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ⅩⅢ〜thirteen〜 現代異能学園戦線  作者: 神野あさぎ
第一章・風が目覚める日

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第三話 闇が囁く日

 翌朝、学園内はざわめいていた。

 教室に入るなり耳に飛び込んできたのは、昨日の出来事を噂する声だった。


 ──“昨日、教師がⅩⅢ(サーティーン)の者と一緒に暴走生徒を処理していたらしい。”


「聞いたか? 教師って……」

「落ち着け凶、分かってる」


 夜騎士凶(よぎし きょう)王位富(おうい とみ)は、朝から落ち着きがない。

 いつものように軽口を交わしながらも、その目は妙に輝いていた。


「もしかして宮中(みやうち)先生?」


 風悪(ふうお)は何気なく口にする。

 昨夜、公園で見た宮中の姿が脳裏をよぎった。


「そうだよ、絶対そう。黒いマスクなんかしてさ、教師っぽくないんだよな」


 夜騎士は笑いながら言い、風悪もつられて小さく笑う。

 けれどその笑いは、どこか乾いていた。


秋枷(あきかせ)君……」


 七乃朝夏(ななの あさか)が不安そうに隣の席を見つめる。

 視線の先には、二階堂秋枷(にかいどう あきかせ)


「大丈夫だよ、七乃さん」


 秋枷は心配をかけまいと、優しく笑ってみせる。

 その笑顔の奥に、ほんの少しの怯えが見えたのは気のせいだっただろうか。


「ⅩⅢといえば……」


 王位が腕を組み、独り言のように呟く。


「もう同じ高校生だよね、あの“選ばれし子どもたち”」

「ああ! そうか!」


 夜騎士が興奮気味に声を上げた。

 風悪は首を傾げる。


「選ばれし……子どもたち?」


 彼にとって、初めて聞く言葉だった。


「オレ達が小四の頃さ、全国から“特別な適性”を持つ子どもが選ばれたんだよ」


 夜騎士は説明を続ける。


 「訓練を受けて、いずれⅩⅢに入れるって噂だった。しかも──選ばれた子の家には、多額の報酬金が支払われたってさ」


「……」


 風悪の表情が固まる。

 胸の奥に、何か重たいものが沈んだ。


「それって……金で子どもを買ったみたいじゃないか?」


 ぽつりと落ちた言葉に、夜騎士と王位が一瞬だけ黙る。

 だがすぐに、夜騎士は朗らかに笑った。


「ははは、面白い発想するな、風悪は!」


 その笑顔は純粋で、悪気など微塵もなかった。

 だが風悪は、その無邪気さに言いようのない違和感を覚えた。

 まるで自分の考え方のほうが異端であるかのような、そんな孤独感。


 教室の一番前の席で、四月(しづき)レンは静かに単語帳をめくっていた。

 その手の動きがふと止まり、三人の会話を聞く耳がかすかに震えた。

 顔は上げない。だが、その瞳の奥には深い影が宿っていた。


 チャイムが鳴る。

 ざわめきが消えぬまま、教室の扉が開いた。


 黒いマスクの男──担任の宮中潤(みやうち じゅん)が姿を現す。

 いつもの落ち着いた口調で、淡々と告げた。


「異能保持者の中から、“特別対策部”候補を選抜する」


 教室がどよめいた。

 “特別対策部”――聞き慣れない言葉だったが、その響きはどこか物々しい。


 最近、校内でも“魔”による暴走事件が頻発している。

 ⅩⅢが出動することもあるが、彼らはあくまで国家規模での治安維持機関。

 学校のような小さな領域までは手が回らない。


 そこで、学園は自衛のために“生徒たち自身の組織”を作ることを決めた。

 その名は〈特別対策部〉。通称──十三部じゅうさんぶ

 言わば、学園版のⅩⅢである。


「はい! 先生!」


 真っ先に手を挙げたのは夜騎士だった。

 当然だ。ⅩⅢに入るのが彼の夢なのだから。


「まあ、お前ほどのやつなら大丈夫だろう」


 宮中が軽く言葉を返す。

 その声音の裏に、どこか試すような響きがあった。


「はーい、せんせー。風悪君も入れてくださーい」


 やる気のない声が響いた。

 四月レンだった。


「オレ!?」


 風悪は思わず立ち上がった。

 予想もしなかった名前の出され方に、頭が真っ白になる。


「お、いいじゃん。一緒にやろうぜ!」


 夜騎士が明るく笑う。


「もちろん富も」

「……まあ、凶が居るなら。ボクも立候補するしかないね」


 王位が小さく肩をすくめて応じる。

 まるで最初から決まっていたかのような流れ。


「ちょ、待てよ。言いだしっぺの法則あるだろ? 四月は? オレにだけ入れって言うのか?」


 風悪は慌てて矛先を向ける。

 しかし、レンは面倒そうに単語帳を閉じただけだった。


「私か? 忙しいんだが?」


 それだけ。

 まるで一切の感情を排除したような声。


 風悪は肩を落とす。

 何も分からないまま、ただ流されるようにこの学園に来て、

 そしてまた流されるように“特別対策部”の名に巻き込まれていく。


 自分は一体、何のためにここにいるのだろう。

 “魔”を滅ぼすため? それとも……守るため?

