第百二十三話 雷、闇を裂く
訓練場に、誰かの息を呑む音が響いた。
六澄の背後に開かれた闇。
その深淵から、無数の屍が這い出してくる。
手足を引きずり、焦点を失った瞳で前へ進むその光景は、
まるで死の行進のようだった。
観客席の誰もが声を失った。
五戸が思わず席をつかみ、黒八は胸元で手を合わせた。
「嘘だろ……」と風悪が呟く。
ただ一人、四月レンだけがその場に立ち、瞳を細めていた。
屍の群れが唸り声を上げ、一斉に襲いかかる。
黒い渦が地面を飲み込み、光を奪う。
四月は右手を掲げた。
瞬間、空気が爆ぜた。
――雷鳴。
青白い閃光が走り、轟音が訓練場全体を貫く。
広範囲に放たれた稲妻が屍の群れを貫き、次々に浄化していく。
闇が焼け、空気が震える。
眩い光が、死の色を一瞬で消し去った。
その光の中を、六澄が進む。
「っ──」
“病み”による加速。
限界を超えた身体が、痛みと歪みを燃料に速度を上げる。
彼の姿はもはや残像。
雷の閃光の中を、黒い影がすり抜けるように走った。
四月に最も接近する。
そして――彼は、自らの影と四月の影を交差させた。
その瞬間、世界が一瞬、沈黙した。
四月の動きが止まる。
雷光がふっと消え、静寂が訪れる。
観客席がざわめいた。
「まさか……!」と誰かが声を漏らす。
六澄の異能、闇による交差。
影と影を重ねることで、相手の精神を“病み”に堕とす。
そのはずだった。
だが。
四月は一拍の間を置き、瞳を開く。
雷の光が、再び掌に宿った。
彼女の意識は、闇の底から瞬時に戻ってきたのだ。
「……!」
六澄の目がわずかに見開かれる。
次の瞬間、四月は右足を振り抜いた。
強烈な回し蹴りが六澄の胸を捉え、
彼の身体が宙に浮き、後方へ吹き飛んだ。
砂煙が舞う。
四月は静かに右手を掲げ、雷光をさらに強めた。
「死にゆくなら戦場で、全てを背負う。そう決めている」
その言葉は静かだった。
けれど、誰の心にも強く刺さった。
四月には、四百九十九人の“失われた子どもたち”の命が刻まれている。
彼らを守れなかった痛み、そして誓い。
それが、彼女の精神を常に支えている。
闇に堕ちるほどの絶望も、彼女の中では光に変わる。
それこそが、彼女が“外の世界”から来た制裁者――四月レンたる所以だった。
六澄が砂を蹴って着地する。
わずかに体勢を崩したその瞬間を、四月は見逃さなかった。
右手の光を地へ向ける。
稲妻が走り、地面を這う。
轟音と共に電流が地を伝い、六澄の足元から爆ぜた。
青白い閃光が全身を駆け巡り、筋肉を痙攣させる。
「……っ」
六澄は膝をついた。
息を吐きながら、それでも表情は崩さない。
「っ……無理か」
ただその一言だけを呟いた。
その声には、敗北よりも納得の響きがあった。
「そこまで!」
宮中の声が、マスク越しに場を裂いた。
「第七回戦──勝者、四月レン!」
宣言の瞬間、観客席が一気に湧き上がる。
拍手、歓声、そして安堵。
轟音が静まり返った訓練場には、まだ焦げた砂の匂いが残っていた。
四月は光を収め、無言のまま六澄へと一瞥をくれる。
六澄もその視線を受け止め、ただ軽く頷いた。
それだけで、二人の戦いは終わったのだと誰もが理解した。
観客席では、ようやく息を吹き返したようにざわめきが戻っていく。
「あの四月に、ここまで食らいつくとは」
二階堂が感嘆の声を漏らした。
隣で七乃が同じく小さく頷く。
「ええ……」
その目は、驚きと尊敬、そして少しの恐怖が混ざっていた。
「四月って、どうやったら倒せんの」
辻がぽつりと呟く。
呟きというより、もはや絶望に近い感想だった。
「オレも無理だわ」
風悪が苦笑を浮かべる。
ついさっき自分が戦った夜騎士との試合を思い出し、遠い目になった。
「わかし、くっそ~だめか~!」
五戸が立ち上がってスマホを連打する。
ゲームのガチャでも引いているのか、彼女のテンションはどこか現実逃避気味だった。
その隣では、鳩絵がスケッチブックを抱えたまま空を見上げていた。
「あとで描こ」とでも言いたげに、穏やかな表情をしている。
一ノ瀬は言葉を発さず、静かに二人を見つめていた。
どこか、六澄の背に残った闇を見透かしているような目だった。
「でも、どっちも実力の半分も出してないだろ」
夜騎士が腕を組みながら低く言った。
その声に、観客席の空気が少しだけ張り詰める。
「ああ……」
王位も短く返す。
彼の表情も、ただ分析する者のそれだった。
「え、あれで全力じゃないんですか?」
黒八が目を丸くして言う。
純粋な驚きがその声に宿っていた。
「全力出したら三原則守れないから……とか?」
三井野が恐る恐る口を挟む。
その一言で、周囲が「なるほど」と納得したような空気になる。
確かに、“殺傷を目的としない”“第三者に被害を出さない”──
この試験の三原則を守る限り、全力は出せない。
破ればただの戦争になる。
「四月もだけど、六澄も底が見えないってわけね」
三井野の隣で、妃が額の汗を拭いながら言った。
彼女の言葉に、誰も反論しなかった。
こうして、期末テスト二日目――異能実技試験は幕を閉じた。
戦いを終えた訓練場には、どこか充足感と安堵の入り混じった空気が流れていた。
勝者も敗者も、それぞれの戦いを終えたのだ。
「負けた方には補習として異能実技講座が待っている」
宮中がマスク越しに告げると、教室中が一瞬で凍りついた。
「先生! 引き分けはどうなるんですか!」
二階堂が慌てて手を上げる。
「補習だ」
宮中は一切の間を置かずに言い切った。
「なんで――――!」
訓練場に二階堂の叫びがこだまする。
その後ろで、七乃が「応援しています!」と励まし、
黒八は笑顔で「二階堂君、一緒に頑張りましょう!」と手を振っていた。
やがて、試験を終えたA組の面々に笑いが戻る。
緊張と恐怖に満ちた試験の終わりに、
ようやくいつもの賑やかな“日常”が顔を出していた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




