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ⅩⅢ〜thirteen〜 現代異能学園戦線  作者: 神野あさぎ
第二章・風が交わる日

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第十六話 異能実技試験(中編)

 ――別会場。


 砂混じりの風が吹く、静かな試験場。

 風悪(ふうお)たちの喧騒が嘘のように、こちらは緊張と静寂が支配していた。


 一ノ瀬さわらと組まされたのは、黒八(くろや)空。


 黒八の中に眠る“太陽”は、宿泊研修で一度だけ姿を現した。

 それ以来、ほとんど前へ出ようとしない。

 黒八自身の意志で制御できるものではなく――彼女の“死の気配”を感じた時だけ、炎は顕現する。


 だが、今回の相手は試験官。

 命を奪う戦いではない。

 太陽が出る幕はない。


 だからこそ、この組み合わせは理想的だった。

 彼女たちなら、容易く勝利を掴める。


「――始め!」


 試験官の合図が響く。

 その瞬間、一ノ瀬の瞳が細められた。


 彼女の足元から、白く光る“糸”が音もなく広がる。

 細く、繊細で、しかし確実に生きているかのように。


 菌糸――それが彼女の異能。

 生体から生成された無数の糸が、空間そのものを支配する。


 空気が、ピンと張り詰めた。

 目に見えぬ糸が空を走り、瞬く間に標的へと到達する。


 試験官が動いた瞬間――その身体が、ふわりと止まった。


「……!?」


 教師の瞳が見開かれる。

 全身に絡みついた菌糸が、関節ごと固定していた。


 音もなく、捕縛完了。


 そのあまりの速さに、黒八が息をのむ。


「い、今の……」


 一ノ瀬は何も言わない。

 ただ指先を軽く動かし、糸の密度を調整していた。


 拘束された教師が、もがいても解ける気配はない。


 ――完全な勝利だった。


 数秒の沈黙の後、黒八が小さく拍手をした。


「一ノ瀬さん、凄い……! 本当に、瞬きする間もなかったです!」


 その瞳には、純粋な驚きと敬意が宿っていた。



 ――同時刻、別の試験会場。


 閃光が走り、雷鳴が轟いた。


 四月(しづき)レンの試験会場だった。


 試験開始と同時に、彼女はすでに行動を終えていた。

 その速さは、誰の目にも映らないほど。


「試験、開始――」


 試験官が口を開いた瞬間、青白い閃光が横切る。

 耳をつんざくような雷撃音。

 次の瞬間には、試験官の腕輪バッジがすでに吹き飛んでいた。


 ――制圧完了。開始から三秒。


 放たれた電光が、空気を焼きながら静かに消えていく。

 四月の手元に、焦げ跡一つない試験官のバッジが握られていた。


「秒殺……」


 二階堂秋枷は呆然と立ち尽くした。

 まばたきすらできなかった。


 試験官は一瞬の沈黙の後、肩を落としながら言った。


「……はい、合格」


 別の試験場の隅で、七乃朝夏が両手で頬を押さえた。


「秋枷さんとペアになりたかったですのに~っ!」


 悔しそうに叫ぶその声が、会場に響く。


 二階堂は苦笑いを浮かべた。


「役に立たなくて、ごめん……」


「戦えないならしょうがないだろ」


 四月は淡々と答える。

 それだけなのに、どこか温かさがあった。


「それに、戦いだけが強さじゃない」


 静かな声に、二階堂は小さくうなずいた。


 ――雷鳴の余韻がまだ空気に残っていた。



 次の試験会場。

 夜騎士(よぎし)凶と三井野燦のペア。


 妃愛主が柵の外で大声を上げていた。


「なんであたしじゃないのよおおおおっ!」


 だが、教師たちは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 妃の異能・洗脳は対人限定。試験官が女性である今回は、相性が最悪だったのだ。


