第二十一話 陽の記憶
黒八空の中に宿る“太陽”は、
この世界のものではなかった。
彼女の魂の奥底に眠る存在――
それは、遥か遠く、“外の世界”から来たもの。
そこでは、彼を太陽神と呼んだ。
天を照らし、季節を巡らせ、命を芽吹かせる者。
十柱の太陽が交代で空を渡り、
世界に昼を分け与えていたという。
だが――ある日、ひとつの声が天に響いた。
> 「太陽は、一つでいい」
それは人間の言葉だった。
文明を手にした者たちは、
光の秩序を“制御”しようとした。
やがて太陽神たちは弾かれ、封じられ、墜とされた。
天から追放された九柱。
その中の一柱が、光を失いながら逃げていた。
逃げても逃げても、夜は追ってくる。
肉体は裂け、光は血のように滴り、
ついに世界の縁で力尽きた。
そして――落ちた。
世界と世界の狭間を通り抜け、
この“新しい世界”の形成に巻き込まれる形で、
彼は取り込まれた。
時間軸が歪み、記憶は薄れ、
気づけば、荒れ果てた地でひとつの光が息絶えかけていた。
――その時。
「大丈夫ですか?」
澄んだ声が、弱った彼の耳に届いた。
見上げると、そこに少女がいた。
風のように柔らかい髪、どこまでも真っ直ぐな瞳。
黒八空――この世界の少女だった。
彼女はためらわず、倒れ伏す太陽へと駆け寄った。
「放っておけ……直に、消える」
遠くで、少年の声が聞こえた。
辻――後に“鎌鼬”と呼ばれる少年だ。
けれど黒八は首を振った。
「そんな……そんなこと、できません!」
彼女は迷わなかった。
どんな危険があるかも分からず、ただ――助けたいと願った。
「あなたを助けるには、どうしたらいいですか?」
震える声で問う。
太陽は目を閉じ、しばらく沈黙した。
「……もう、遅い」
息をするたびに光が零れる。
それでも黒八は彼の手を握りしめた。
「何か方法は、あるんでしょう?」
その言葉に、太陽は初めて顔を上げた。
その瞳には、微かな驚きと――温度があった。
「……なぜそこまで。見知らぬ他人のために?」
当然の疑問だった。
この世界で、そんな無償の行為をする者はほとんどいない。
黒八は少しだけ笑って言った。
「私、性善説を信じてるわけじゃないんです」
太陽はまばたきをした。
意外な返答だった。
「でも――もし、目の前で子どもが井戸に落ちそうになったら、助けます」
「……他人の子でも?」
「もちろんです」
黒八はまっすぐに言い切った。
その声音は強く、けれど優しかった。
「私、たぶん、そういう人間なんです」
太陽は一瞬だけ息を漏らした。
それは笑いとも、ため息ともつかない音だった。
「……変な奴だな」
小さくこぼれた言葉に、黒八は微笑みを返した。
「方法は……あるには、ある」
「では!」
黒八が勢いよく身を乗り出す。
その真剣な顔を見て、太陽はわずかに眉を下げた。
「勧めはしない。この身体はもう滅ぶ。だが、魂だけなら――お前の中に入ることはできる」
「魂を……?」
「お前が器となれば、オレはその中で生きられる。だが拒絶反応が起きれば……お前も死ぬぞ」
黒八は息をのむ。
それでも目を逸らさなかった。
「それでも――助けます」
即答だった。
迷いなど、一片もなかった。
太陽は目を細める。
それは、遠い昔に見た“光”のような笑みだった。
「お前の中で眠るのも、悪くはないか……」
その言葉とともに、光が彼女を包み込む。
温かく、痛く、けれど穏やかな感覚。
こうして、黒八空の中に“太陽”が宿った。
そして今――
彼は静かに彼女の中で息づいている。
> 「元の世界に未練はない。
> ならば、この世界で、空と共に生きよう」
それが、太陽の本心だった。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




