表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔を滅ぼすために造られた少年は、異能学園で仲間と出会う ― ⅩⅢ 現代異能戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第三章・風が裂かれる日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/42

第二十九話 雨の止んだ日

 翌日。

 水無月のはじまり。


 切ノ札(きりのふだ)学園の空は、ようやく雨を手放していた。

 けれど、澄んだ空気の中に漂うのは、妙な静けさ――

 昨日までの嵐とは違う、重く張りつめた「不穏さ」だった。


 風悪(ふうお)夜騎士(よぎし)凶、そして王位富。

 三人は早朝の教室で集まり、ひとつの決断を下していた。


 「……行くぞ、海皇(かいおう)高校へ」


 夜騎士の言葉に、風悪は迷いなく頷いた。

 あの赤い文字、そして三井野襲撃――すべての糸が、海豚悪天(いるか あくてん)へと繋がっている。


 黒八(くろや)空は心配そうに三人の背を見送った。


 「無茶はしないでくださいね……」


 けれど止めはしなかった。

 彼女もまた、“仲間”の想いを理解していたからだ。


 放課後、三人は学園を出て、海皇高校へと向かう。



 ──海皇高校、校門前。


 鉄製の門柱には波の紋章が刻まれている。

 昼を過ぎても校舎はざわめき、制服姿の生徒たちが出入りしていた。

 その中で、夜騎士たちは堂々と校門をくぐる。


 目的はただひとつ。

 ――海豚悪天との接触。


 「悪天はどこだ」


 夜騎士の鋭い声が廊下に響いた。

 しかし、返ってきたのは拍子抜けするような言葉だった。


 「海豚君なら、昨日から見てないよ」

 「あー、確かに。来てない」


 海皇高校の生徒たちが、次々にそう口にする。

 ざわつく声の中で、ひとりの男子生徒が夜騎士を見て眉を上げた。


 「ってか……鯱氷(しゃちひ)君じゃね?」


 「しゃちひ?」


 風悪が首をかしげる。


 「あー、親が離婚する前の苗字」


 夜騎士が淡々と返す。

 その軽さに、風悪は戸惑いを隠せなかった。


 「離婚……え、なんでそんな軽く……」


 風悪は思わず言葉を漏らす。

 夜騎士の中で“家族”という言葉がどこか遠いことを、

 姉の話を聞いたときにも感じていたからだ。


 「そっか、苗字変わったんだっけ。ごめん、ごめん」


 海皇高校の生徒は慌てて言い直す。


 この海皇高校は、夜騎士たちの出身校――海王中学からの進学者が多い。

 彼を知る者は、少なくなかった。


 「どこに居るか、わかる?」


 王位が落ち着いた声で問いかける。

 だが、返ってきたのは曖昧な返事だけだった。


 「さあ……見かけてないし」


 沈黙が落ちた。

 夜騎士はしばし空を見上げ、深く息を吐いた。


 「……そうか」


 そして、ゆっくりと生徒たちに向き直る。

 その瞳の奥には、静かに燃える炎が宿っていた。


 「じゃあ、あいつが戻ってきたら――“よろしく”って伝えてくれ」


 その声は、低く冷たく、それでいて確かな怒りを帯びていた。


 風が校門を抜け、校庭の旗を揺らす。

 止んだはずの雨雲が、再び空を覆い始めていた。


「どう思う?」


 海皇高校を後にし、薄曇りの空の下で風悪が問いかけた。

 その声にはわずかな苛立ちと戸惑いが混ざっていた。


「海豚悪天……何がしたいんだ?」


 風悪には理解できなかった。

 暴走でも支配でもない。

 ただ、誰かを痛めつけ、壊すことを楽しんでいるように思えた。


 「多分――潜んで、次の手を打とうとしている」


 王位富が静かに答えた。

 その声は冷たく、確信めいていた。

 横で夜騎士が短く頷く。


 「奴はそういうタイプだ。正面から来ない」


 そして三人は言葉を交わさず、それぞれの帰路についた。

 曇天の隙間から、一筋の夕陽が沈みかけていた。


 人気の少ない住宅街を、風悪はひとり歩いていた。

 アパートまであと数分。

 湿った風が髪を揺らし、羽のような翅をくすぐる。


 その時――


 背筋に、冷たい気配が走った。


 「……誰?」


 振り返ると、通りの奥に“影”が立っていた。

 黒いフードを深くかぶり、顔は見えない。


 次の瞬間、影が手を上げる。

 ――空気が裂けた。


 黒い無数の茨が、風悪の方へと奔った。

 ソニックブームを伴うほどの速度で。


 「くっ!」


 風悪は即座に風を展開。

 突風の壁が茨を受け止める――が、次の瞬間、

 茨は音を裂くようにその壁を破壊し、押し込んでくる。


 土煙が上がり、地面が抉れた。


 「安心して。殺しまではしないから♪」


 軽やかな声が響く。

 風がフードをめくり上げ、少女の顔が露わになった。


 ――魚ノ目憂(うおのめ ゆう)

 海豚悪天の駒の一人。

 その右手が振り下ろされると同時に、足元の影から黒い茨が再び溢れ出した。


 「海豚(いるか)の……手下か!」


 風悪は息を切らしながら風を纏う。

 地面を蹴り、風を足元に集中。

 風が一瞬にして反発し、彼の身体を宙へと押し上げた。


 空中で風を収束させ、勢いのまま下方へ突き出す。


 「――吹き飛べッ!」


 渦を巻く突風が地上へ叩きつけられる。

 地面が唸りを上げ、魚ノ目を中心に砂塵が爆ぜた。


 「ふふ……なるほど、ね」


 魚ノ目は黒い茨を盾のように身の回りに展開し、防御する。

 突風が茨を裂き、風と黒の破片が空中で交差した。


 (防がれた……!)


 風悪が着地と同時に次の風を練ろうとした――その背後。


 「後ろがあいてるよ?」


 軽い声。

 だが、ぞっとするほど冷たい響きだった。


 振り返るより早く、背中に衝撃が走る。


 「――ッ!」


 風悪の身体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。

 肺の奥まで震えるほどの衝撃。


 立っていたのは、金髪を揺らす少年。

 瞳にダイヤ型の燐光を宿し、口元には無邪気な笑み。


 海豚悪天。


 「初めまして、凶君のお友達」


 軽やかな声。

 しかし、その笑顔には明確な“悪意”があった。


 次の瞬間、

 空気が震えた。


 見えない衝撃波が風悪を直撃する。

 鼓膜が破れ、視界が白く弾けた。

 地面が揺れる。身体が動かない。


 海豚悪天はその場にしゃがみ込み、無邪気に笑った。


 「風を斬るのって、意外と気持ちいいんだね」


 風悪は何も返せなかった。

 痛みと、恐怖と、怒りだけが胸を焼く。


 夜の風が、倒れた風悪の髪を揺らしていった。

 そして海豚悪天と魚ノ目憂の影は、

 そのまま闇の奥へと溶けていった――。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