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ⅩⅢ〜thirteen〜 現代異能学園戦線  作者: 神野あさぎ
第二章・風が交わる日

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第二十話 暴風の心臓

 風が切り裂かれた。

 空気が悲鳴を上げる。

 風悪(ふうお)の頬に細い線が走り、赤い血が一筋、風の中で舞った。


 「……どうして」


 声を発したのは辻颭(つじ せん)だった。

 その声は掠れ、震えていた。

 左の瞳から、涙がこぼれ落ちる。


 「どうして……こんなにも、虚しいんだ……」


 その小さな呟きが、風悪の耳に届いた。

 ほんの一瞬、辻の動きが止まる。

 風悪はその隙を逃さず、風をまとって背後に回り込んだ。


 そっと――辻の肩に、右手を置く。


 「斬りたくないんだろ」


 静かな声。だが、確信に満ちていた。


 辻の肩が小刻みに震える。

 風が止まり、空気が重くなる。


 「……斬りたくない? オレが?」


 辻はかすかに笑った。

 けれどその声には、痛みが滲んでいた。


 「さっきの猫だって、そうだろ」


 風悪は絞り出すように言う。


 「あれは……手元が狂っただけだ」


 辻が反論する。

 声が掠れていた。


 「じゃあ、黒八(くろや)に“大丈夫か”って聞いたのは、なんでだよ!」


 風悪の声が跳ねる。怒りではなく、哀しみの色を帯びていた。


 「獲物が……盗られるのが、嫌で……」


 そう呟いた辻の表情が、僅かに歪む。

 宿泊研修の前。

 風悪たちとショッピングモールを歩いていた時、

 辻は黒八に声をかけていた――「大丈夫か」と。

 その瞬間の記憶が、ふたりの間に沈黙を生む。


 「じゃあ、なんで……今オレは生きてる?」


 風悪の問い。

 その声音には、怒りでも悲しみでもない、ただ真実を求める響きがあった。


 辻の喉が震える。言葉が出ない。


 本気を出せば、風悪を不意に切り伏せられた。

 風を裂き、首を落とすことも出来た。

 それでも――しなかった。


 出来なかった。


 「辻君……」


 静かに歩み寄る声。

 黒八空だった。

 穏やかに、けれどはっきりとした足取りで、辻の前へ進む。


 「私も、生きてる」


 柔らかな声に、辻の胸がざわめく。

 黒八もまた、無事だった。

 “太陽”を宿していようと、風悪に庇われていようと、

 辻の爪は――彼女を裂かなかった。


 「オレは……」


 辻の瞳から、ぽとりと涙が零れ落ちる。

 震える唇が、かすかに言葉を紡ぐ。


 「オレは……斬れないんだ……」


 そう言って、彼は膝をついた。

 肩を揺らし、嗚咽を押し殺しながら、地面を見つめる。


 「辻!」

 「辻君!」


 風悪と黒八が駆け寄る。

 しかし、その瞬間――空気が、変わった。


 風が逆流した。

 地面が鳴動し、黒い靄が辻の身体を包み込む。


 「ッ……!」


 風悪が思わず腕で顔を覆う。

 目の前の辻の姿が、闇に飲み込まれていく。

 風が暴れ、空が唸り、地の音が掻き消える。


 「やめろ、辻ッ!」


 風悪が叫ぶも、届かない。

 黒八の“太陽”の光が、かすかに揺らいだ。


 次の瞬間――暴風が、二人を吹き飛ばした。

 音も光も呑み込むほどの、真っ黒な風が世界を裂いた。



「辻!」


 地面に叩きつけられながらも、風悪は声を張り上げた。

 全身に痛みが走る。それでも視線だけは、暴風の中心――辻を見失わない。


 黒い靄が風を伴い、渦を巻いて暴れ出す。

 それは風というより、もはや“刃の群れ”だった。

 近づくもの全てを切り裂き、削り、呑み込んでいく。


 「くっ……!」


 風悪は両腕を広げ、辻の周囲を回る風を奪おうとした。

