第百二十話 開戦、異能実技試験
期末テスト二日目――異能実技試験。
切ノ札学園の広大な訓練場は、朝から張り詰めた空気に包まれていた。
観覧席にはクラスメイトたちがずらりと並び、教師陣も見守っている。
冬の陽光が広大な訓練場の床を淡く照らし、その中央――
最初に立ったのは、白髪の少年と青黒い髪の少年だった。
風悪と、夜騎士凶。
二人はまっすぐに向かい合い、互いの気配を探るように静止していた。
その姿に、審判席から宮中潤がゆっくりと声を発する。
「これより異能実技試験──第一回戦を始める」
マスク越しの声が、訓練場全体に響いた。
「決闘システムに準ずる。
“殺傷を目的としない”“第三者被害を出さない”“時間制限内で決着をつける”――この三原則を厳守だ。
制限時間は十分。……健闘を祈る」
淡々とした口調。だがその奥に、確かな期待の響きがあった。
「凶! 全力でいく!」
風悪が風をまといながら声を上げる。
その瞳には、真っすぐな光。
「オレも」
夜騎士が短く答えた。
すでに身体から、青黒い影がにじみ出している。
「――始め!」
宮中の号令と同時に、空気が弾けた。
先に動いたのは夜騎士だった。
影が身体を包み、黒い波動が地を走る。
床の影が蠢き、まるで生き物のように形を変える。
「影装展開」
低く呟くと同時に、夜騎士の背に青黒い尾が揺らめいた。
その光景を受けて、風悪もまた風を起こす。
「風域展開――防壁」
風が唸りを上げ、二人の間に透明な壁を作り出す。
だが夜騎士は迷わない。
その影を、いつもの大鎌ではなく――細く、鋭く、長い槍へと変形させた。
「風圧を最小限に……なるほど」
観覧席で見守っていた王位が、冷静に分析する。
彼の声に、他の生徒たちも息を飲んだ。
夜騎士は右腕を前に突き出し、影の槍を放つ。
鋭い突きが、風壁を貫きかける。
「くっ……!」
風悪は反射的に身をひねり、槍をかわした。
頬をかすめた風が鋭く切り裂かれる。
その一瞬の隙を、夜騎士は見逃さなかった。
地を蹴り上げ、風悪の上方へ跳躍。
影が再び形を変える。
今度は、鯱の尾のような巨大な影が夜騎士の背に伸びた。
「――ほらよ!」
尾が振り下ろされる。
轟音が響き、砂煙が舞い上がる。
風悪は腕を交差させ、風の防御を重ねて受け止めた。
衝撃が体を貫き、足元がわずかに沈む。
息を吸い、風悪は踏みとどまった。
(……流石に強い!)
風悪は、夜騎士の力の成長を肌で感じていた。
同時に、負けたくないという熱が胸を焦がす。
――ここからどう打開するか。
風悪はすでに、次の一手を探り始めていた。
風悪は深く息を吸い込み、目を閉じた。
頭に浮かぶのは、かつての海皇高校との決闘。
あの時、自分は圧倒的な力に押されながらも――“風”で戦場を支配する感覚を覚えた。
(広範囲で風を展開し、音の流れを狂わせる……)
風悪は両手を広げ、風を操る。
空気が唸りを上げ、訓練場全体に旋律のような風の層が走る。
狙いはただ一つ――夜騎士の反響定位を乱すこと。
「風悪君……」
観覧席の黒八が、祈るように手を握りしめた。
その声は届かなくても、願いだけは風に乗って彼の背へと届く。
夜騎士の左眼は、かつての戦いで失われている。
彼は“音”によって空間を読む。
反響定位――音波を利用して周囲を把握する夜騎士の戦い方は、まさに影と一体化した異能。
だが、風悪がその音を狂わせることができれば――。
風の刃が、音の流れを歪ませる。
そして風悪は左側――夜騎士の死角へ、鋭い風刃を放った。
「左側死角だけどさ、そのくらい把握済み!」
夜騎士は影の尾を操り、風刃を容易くはじいた。
その動きには、以前の暴走時にはなかった理性があった。
海皇高校との決闘の時。
彼は“魔”の暴走に飲まれ、何も見えていなかった。
だが今は違う。
理性的に、知的に動ける。
狙いが左側と分かっていれば逆によけやすい。
影の一つ一つを制御し、冷静に相手の戦術を読み切る。
「……っ!」
風悪が舌打ちする間もなく、夜騎士が踏み込んだ。
影が再び槍の形へと変わり、連撃が走る。
槍で突かれ、鎌で切りつけられる。
防ぐよりも速く、風悪は後方へ跳ぶ。
風を盾にしても、勢いを殺しきれない。
(やっぱり……一発ごとの重みが違う!)
風悪は息を荒げ、風の流れを整える。
隙を見て再び風刃を左側に放つ――だが、またも影で弾かれた。
「左側を狙うのは悪くないけどな!」
夜騎士の声が響く。
次の瞬間、影の尾が地を這い、風悪の足へ絡みついた。
「しまっ――!」
引き寄せられる。
間合いが一瞬で詰まり、夜騎士の影が獣のようにうねる。
咆哮。
音の衝撃波が風悪の体を直撃した。
空気が震え、観客席の誰もが息を呑む。
「……!」
風悪の身体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
砂煙が立ちこめ、しばらく視界が揺れた。
その沈黙を破るように、宮中の低い声が響く。
「そこまで!」
風が止む。
影が消える。
夜騎士は呼吸を整えながら、影を収束させた。
「第一回戦――勝者、夜騎士凶!」
宮中が宣言する。
訓練場に拍手が起こる。
黒八が席を立ち、駆け寄った。
「風悪君!」
風悪は地面に片肘をつき、苦笑しながら手を振る。
「はは……やっぱ、つえーや」
その言葉に、夜騎士が頭をかきながら答えた。
「ちょっとやりすぎたか?
でもお前も……強かった」
短く言葉を交わし、二人は互いに笑い合った。
勝敗よりも、互いの成長を確かめ合うように。
「二人とも、よくやったよ」
王位が静かに言った。
その言葉に、場の緊張がほどけていく。
「オレも頑張らないと」
辻が拳を握りしめる。
「オレ、無理ー」
二階堂がうなだれるに呟いた。
「わたくしが代わりに戦いたいですわ!」
七乃が勢いよく立ち上がり、二階堂の顔を見つめて宣言する。
そのやり取りを横に、三井野が頬を染めながら夜騎士を見つめ――
そんな三井野を妃が静かにジト目で見ていた。
六澄と一ノ瀬は静観。
五戸は相変わらずスマホをいじり、鳩絵はスケッチブックを広げ戦いの構図を描いている。
「もっと頭を使え」
四月が観覧席の最前列で、冷静に言った。
その言葉に風悪は、苦笑いを浮かべながら小さくうなずく。
(……次も、頑張ろう)
風が静まり、試験場の空気は再び凪いだ。
戦いの余韻を残したまま、次の試合へと時が動き出していた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




