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魔を滅ぼすために造られた少年は、異能学園で仲間と出会う ― ⅩⅢ 現代異能戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第三章・風が裂かれる日

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第二十六話 風、再び吹く日

 ──皐月も終わりかけの頃。

 空には淡い雲が流れ、雨の匂いがまだどこかに残っていた。


 白髪の少年・風悪(ふうお)は、左側の頭から伸びる透明な翅を揺らしながら、ゆるやかな風を受けて登校していた。

 風が髪を撫で、羽音が微かに鳴る。


 切ノ札学園(きりのふだがくえん)

 門扉の上には鋭い意匠の校章が輝き、風を切るように光を反射している。


 異能保有者特別育成校――通称〈異能学園〉


 風悪は校門をくぐりながら、深く息を吸った。

 胸の奥で、まだ消えない焦げた風の匂いを感じていた。


 「おはよう。」

 「おはようございます!」


 明るい声が返ってくる。

 声の主は黒八(くろや)空。

 長い黒髪を風に揺らし、変わらぬ笑顔を見せていた。


 「黒八、もういいんだ?」

 「はい!」


 彼女はあの日、“太陽”の力の代償で倒れ、しばらく療養していた。

 だが今、その姿はすっかり元気を取り戻しているようだった。


 「辻君の方も、もうすぐだそうです」


 黒八が穏やかに言う。

 その声には、安心と少しの寂しさが混ざっていた。


 辻颭(つじ せん)――魔物の血を引くがゆえに、"魔"に心の隙を突かれ暴走した少年。

 黒八が自らの命を懸けて止め、王位の特効薬で鎮静化させた。

 今は医療棟で休んでいるが、快方に向かっているという。


 「そっか……」


 風悪は胸をなでおろし、ほっと息をついた。



 ──一年A組の教室。


 辻を除いた全員が集まっていた。

 久々にそろった教室の空気には、どこか安心感が満ちている。


 「黒八、大変だったな」


 左眼を前髪で隠した整った顔立ちの少年――夜騎士(よぎし)凶が穏やかに声をかける。


 「はい、でも大丈夫です!」


 黒八はいつもの明るさで笑った。


 「皆さんも大変だったと聞きました」


 少し心配そうに尋ねる黒八。

 彼女が休んでいる間も、学園では“魔”による暴走事件が起きていた。

 四月(しづき)レンが本体を制圧し、十三部が校内の暴徒を鎮圧した。

 それぞれが己の異能を使い、仲間を守った一日だった。


 ふと、風悪がぽつりと呟く。


 「そういや……なんで“13”なんだろうな?」


 それは、以前から気になっていた疑問だった。

 治安維持組織〈ⅩⅢ(サーティーン)〉。

 そして、その学園版である〈特別対策部〉――通称“十三部”。

 なぜ“13”という数字が選ばれたのか。


 夜騎士が腕を組み、軽く笑った。


 「十三って不吉な数字だと思うかもしれないけど……もう一つあるだろ、“アレ”には」


 「アレ?」


 風悪が首をかしげる。


 「もう分かんねぇのかよ。トランプだよ」


 夜騎士が呆れたように笑いながら言う。


 「トランプ……?」


 「そう。ジャック、クイーン、キング――十一、十二、十三。

  数字は十三まで。ジョーカー抜いたら、十三が一番上なんだ」


 「あ、そっか……」


 風悪は目を丸くし、次の瞬間には再び首をかしげた。


 「で、トランプが何?」


 教室が少し笑いに包まれる。

 夜騎士は肩をすくめ、隣の王位に視線を送った。


 王位富が静かに口を開く。


 「トランプって、“切り札”って意味なんだよ」


 「……ジョーカーが切り札だと思ってた」


 風悪が呟く。


 「“トランプ”そのものが、切り札だ」


 王位の声は鋭くも落ち着いていた。

 夜騎士はそのやり取りを見ながら、微かに笑う。


 「治安維持組織ⅩⅢは、文字通り――この国の切り札ってわけだ」


 その声には、どこか憧れのような響きがあった。


 「それの学園版だから、特別対策部は十三部なんですよー!」


 黒八が明るく補足する。


 「なるほどな……」


 風悪はようやく納得したように頷き、軽く笑った。


「このクラス、十四人いるじゃん。誰がジョーカーなんだろうな?」


 単語帳を片手に、四月レンが何気なく言い放つ。

 視線はページに落としたまま。

 その左腕はいつものように、黒いアームカバーで覆われていた。


 “外”からやって来た風悪。

 まるで、彼こそがジョーカーだと示唆するような一言だった。


 教室の空気が、一瞬静まる。

 全員の視線が、自然と風悪へと向かう。


 「え?」


 あっけに取られた風悪が、きょとんと首を傾げる。

 その沈黙を、五戸(いつと)このしろがさらりと破った。


 「仲間はずれじゃん」


 軽く笑うように言ったその一言で、教室の緊張がふっと溶けた。

 風悪はどこからともなく冷や汗をかき、教室中に笑いが広がる。


 その笑い声を聞きながら、風悪は胸の奥でそっと思った。


 ──こんな日々が、ずっと続けばいい。


 穏やかな午後。

 外の風がカーテンを揺らし、光が机の上を淡く照らしていた。


 ……放課後。


 「補習も今日で終わりかー」

 「ですねー」


 風悪と黒八は、並んで校舎の廊下を歩いていた。

 補習を終え、いつもの帰り道。

 窓の外には沈みかけた夕陽が滲んでいる。


 その時――遠くからざわめきが聞こえた。

 生徒たちの声だ。

 何かを取り囲むような、落ち着かないざわめき。


 「何かあったのでしょうか?」


 黒八が不安げに眉を寄せる。

 風悪は頷き、人の波の方へと歩を進めた。


 集まった生徒たちの間をすり抜け、風悪が前へ出る。

 次の瞬間、彼の目に飛び込んできたのは――

 校舎の白い壁に書かれた、血のように赤い文字だった。


 『きょうくんへ、ぼくも、かんかされちゃったよ!』


 赤黒く滲む文字。

 乾きかけたその表面が、光に鈍く反射していた。


 「これは……いったい……」


 風悪は言葉を失う。

 背筋を撫でるような冷たい風が、廊下を抜けた。


 雨上がりの空に、再び曇りが戻り始める。

 その風は、確かに――不穏な何かの匂いを運んでいた。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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