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ⅩⅢ〜thirteen〜 現代異能戦線-魔を滅ぼすために造られた少年は、異能学園で仲間と出会う―  作者: 神野あさぎ
第三章・風が裂かれる日

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第二十七話 赤い手紙

 「これは……いったい……」


 風悪(ふうお)は声を失っていた。

 壁に浮かぶ赤い文字――血のように濃く、しかし乾いて鈍く光っている。


 『きょうくんへ、ぼくも、かんかされちゃったよ!』


 (きょうくんへ……きょう……か)


 風悪は、胸の奥でその名を繰り返した。

 “きょう”――夜騎士(よぎし)凶。彼のことしか思い浮かばない。


 風悪はすぐにスマホを取り出し、その文字を写真におさめた。

 文字の線は震え、滲み、どこか苦悶にも似た歪みを帯びている。


「風悪君、どうでした?」


 少し離れた場所で待っていた黒八(くろや)空が声をかける。

 風悪は写真を見せ、低く答えた。


「きょうって……凶のことかな?」

「彼にも伝えましょう!」


 黒八の提案に頷き、風悪は夜騎士へと写真を送信した。


 ──同刻、夜騎士宅。


 夜騎士凶は自室で机に向かっていた。

 静かな部屋に、ペンの走る音だけが響いている。

 彼の右眼には淡い光が宿っていたが、左眼は前髪の下で沈黙していた。

 その眼は、中学の頃の戦闘で傷を負い、二度と光を取り戻すことはなかった。


 スマホが震えた。

 画面に表示された名前は――風悪。

 添付された写真を開いた瞬間、夜騎士の表情が固まった。


 見覚えのある筆跡。

 震える指先が、無意識にその名を呟く。


「……海豚悪天(いるか あくてん)……」


 彼の脳裏に、中学時代の記憶が蘇る。

 海王(かいおう)中学――そこには、夜騎士、王位、妃、そして三井野がいた。

 海豚悪天もまた、その同級生のひとりだった。


 高校進学を機に道は分かれた。

 彼は別の学校へと進み、この切ノ札(きりのふだ)学園にはいないはず。

 なのに、なぜ――この学園の壁に、あの筆跡が。


 夜騎士は眉を寄せ、スマホを握りしめた。


「……侵入した、のか?」


 だが、わざわざ他校の生徒が危険を冒してまで残した理由が分からない。

 挑発か、あるいは何かの警告か。

 答えのないまま、夜騎士は長く息を吐いた。


 ──翌日。


 昨日の“赤い文字”の件は、すでに学園中の話題になっていた。

 休み時間のたびに、誰もが噂を交わす。

「血で書いたらしい」「呪いじゃないか」――そんな声が廊下に広がる。


 七乃朝夏は心配そうに二階堂秋枷(あきかせ)を見つめていた。

 彼女の視線に気づいた二階堂は、微笑んで「大丈夫だよ」と短く返す。

 その声は穏やかだったが、どこか無理をしているようにも聞こえた。


 教室の後方では、風悪、夜騎士、王位が小声で話していた。


「凶、昨日の……」

「ああ、多分オレ宛だ」


 夜騎士は風悪の言葉を遮り、低く答えた。

 視線は机の上の一点に落ちている。


「あの文字、海豚悪天のだよね」


 王位が静かに続けた。


「いるか、あくてん?」


 風悪は聞き慣れない名を繰り返す。


「同じ海王中学だった奴。高校は別だ。

 わざわざ書きに来たってことは……挑発、だろうな」


 夜騎士の声には、警戒と怒りが滲んでいた。


「この、“かんかされた”ってのは?」


 風悪が問うと、王位がゆっくりと口を開いた。


「多分だけど、“魔”に感化された、じゃないか?」


 目を閉じたままの王位の声が、静かに教室に落ちる。


 この世界の人間は、誰もが“魔”の影響を受ける可能性を持っている。

 しかし、暴徒と化して暴れる者ばかりではない。

 理性を保ち、静かに、しかし確実に“魔”の意思を遂行する者もいる。


 海豚悪天――それはまさに後者だった。

 理性を残したまま、冷酷に標的を追い詰める“異常な正気”の持ち主。


「また……か。本当に厄介だ」


 夜騎士が低く呟く。

 その声には、怒りよりも哀しみに近い色が混じっていた。


 窓の外では、曇天の雲が風に流れていく。

 黒八空はそんな三人を、心配そうに見つめていた。


 その瞳には、微かな不安と、何かを予感するような光が宿っていた。



 小休憩の時間。

 教室のざわめきが一瞬ゆるむ。

 その中で――


「風悪君、ちょっといいかな?」


 三井野(さん)の声が、控えめに響いた。

 風悪は首を傾げながらも立ち上がり、彼女と一緒に廊下へ出る。


「三井野、どうした?」

「風悪君、凶君と仲良さげだから……言っておこうかと思って」

「?」


 三井野の表情はどこか沈んでいた。

 言葉を探すように小さく息を吸い込み、話し始める。


「私、中学の後半だけ、凶君と王位君と同じ海王中学に行ってたの」


 その声には、少しの緊張と躊躇いが混じっていた。

 彼女は窓際に視線を向ける。

 午後の光が差し込んで、頬に柔らかな影を作っていた。


「私が来た時にはもう、事件は起こった後だったの」

「事件?」


 風悪が問い返す。

 三井野は一瞬、言葉を選ぶように沈黙した後、ゆっくりと続けた。


「転校してきた私は、詳しくは知らないの。

 でも、海豚悪天って人とひと悶着あったって聞いた」


「海豚悪天!」


 風悪の目が見開かれる。

 今朝、王位の口から出た名が頭をよぎった。


「そう、文字の……」


 三井野が小さく頷き、続けた。


「凶君も王位君も大変な目に遭ったって聞いた。

 凶君が左眼を隠しているのも、その時の……らしい」


 声がかすかに震えていた。

 風悪は黙ってその言葉を受け止める。

 窓の外で風が木々を揺らし、光が一瞬翳った。


「そっか、教えてくれてありがとう」

「う、うん」


 三井野は短く返し、胸の前で指を絡めた。

 何かを言いかけて、言葉を飲み込むように俯く。


「私の異能は戦闘系じゃないから……

 私の分も、力になってあげて」


 その声には、祈りにも似た響きがあった。

 そう言い残すと、三井野はくるりと背を向け、教室へと戻ろうとする。


「三井野……」


 風悪が小さく呼び止めた。


「どうして、そこまで……」


 ふとした疑問が口をついて出る。

 三井野が振り返り、目を泳がせる。


「あ、いや、これは!」


 慌てて手を振り、顔がみるみる赤くなる。


「深い意味はない! 深い意味はないから!」


 その必死な声に、風悪は思わず苦笑した。

 わざとらしく視線を逸らし、ぽつりと呟く。


「あの顔立ちだもんな……」


 その一言に、三井野の頬がさらに真っ赤に染まった。


 胸の奥に隠していた気持ちが、風の音に混じって消えていく。

 彼女はそっと背を向け、教室へ戻っていった。


 ──風悪はその背中を静かに見送った。

 あの赤い文字の謎と、夜騎士の過去。

 どちらも、まだ風の向こうに隠されたままだった。

主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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