「三井野、いくぞ」


 夜騎士の声は低く、鋭い。

 彼の瞳が、真っすぐ試験官を見据える。

 その瞬間、彼の身体を青黒い影が包んだ。


 同時に、三井野が息を吸い込む。

 彼女の唇から、澄んだ旋律が流れ出す。


 ――歌が、空気を震わせた。


 淡い光が夜騎士を包み、身体能力が跳ね上がる。

 彼の影が蠢き、獣のような輪郭を形づくる。


 夜騎士が駆けた。

 その速度は音すら置き去りにする。


 影の爪が、闇を裂くように伸びる。

 試験官が防御の結界を展開するが――一瞬で切り裂かれた。


 風圧と共に、砂が舞い上がる。

 残響の中、試験官の胸元からバッジが飛んだ。


「……合格だ」


 試験官の声が震えていた。

 夜騎士は静かに頷き、影を収束させる。


「凶君、やったね!」


 三井野が笑顔で駆け寄る。

 その声に、夜騎士が短く答える。


「おう」


 それだけ。

 けれど、三井野の胸が熱くなった。



 ――別会場、そのまた向こう側。


 五戸(いつと)このしろと妃愛主の試験会場。


 妃は腕を組み、開幕から不満げだった。


「ちぇっ、燦と組めなかったなんて……でもまあ、女子と組めるなら良し!」


 その目がキラリと光る。

 五戸は隣でスマホをいじりながら、完全にやる気ゼロだった。


「……あんた、やる気ある?」

「あるよ。ガチャ回す気しかないけど」

「戦う気じゃなくて!?」


 妃の突っ込みが虚しく響く。


 試験官が困惑しながら合図を上げた。


「試験――開始!」


 その瞬間。


 空気が“ギィィ”と軋んだ。

 何もない空間から、黒い縄がすっと伸びる。

 まるで意思を持つ蛇のように地を這い、試験官の脚に絡みついた。


 「……え?」


 次の瞬間、縄が弾けるように収縮し、試験官の身体を宙へと吊り上げる。

 逆さまに、足首から。


 「ひ、ひぃっ!?!?!?」


 試験官が情けない悲鳴を上げる中、五戸はスマホをタップしながらため息をついた。


 「はー、このガチャ壊れてない? 出ないんだけど」


 淡々とぼやくその横で、妃が絶叫する。


 「ちょ、ちょっと!? あたしの出番は!? え、もう終わった!?!?」


 妃の悲鳴がむなしく試験場の天井にこだました。


 試験官は上下逆さまのまま、ゆらゆらと揺れていた。

 まるで「もう諦めた」と言わんばかりに。


 「はい、終了でいいかな?」


 五戸がめんどくさそうに言うと、

 試験官が震える声で答えた。


 「……合格」


 拍子抜けするほど静かな勝利だった。


 「……」


 妃は肩を落とし、地面にぺたんと座り込んだ。


 「ねぇ、あんた……」

 「ん?」

 「ちょっとはカッコつける隙くらいくれてもいいじゃん!」

 「別にいらなくない?」

 「要るのっ!!!」


 妃の絶叫が、再び試験場に響いた。


 そして、次の試験会場。


 王位富と鳩絵(はとえ)かじかのペア。

 王位は光の剣をひとつしか出せないが、今回は鳩絵が居る。

 鳩絵が剣を描くとそれが実体を持って現れた。

 これが彼女の異能。


 「よーし、描くね!」


 鳩絵がスケッチブックを開いた。

 白紙の上に鉛筆を走らせると、淡い光が線の跡をなぞり、絵が立体化していく。


 描かれた一本の剣が、現実に浮かび上がった。

 金属音を立て、王位の足元へ落ちる。


 王位がそれを拾い上げる。

 光を宿した刃が、静かに輝いた。


「いつ見ても不思議だね」

「でしょ!」


 鳩絵が目を輝かせ、鼻を鳴らした。


 試験官が異能の盾を展開する。

 王位は構え、まっすぐに踏み込んだ。


 カンッ!


 一撃で盾を砕く。

 剣が折れる。


 王位は振り返り、鳩絵を見る。


「次──」


「はーい!」


 鳩絵が新たな剣を描く。

 線が光を帯び、再び実体化。


 王位はそれを受け取り、再び突き出す。


 バシュンッ!


 試験官の腕輪バッジが弾け飛んだ。

 ――勝負あり。


 鳩絵が嬉しそうに跳ねる。


「かじか、活躍じゃん?」


 目を輝かせながら鉛筆を掲げる。


 王位は微笑を浮かべ、いつものように淡々と返した。


「そうだね」


 鳩絵は「そっけなっ!」と頬を膨らませながら、

 スケッチブックの端に、にやけた王位の落書きを描き足した。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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