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魔を滅ぼすために造られた少年は、異能学園で仲間と出会う ― ⅩⅢ 現代異能戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第三章・風が裂かれる日

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第三十四話 決闘前夜

 ──特別対策室。


 夜の帳が下り、窓の外には雨の残り香と街の灯がぼんやり滲んでいた。

 机の上には、作戦図と端末が並んでいる。

 五人の影が、その淡い光に照らされていた。


「……決闘の申請、正式に通ったぞ」


 四月(しづき)レンが短く言った。

 いつもと変わらない冷静な声。

 その瞳にはわずかに、彼らへの信頼の色が宿っていた。


「対戦相手は──海豚悪天(いるか あくてん)、魚ノ目憂、鯨連座(くじら れんざ)海豹疎(あざらし うと)

 四人チーム。全員、もちろん海皇(かいおう)高校所属だ」


「なるほど。音波、茨、爆発、氷か」


 夜騎士(よぎし)凶が腕を組み、険しい顔で画面を見つめる。


「爆発と氷が同時に来たら……かなり厄介だね」


 王位富が低くつぶやく。


 四月は頷きつつも静観していた。

 彼女は監督官として立ち会う立場であり、

 作戦の中身にまでは干渉しない──それが彼女の責務だった。


 夜騎士が指先で端末をスライドさせ、敵の情報を拡大する。


「注意すべきは“氷”だな。

 海豹疎──異能《氷結》。

 空気中の水分を媒介にして、触れたものを瞬時に凍結させる」


 その言葉に、一ノ瀬さわらが小さく反応した。

 彼女は無言でスマホを取り出し、素早く文字を打ち込み、画面を四人に向ける。


『菌糸……冷気に弱い。凍ると動けなくなる』


 風悪(ふうお)がその文字を見て、息をのんだ。


「……ってことは、一ノ瀬が一番危ない」


 一ノ瀬は短く頷く。

 怯えはなく、状況を分析する目だった。


「防ぐ手段を考えないとね」


 王位の言葉に、風悪が考え込む。


「オレの風で、冷気の流れを断つ。

 空気を循環させて、凍気が滞らないようにする」


「風圧で温度を分散……なるほどな」


 夜騎士が頷いた。


「ただし、その間はお前が攻撃に回れない。守り専任か」


「それでいい」


 風悪はきっぱりと答える。


「守れなきゃ、攻撃も意味ない」


 一ノ瀬がスマホを操作し、短く表示させた。


『……ありがとう』


 そのわずかな言葉に、風悪の顔が少しだけ和らぐ。


「おっと、青春か?」


 夜騎士が笑い混じりに茶化す。


「黙ろうか、凶。今は会議中だ」


 王位が冷静に返す。

 四月はわずかに笑みを浮かべたが、すぐに真顔へ戻り端末を操作した。


「決闘フィールドは、ⅩⅢ監査局の仮想異能結界──〈A.R.E.N.A.(アリーナ)〉。

 音響が響きやすい構造……つまり、悪天の音波に最適な地形だ。

 仮想空間とはいえ、痛覚や疲労は現実と同様。

 殺害は禁止、制圧をもって勝敗を決する」


「完全に向こうの土俵じゃん」


 風悪が小さくつぶやく。


「でも、音が響くなら――菌糸の伝達も早くなる」


 夜騎士の言葉に、一ノ瀬が再び文字を打ち込む。


『音で菌糸を振動させれば、広げられる。やってみる』


 それを見た王位が静かに微笑む。


「……面白い発想だ。理に適ってる」


「凶、王位が前衛。オレは後衛で援護」


 風悪が手を叩いて配置を整理する。


「一ノ瀬はサポート中心。

 菌糸が凍る前に、オレが風で冷気を遮る」


 一ノ瀬は軽く頷き、スマホを掲げた。


『信じてる。みんなを守る』


 その短い一文に、四人の表情が引き締まる。


 夜騎士が机を軽く叩き、締めの声を出した。


「──決闘開始は明日、午前十時。

  目的は“殺す”ことじゃない。

  相手を制して、止める。それだけだ」


 四月が一歩下がり、静かに言葉を添える。


「……忘れるな。正義は力じゃなく、選択の結果だ」


 部屋の灯が落とされ、非常灯だけが淡く残った。

 窓の外には月が昇り、薄雲を照らしている。


 風悪は静かに呟いた。


「……勝とう。

 三井野のためにも」


 その言葉に、誰も何も言わなかった。

 ただ、全員が心の中で誓った。


 *


 四月は皆のやり取りを、終始見守っていた。

 風悪の真っ直ぐな言葉も、夜騎士の軽口も、王位の分析も──すべてを。


 正直、自分が介入すれば、もっと効率よく、そして安全に事を運べる。

 それは確信に近いものだった。


 だが、言わない。

 それは監督官として中立を保つためでもあり、

 なにより“結果”を他人の手で作らせることが、彼らの成長を止めると思っていたからだ。


 (……彼らが選んだ答えを、見届けるだけでいい)


 そう自分に言い聞かせ、四月は静かに息を吐いた。


 過去視の異能を通して、四月はすでに夜騎士凶と海豚悪天の因縁を知っていた。

 中学時代から続く確執、その中で芽生えた嫉妬と劣等感。

 そして、海豚悪天が“魔”の影響を受けた今、

 それらがどう結末を迎えるのか、四月はある程度予測していた。


 (海豚の性格を考えれば……狙いは──)


 四月は静かに目を閉じた。

 冷静な判断の奥で、心のどこかがわずかに軋む。

 彼女の立場が“戦わない者”であることを、改めて痛感した。


 決闘において、彼女はただの観測者。

 干渉も助力も許されない。

 それでも、彼女は彼らの無事を願っていた。


 決闘システムの三原則――

 「殺傷を目的としない」「第三者被害を出さない」「時間制限内に決着をつける」。

 この誓約が守られる限り、四月は静観するつもりだった。


 しかしもし、その枠を逸脱することがあれば――

 そのときは、自らの雷で全てを止める覚悟もしている。


 「……勝てよ」


 ぽつりと呟かれたその声は、

 風の音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。


 四月は再び机の端末に視線を落とし、

 彼らの名前が刻まれた申請データを見つめる。


 指先が、画面の端をそっとなぞった。


 ──明日、“切札”を切る時が来る。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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