第三十五話 開戦 ―決闘の鐘―
──ⅩⅢ監査局・仮想異能結界〈A.R.E.N.A.〉。
天井も壁も存在しない。
限りなく白く、無音の空間。
ただ足元に淡い光の床が伸び、その上に二つの影が対峙していた。
切ノ札学園側――風悪、夜騎士凶、王位富、そして一ノ瀬さわら。
海皇高校側――海豚悪天、魚ノ目憂、鯨連座、海豹疎。
観客席はない。
歓声も拍手も存在しない。
ただ、全ての光景は結界と同期した端末を通じ、各所へと配信されていた。
教室の中。
黒八空、二階堂秋枷、七乃朝夏の三人が、机の上の端末を見つめていた。
緊張した面持ちで映し出される映像を追い、息を呑む。
「風悪君……」
黒八が小さく呟いた。
その声には、祈りと不安が混ざっていた。
「……勝てるかな」
二階堂が不安げに問うと、七乃がゆるく首を振る。
「信じましょう。わたくし達の仲間を」
彼女の言葉に、二階堂は小さく頷いた。
──一方、医療棟。
白いカーテンの向こうで、別の三人が同じ映像を見つめていた。
三井野燦。
その隣に、見舞いに来ていた妃愛主。
そして、静かにベッドに腰をかける辻颭。
「……すごいね、これ、結界の中がそのまま映ってる」
妃が感嘆の声を漏らした。
だが、三井野の視線はただ一点、画面の中の風悪たちに釘付けになっている。
「お願い……」
唇が震え、かすれた声でそう呟く。
辻は黙ったまま、画面から目を離さなかった。
妃が、静かに呟く。
「大丈夫。あいつらなら、負けない。不本意だけど」
──そして、再びアリーナ。
結界の中央には、淡く光る線が一本引かれていた。
それが、両陣営を分ける“境界線”。
風がない。
音もない。
ただ、空間全体が微かに脈動している。
四月レンの声が、結界内の空間全域に響く。
『これより、切ノ札学園 対 海皇高校。
異能決闘戦――開始する』
低く、静かに。
しかし、その一言で全てが動き出した。
白い光が閃き、空間が震える。
仮想とは思えぬほど、空気が熱を帯びる。
風悪が深く息を吸い、目を閉じた。
横で夜騎士が腕を鳴らす。
王位は静かに剣を構え、
一ノ瀬は端末を握りしめたまま菌糸を展開した。
対する海豚悪天が、微笑んだ。
「──行くよ、凶君」
彼の声が響いた瞬間、空間が破裂するような衝撃音を放つ。
音波が走り、風がうねる。
決闘の幕が、静かに上がった。
開幕を告げる声と同時に、空間が動いた。
最初に仕掛けたのは――魚ノ目憂。
足元に黒い影が滲み、そこから無数の黒茨が生まれる。
地を這い、空を裂き、標的を狙うのは一ノ瀬さわら。
「海豚っち、良いんだよね?」
「良いよ、やっちゃいな」
軽い調子のやり取り。
だが、その瞬間、茨が生き物のように蠢き、一ノ瀬を飲み込まんと迫った。
――が、動きが止まる。
茨を包み込むように、透明な線が絡みついていた。
一ノ瀬の異能《菌糸》。
目に見えぬ無数の糸が、茨の内部に侵入し、その動きを封じていた。
「っ! なに!?」
魚ノ目の瞳に、恐怖の色が浮かぶ。
見えない拘束に体を縛られた彼女は、もがきながら叫んだ。
その瞬間――氷の閃光が走る。
海豹疎が氷の刃を振り下ろし、魚ノ目の足元を斬る。
氷結の衝撃で拘束が砕け、魚ノ目は息をついた。
しかし同時に、冷気が一ノ瀬の方へと奔る。
それは菌を凍らせ、不活性化させる死の風。
「っ……!」
一ノ瀬の菌糸が凍結しかけた、その瞬間。
――風が吹き荒れた。
風悪が両腕を広げ、冷気の流れを断つように風壁を展開する。
冷気が押し返され、空気が循環する。
「風……面倒だね。でも……」
海豚悪天が不敵な笑みを浮かべ、低く呟いた。
次の瞬間、彼の身体から音の波が震える。
「悪天っ!」
夜騎士凶が駆け出した。
その身体から放たれるのは、青黒い影。
影が鎧のようにまとわりつき、腕の先で刃へと変化する。
「ちょっと、相手をしてやるか。みんなは作戦通りに」
「了解」
海豚は仲間に短く指示を出し、夜騎士と真正面からぶつかった。
同時に、二人が地を蹴る。
空中で交差し、影の刃と音の衝撃波が衝突。
空気が弾け、白い閃光が走る。
「クッ……!」
夜騎士が影を鎌状に伸ばし、海豚は音圧を一点に収束させる。
音と影がぶつかり合い、結界の床が振動した。
地上では、風悪が一ノ瀬の前に立ち続けていた。
彼女の菌糸は再び動き出している。
その時――小さな“鳴き声”が聞こえた。
「……クジラ?」
風悪が顔を上げると、宙に青白い光の塊が浮かんでいた。
小型のクジラのような形をした光。
次の瞬間、その光が膨れ上がる。
鯨連座の異能――《爆鯨》。
形成されたクジラ型の爆弾が、標的を感知して爆発する。
大きければ大きいほど、威力は増す。
「クジラ!?」
風悪が驚き声を上げた瞬間、
王位富が前へ出た。
彼の掌に光が集まり、剣の形を取る。
振るわれた剣が光を弾けさせ、クジラの爆弾を真っ二つに斬り裂いた。
空気が震え、閃光が散る。
しかし、間髪入れずに飛来するのは――黒茨。
魚ノ目の追撃だ。
先ほどよりも鋭く、そして速い。
「この狙い……一ノ瀬か」
王位が小さく呟き、構えを変える。
茨の軌道を読み切り、風悪の風壁と連携して受け流す。
一ノ瀬は冷静に指先を動かした。
菌糸が再び地を這い、茨の根を締め上げる。
「風悪君、もう一度!」
黒八の声が脳裏をよぎるように聞こえた気がした。
風悪は全身に風をまとい、再び吹き上げる。
冷気も爆炎も、茨もすべてを飲み込み、
嵐のように逆流させた。
結界内に風が奔り、光が弾けた。
変な名前にして思ったのはルビめんどくさいです。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