 自分の風で、辻の暴風を押さえ込む――そう思った。

 しかし次の瞬間、目に見えぬ力が彼の手を弾き飛ばす。


 バチィッ。

 掌に裂傷が走り、鮮血が舞う。


 「鎌鼬……」


 地に膝をついた黒八が、かすかに呟いた。

 その言葉と同時に、靄をまとう風が周囲の木々を切り裂いていく。

 木片が宙を舞い、建物の壁が削がれ、空気そのものが軋んだ。


 轟音。

 風悪の身体が再び吹き飛び、背中から壁に叩きつけられる。

 息が詰まり、肺が焼ける。

 それでも、目だけは閉じなかった。


 黒八が――立ち上がっていた。


 「黒八! 待て、危ないッ!」


 風悪の制止が、風の音に掻き消された。


 黒八の足元で、光の紋様が広がる。

 金色の輪が彼女の影を照らし、太陽の紋章がその身に浮かび上がる。


 「……太陽……!」


 風悪の声が震える。


 黒八――否、“太陽”が目を覚ました。


 熱が溢れ出す。

 空気が焼け、風の流れが反転する。

 上昇気流が黒い靄を押し上げ、暴風の流れが変わっていく。


 辻の顔は黒く染まり、瞳は爛々と赤く光っていた。

 人の姿を保ちながらも、その周囲には獣のような気配が漂う。



 辻が地を蹴った。

 黒い靄を纏った風が足元で爆ぜ、彼の身体を天へと押し上げる。

 その姿はまるで、風そのものだった。


 空中で、辻が風を展開する。

 黒い刃の群れが生まれ、渦を巻きながら加速。

 上から下へ、黒八へと――まっすぐに落ちてくる。


 「ッ――!」


 黒八は身を翻した。

 空気が切り裂かれ、辻の爪が地面を貫く。

 瞬間、地面が割れ、亀裂が走る。


 黒八は回転する勢いのまま、片脚を高く上げた。

 太陽の光を宿した脚が、空を裂いて落ちる。

 辻が身を沈め、風で軌道をずらす。

 かわした拍子に、黒い風が逆流し、黒八へと迫る。


 「――甘い」


 黒八が囁く。

 熱が、空気を変えた。

 太陽の力が呼び起こした上昇気流が、黒い風を上へと押し上げる。

 瞬時にして、暴風の軌道が逆転した。


 今度は――熱が、下へ。


 黒八の掌が静かに下を向く。

 降り注ぐのは光の柱。

 それは爆炎ではなく、天の裁きのようだった。


 「――っ!!」


 衝撃音が響き、地面が大きく揺れた。

 熱風が爆ぜ、瓦礫が空へと舞い上がる。

 辻の身体が、弾き飛ばされる。


 黒八は迷わなかった。

 地を蹴り、一瞬で距離を詰める。

 炎が足にまとわりつき、脚が軌跡を描く。


 ドン――。


 燃える脚が、辻の胸を蹴り抜いた。

 熱が走り、黒い靄が一部、煙のように剥がれ落ちる。


 「……まだだ……」


 辻は呻き、黒い風を再び集めようとする。

 だが、その瞬間。

 黒八がさらに一歩踏み込み、もう一撃。


 「終わりだ」


 光が弾け、炎が風を喰らった。


 黒い靄が一瞬で霧散する。

 辻の身体がよろめき、地面へ崩れ落ちた。

 耳に届くのは、風の音ではなく、静かな呼吸音だけ。


 黒八――否、“太陽”が見下ろす。

 その眼差しには怒りも憎しみもなかった。

 ただ、哀しみと慈しみがあった。


 「大人しくしてろ、鎌鼬」


 凛とした声が響く。

 その声に呼応するように、炎が立ち上がった。


 太陽の炎は優しく、しかし確かに燃えていた。

 黒い靄だけを選び、静かに焼き尽くしていく。

 辻の身体には一切の傷を残さず、闇だけが消えていった。


 風が止む。

 熱も、音も、痛みさえも、ゆっくりと遠のいていく。


 灰のような靄が空へと溶け、ただ静寂だけが残った。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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