第百二十七話 再訪する影
霜月が過ぎ、師走の風が校舎を包む。
補習という慌ただしい日々もようやく終わり、切ノ札学園には久しぶりの穏やかな朝が訪れていた。
そんな中、教室に届いた一枚のプリントが、再び波紋を呼ぶ。
「……異能合同演習?」
風悪は首を傾げ、手元の紙を見つめた。
「そうだ。他校生を招いて、防衛演習を行う」
教壇に立つ宮中潤が、穏やかな声で答える。
その口調には淡々とした響きがあったが、どこか含みを感じさせた。
「この学園は防衛力の向上を目指しているからな」
宮中は淡々とした口調でそう言うと、手に持っていたプリントの束を配り始めた。
一枚一枚、机に置かれる紙の音が静かな教室に響く。
「その割には攻められたり、暴徒が出たり、散々よねー」
五戸このしろがいつもの気だるげな調子で言う。
スマホを片手に、画面をいじりながらため息をついた。
「学園漫画描くなら、そうじゃなくっちゃね!」
鳩絵かじかが親指を立てて言う。
その笑顔に教室が少しだけ和むが、本人に描くつもりはない。
二階堂秋枷は苦笑いを浮かべ、七乃朝夏は心配そうに二階堂の肩を見やった。
いつものA組の風景――その中に、少しだけ緊張の空気が混じる。
「ゲストとして、無名学園から三名来てもらうことになっている」
宮中が説明を続ける。
教室内に、ざわめきが走った。
「無名学園か……体育祭以来だな」
辻颭がぽつりと呟く。
その声には、微かに戦意と警戒の両方が混じっていた。
無名学園。
異能学校群の中でも、ひときわ異質な存在。
明確な教育方針も組織体系もなく、各地から“流れの異能者”を拾い集めて作られた寄せ集めの学園。
戦闘能力は高い。
だが、規律は存在せず、彼らが何を考えているのか誰にも分からない。
それゆえに、他校との関わりには常に緊張が付きまとう。
風悪は手元のプリントを見下ろし、胸の奥に小さなざらつきを感じていた。
――風が、軋み始めている。
校庭。
冬の風が、乾いた砂をわずかに舞い上げていた。
その中央に立つA組の面々の前に、三つの影が現れる。
焔堂カイ。
凪原リク。
影沼トウヤ。
無名学園の代表三名――どの顔も、以前と変わらぬ自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「あー、お前ら!」
風悪が即座に声を上げた。
驚きと懐かしさが入り混じった声に、辻がうなずき、鳩絵が手を振る。
体育祭の決闘で激突した相手たち。
その再会に、空気が一瞬で戦場のように引き締まる。
「また会ったな、切ノ札の風使い」
焔堂カイが口元を歪めて笑う。
その声には、挑発でもなく、純粋な喜びの色があった。
教壇代わりの台に立つ宮中潤が、淡々と声を上げる。
「これより、無名学園との合同演習に入る。
こちらからは三名――風悪、辻、鳩絵に出てもらう」
静かな言葉に、風悪たちは同時に前へ出た。
それぞれが一歩進み出るたび、砂がわずかに鳴る。
「無名学園を合わせた六人で師──四月の相手をしてもらう」
宮中の一言に、A組の空気が一気に凍りついた。
「四月と!?」
「無理難題では?」
「無理無理無理無理!」
悲鳴にも似た声があちこちから上がる。
四月レン――学園最強と呼ばれる存在。
彼女を“相手にする”という言葉の意味を、全員がよく知っていた。
「四月には、攻め込んできた敵役をやってもらう。加減はさせる。
そして今回の目的は“倒すこと”ではない」
宮中は、生徒たちの動揺を受け止めながら淡々と続けた。
「残りのメンバーで防御結界を貼る。これが今回の演習の目標だ。
六人が戦っている後方にて、防御結界を展開し、学園を守る想定でやってもらう」
説明が進むたびに、A組の間に真剣な空気が流れていく。
「あくまでも、四月の攻撃を防ぎつつ、いかに防御結界を貼れるか……ってことか」
王位が腕を組み、冷静に分析するように呟いた。
「でも、倒してしまっても構わないんだろ?」
焔堂カイが堂々と口にする。
彼の言葉に、A組の全員が同じ思いを抱いた。
――(無理だよ……)。
けれど、誰も口には出さない。
「制限時間は五分だ。
結界の中心は王位、各点の留め役は一ノ瀬。
残りは補助と防衛に回れ」
宮中が最後の指示を告げる。
静まり返る校庭。
風が一陣、吹き抜けた。
「四月と戦いながらの……か」
風悪は自分の両手を見つめ、拳を握る。
手のひらに感じる微かな震え。
それでも、逃げるつもりはなかった。
「やろう」
隣で辻が短く言う。
その声が、胸の奥を支えるように響く。
「体育祭メンバー、再集結です!」
鳩絵が鉛筆を掲げて笑った。
その姿に、周囲の緊張がわずかにほどける。
冬の空の下、六人が並び立つ。
彼らの前方には、すでに姿を現している一人の少女――四月レン。
無風。
静寂。
空気が張り詰める。
――合同異能演習、開始。
その合図を告げる鐘の音が、校庭に鳴り響いた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




