第百二十一話 衝突、信念の刃
訓練場に再び、張り詰めた空気が満ちた。
観客席のざわめきが静まり、審判席から宮中潤の声がマスク越しに響く。
「第二回戦──辻颭対、王位富」
呼ばれた二人が、無言のまま中央へと歩み出た。
砂を踏みしめる音が、やけに鮮明に響く。
互いに視線を外さず、礼の代わりに軽く頷き合った。
「──始め!」
宮中の合図と同時に、空気が裂ける。
先に動いたのは辻だった。
その身体から、風が巻き上がる。
腕に走る紋様が淡く光り、指先が鋭く伸びていく。
鎌鼬の血を引く一族――その証が、戦場に現れた瞬間だった。
「はぁッ!」
辻は地を蹴り、一瞬で距離を詰める。
爪が光を反射し、音もなく振り下ろされた。
対する王位は、冷静に光の剣を顕現させる。
薄い光が剣の形を成し、辻の爪と交錯した。
金属にも似た音が訓練場に響く。
辻の爪には風が宿る。
腕の周りに風を纏い、空気そのものを刃へと変える。
爪で突き、風で斬り裂く――連撃。
王位はその嵐を、ただ一本の剣で受け止める。
彼の額に汗が滲んだ。
(角を折った影響……出ているな)
かつて“魔の暴走”から救うために、自らの角を折った。
その代償として、顕現できる剣は一本。
威力も射程も半減している。
それでも彼は、一歩も引かなかった。
剣を斜めに構え、辻の攻撃を受け流す。
だが、すべてを避け切ることはできない。
「──はぁっ!」
辻が再び爪を振り下ろす。
王位がそれを剣で受け止めた瞬間、辻は体を宙に浮かせた。
風を纏い、逆さに回転。
「っ!」
次の瞬間、蹴りが飛ぶ。
風圧を乗せた蹴撃が、王位の胸をとらえた。
鈍い衝撃音。
王位の身体が地面を滑り、砂煙を上げる。
「そこまで!」
宮中の声が響く。
審判の手が挙げられた。
「第二回戦──勝者、辻颭!」
観覧席が一斉に沸いた。
風悪が「おお!」と叫び、五戸がスマホを掲げて写真を撮ろうとする。
そんな中、辻は静かに爪を元に戻し、息を整えた。
「量で攻められると厳しいね」
王位は膝をつき、苦笑しながら言う。
冷静な分析はいつも通りだった。
「王位も、強い」
辻は短く、それだけを返す。
その声に敬意が滲んでいた。
王位も微笑み、軽く頷いた。
勝敗ではなく、互いに「力を認め合った」瞬間だった。
「第三回戦──二階堂秋枷対、黒八空! 始め!」
宮中の合図と同時に、空気が再び震えた。
異能無し――純粋な体術戦。
それだけに、静かな熱があった。
黒八が右脚を鋭く振り上げる。
二階堂は左腕で受け流し、流れるように身をかわす。
「さすがに動きが柔らかいですね!」
黒八が息を弾ませながら言う。
「黒八さんも……速い」
二階堂も苦笑を浮かべながら構えを取り直す。
蹴り、受け、踏み込み、回避。
互いに異能を使わないからこそ、純粋な技術と感覚が試される。
十秒ごとに攻防が変わり、砂が舞い上がる。
観客席の七乃は、両手を胸の前で握りしめていた。
「秋枷君……!」
祈るように見つめるその目は真剣だった。
やがて、宮中の声が再び響く。
「そこまで! 第三回戦、引き分け!」
制限時間――十分。
場の空気が、少しだけ和らいだ。
「二階堂君、やりますね」
黒八が息を切らせながら笑う。
「黒八さんも……」
二階堂も笑い返した。
その爽やかなやり取りに、七乃は少しだけ頬を染め、安堵の息を吐いた。
観客席の妃が「青春か!」と突っ込みを入れ、