 答えはまだ霧の中にあった。


 教室の片隅で、一ノ瀬(いちのせ)さわらが静かにその様子を見ていた。

 手の中のスマホが震える。

 送るかどうか迷い、結局メッセージは打たれなかった。


 窓の外では、白い雲がゆっくりと形を変えていく。

 その下で、確かに何かが“動き始めていた”。



 夕方。

 授業も終わり、校舎を出た風悪は、黒八空(くろや そら)に案内されながら町を歩いていた。

 薄橙の光がビルの影を伸ばし、道の端では子どもたちが帰りを急いでいる。


「ここのパン屋、すごくおいしいんですよ」


 黒八は風に髪をなびかせ、明るく微笑んだ。

 白い息を弾ませながら、通りの角を指さす。


「でもすぐに売り切れるんですよね~」

「そうなんだ……」


 風悪は曖昧に返す。

 目の前の景色が霞んで見えるほど、頭の中は別のことでいっぱいだった。


「風悪君、もしかして──今日のこと、考えていますか?」


 黒八が歩調を合わせ、横顔を覗き込む。


「え? あ、ああ……まあ」

「それはそうですよね」


 突如、宮中から告げられた“特別対策部”の選抜。

 四月に推薦され、夜騎士と王位に誘われた。

 何も分からないまま、流されるように進んでいる自分。

 その現実が、じわじわと胸の奥に広がっていた。


「オレ、夢で“魔”を滅ぼしてって言われてて……でも、なんでオレなのかとか、色々考えてて──」


「夢……ですか?」


 黒八が目を丸くする。

 その反応に、風悪は思わず慌てた。


「なんか変なこと言った?」

「いえ、そういう異能もあると思いますし……」

「そう、だよね。」


 少しだけ安堵の笑みを見せる。

 黒八はほっとしたように微笑んだが、すぐに真剣な顔になる。


「でも、私だったら直接お願いするかなって。あ、別にその人を否定するわけじゃないんですけど」


「直接……?」


「“魔”で暴走した人って、すごく危ないじゃないですか。

 だから“魔”に関わらせることは、風悪君を危険にさらすことだと思うんです。

 私だったら、正面からお願いしに行って、一緒に戦います!」


「黒八、戦えるのか?」


「戦えません!」


「ええ?」


 思わず気の抜けた声が出た。

 黒八は胸を張って続ける。


「戦えませんが、私には“太陽”がついていますから!」


「太陽……?」


「はい。それに、サポートできる範囲で、私にできることってあると思うんです!」


 “太陽”──それが何を意味するのかは分からなかった。

 けれど、黒八のまっすぐな言葉に、風悪の胸の霧が少し晴れたような気がした。


「……ありがとう。」


 その一言を口にした瞬間だった。


 ――ヒュ、と。

 耳をかすめる冷たい風。

 その流れに、風悪は即座に異変を感じ取った。


 街灯の明かりが一瞬だけ揺らぐ。

 電線が震え、影が歪んだ。


「黒八、下がれ」


「えっ?」


 そのとき、路地の奥から低い声が響いた。


『黒八は……オレの、獲物、だ……!』


 男のような声。

 帽子を深くかぶり、声を変えている。顔は見えない。

 だが、その全身から放たれる“異能の気配”だけで、普通ではないと分かった。


 黒八の肩が震える。

 風悪は一歩前に出た。


「誰だ、お前……!」


『聞かなくていい。すぐ終わる』


 その声と同時に、空気が一変した。

 足元のアスファルトがひび割れ、黒い靄が地面から立ち上る。

 “魔”の気配。


「黒八、逃げろ!」


「で、でも!」


「いいから!」


 風悪が叫んだ瞬間、男の腕が振り上げられる。

