかに笑った。

 “角”から生成された特効薬。

 魔の残滓を浄化し、暴走を鎮める薬。


「ああ……聞いた、角のこと……」

「あのままだったら殺処分だったよ、凶。ボクは嫌だね、そんな別れ方」

「でも、あの角がチカラの源だって……」

「まあ、弱体化はするけど、友達を助ける為なら安いもんじゃん?」


 王位の言葉は軽やかだが、どこか遠く響いた。

 鯱氷は黙って拳を握り、俯いた。


 「それに普段から出してなかったから、あってもなくても困らないって言うか。凶の方が重症じゃない? 左眼……」


 王位は軽く笑いながら言う。


「まあ、反響定位使えるから、それで補えるし支障はないかな」


 鯱氷凶は、鯱の血を引く者。

 音の反響を読み、空間を“視る”ことができた。


「鯱氷って名前通り鯱なんだ……ってか凶も達人入り?」


 王位が冗談めかして言うと、鯱氷は苦笑した。


「ちなみに今回の件で、世間体気にする親が離婚した。今度から母親の旧姓になります」


 軽く言い放つその口調は、以前と変わらなかった。


「だからなんで軽く言うの」


 王位は目を伏せながら、呆れたように笑った。


 その笑みの裏で、ふたりの間に芽生えた“絆”は、もう消えることはなかった。


 ――そして、この事件が、

 のちの夜騎士凶と海豚悪天の“宿命”の始まりだった。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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