鳩絵が「わかる」とうなずいていた。
「第四回戦──一ノ瀬さわら対、七乃朝夏! 始め!」
宮中の声が響くと同時に、空気が変わった。
観覧席の空気も、どこか優しく、それでいて静かな緊張を帯びていた。
開始と同時に、一ノ瀬が動いた。
白い腕を軽く上げると、足元から淡い光を帯びた菌糸が溢れ出す。
生き物のようにうねりながら、七乃の足元へと迫った。
「いきなり全開……さすがですわね」
七乃は小さく息を整え、指先を掲げる。
その瞬間、光が彼女を中心に広がった。
風と水、光の精霊たちが彼女の周囲を舞い、柔らかな防御結界を展開する。
菌糸が結界に触れると、静かに弾かれ、ぱちりと光が散った。
「……っ」
一ノ瀬が目を見開く。
次の瞬間、逆に七乃の放った精霊の力が反撃の波となって彼女を包み――
衝撃が走った。
一ノ瀬の身体が後方に吹き飛ぶ。
「そこまで! 第四回戦──勝者、七乃朝夏!」
宮中の宣言とともに、会場から拍手が起こる。
七乃はすぐに駆け寄った。
床に手をつき、肩で息をする一ノ瀬に優しく声をかける。
「一ノ瀬さん、別のことを考えていませんでした?」
穏やかな笑み。けれど、その瞳は真っすぐだった。
一ノ瀬は首を横に振る。
だがその瞳の奥には、迷いがあった。
(……わかし君。ラウロス。そして、“魔”。)
心の奥に巣くう焦りが、戦いへの集中を奪っていた。
七乃はその気配を感じ取っていたのだろう。
「第五回戦──三井野燦対、鳩絵かじか! 始め!」
続くは、異能“表現者”同士の戦い。
鳩絵はスケッチブックを開き、筆を走らせようとした。
しかし、その瞬間、柔らかな旋律が空気を震わせた。
「……っ」
先に声を放ったのは三井野。
澄んだ歌声が場を包み、光の粒が舞い上がる。
鳩絵の筆が止まる。
手の力が抜け、スケッチブックがぱさりと落ちた。
「降参~」
力なく鳩絵が呟く。
「そこまで! 第五回戦──勝者、三井野燦!」
宮中の宣言。
あまりにあっけない決着に、会場から笑いがこぼれた。
「大丈夫?」
三井野が心配そうに駆け寄る。
「やる気でない」
鳩絵は床にぺたりと座り込み、筆先を見つめた。
それを見て、妃が「鳩絵さんらしいわ」と笑い、会場の空気が和んだ。
「第六回戦──五戸このしろ対、妃愛主! 始め!」
開始の合図が響くや否や、勝負は決まっていた。
五戸が指を鳴らす。
その瞬間、黒い縄が地面から伸び、妃の足首に絡みつく。
「え、ちょ、ちょっと――!?」
次の瞬間、妃の身体が宙に浮かび、さかさまに吊り上げられた。
「無理だっつーの!」
妃が悲鳴を上げる。
彼女の異能は“異性限定の洗脳”。
しかし相手が同姓の五戸では通じない。
「よっゆ~」
五戸は笑みを浮かべ、髪を軽く払った。
「そこまで! 第六回戦──勝者、五戸このしろ!」
宮中の声に、観覧席が一気に盛り上がる。
「ええー! ズルい!」
妃が宙づりのまま抗議し、風悪と黒八が笑いながら解除に向かう。
地上に戻った妃を見届けながら、五戸はふっと笑った。
「まあ、私らなんて前座よ。次の試合が見ものだわ」
その言葉に、場の空気が一瞬で変わる。
観客の視線が自然と訓練場中央へと向かう。
――次は、四月対六澄。
ⅩⅢの一員と、この世界の創造主。
静かに、しかし確実に、誰もが息を飲んだ。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