 黒い靄が弾け、鋭い爪のように伸びて襲いかかった。


 風悪は即座に風を呼ぶ。

 足元から上昇気流が立ち上り、渦が彼の体を包む。


「風よ、応えろ!」


 轟音。

 風が壁のように押し寄せ、黒い爪を弾き飛ばした。

 衝撃で地面の砂が舞い上がり、街灯がチカチカと明滅する。


『ほう……妖精の風か。面白い』


 帽子の男が低く笑う。

 風悪の左側の翅が淡く光り、風が強まる。


「オレの友達を、傷つけさせない!」


 次の瞬間、風の刃が放たれた。

 風圧が走り、男の体が後方へと吹き飛ぶ。

 だが、靄がその身を包み込み、影のように形を保った。


『……今日は、退く。けど覚えとけ。黒八は“オレの獲物”だ』


「……? どういう──!」


 問いかける間もなく、男の体は靄に溶け、夜気に消えた。

 残ったのは焦げたアスファルトと、冷たい風の音だけ。


 風悪は呼吸を整えながら、黒八に振り向く。


「……大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます。……風悪君が、守ってくれたんですね」


 黒八は小さく笑い、震える手で胸を押さえた。

 だが、風悪の視線はその笑顔を見つめながらも、別の場所に向いていた。

 黒い靄が消えた場所。そこに残る、奇妙な“影”の跡。


「……“魔”が、また……」


 風が吹き抜ける。

 夕焼けはすでに沈み、街は夜に飲み込まれていた。


 風悪の赤い瞳が、静かに光を宿した。



 夜。

 アパートの一室。


 窓の外では街灯の明かりが揺れ、風がカーテンをわずかに揺らしている。

 風悪はベッドに腰を下ろし、スマホを耳に当てていた。

 画面の向こうから、いつもの明るい声が響く。


『──何ぃ!? 黒八が襲われた?』


 夜騎士の声は、予想通り驚きと焦りに満ちていた。

 風悪は苦笑しながら肩をすくめる。


「何とか追い払えたんだけど……正直、ギリギリだった」


『無茶すんなよ。頼れるとこは頼れ! オレたちは仲間なんだからな!』


 真っ直ぐな声。

 軽口ばかり叩く彼にしては珍しく、言葉の奥に“本気”が宿っていた。


 風悪は少しの間、黙っていた。

 胸の奥に、何かが灯るのを感じる。

 この世界に来てからずっと感じていた“孤独”が、わずかに和らいでいく。


「……ありがと、凶」


『ははは、当然だろ。オレたちはチームだ!』


 通信の向こうで笑う声が聞こえる。

 その明るさに、風悪も小さく笑みを返した。


 通話が切れ、部屋に静けさが戻る。

 窓の外では、夜の風が優しく吹き抜けていた。

 風悪は深く息を吐き、赤い瞳を閉じる。


「……仲間、か」


 その言葉が、ゆっくりと胸の奥に沁みていった。


 ──同じころ。


 アパートの屋上。

 月の光が雲の切れ間から差し込み、冷たい風が吹き抜ける。


 そこに、一つの影が立っていた。

 その顔は闇に溶けて見えない。


『……もっと見せてくれ』


 男の声は、風のように低く、ざらついていた。

 口元が歪む。楽しげに。


『さあ──行け、“魔”よ』


 その人影は、夜空へと溶けていった。

 音もなく、匂いもなく。

 ただ、世界のどこかが“軋む”ような感覚だけが残る。


 風が唸る。

 月が雲に隠れ、夜は再び闇に沈んでいった。



主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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