第百十四話 開幕、学園感謝祭
霜月の風が、校舎の屋根をかすめていった。
中間テストが終わり、束の間の緊張が解けた学園に、再び新たな空気が流れ始めていた。
その朝、A組の教室には静かなざわめきがあった。
ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り、黒いマスクをつけた担任――宮中潤が教壇に立つ。
「来週、学園感謝祭が行われる」
穏やかながらも、どこか張り詰めた声。
生徒たちが一斉に顔を上げた。
「そこで、A組は“十三部”として警護に当たってほしい」
その一言に、教室の空気がわずかに揺れた。
感謝祭――それは文化祭と体育祭の総まとめとなる、学園最大のイベントだ。
保護者や地域の人々に加え、ⅩⅢ本部、教育庁、スポンサー企業までが来場する。
学園の再建と防衛体制を内外に示す、いわば“顔”となる一日だった。
「文化祭の展示も一部再公開される。生徒会主催の演劇や朗読、料理ブースも予定されている」
宮中が資料を手に説明を続ける。
明るい行事のはずなのに、その声にはどこか警戒の色が混じっていた。
「楽しみたい生徒もいるだろうから、警護は交代制でいく」
マスクの下から低い声が響く。
生徒たちは顔を見合わせ、それぞれに担当の準備を始めた。
「オレ、何も出来ないけど……」
二階堂秋枷が苦笑しながら呟く。
すると、隣の席から明るい声が飛んだ。
「秋枷君の分は、わたくしが!」
七乃朝夏が勢いよく手を挙げる。
その元気さに、教室が少しだけ和んだ。
窓の外では、初冬の風が木々を揺らしている。
その風に、風悪は何か胸騒ぎのようなものを感じていた。
(……嫌な予感がする)
その正体は分からない。
けれど、どこかで何かが動き始めている――そんな気配だけが、微かに残った。
そして、感謝祭当日。
朝の空は高く、透き通るような青だった。
校庭には屋台やステージが並び、生徒たちの笑い声が溢れていた。
カラフルな装飾と提灯、焼きたてのパンや香ばしい匂いが風に乗って漂う。
風悪は、人混みの中で胸の奥がざわつくのを感じていた。
何かが――違う。
しかし、それを言葉にできるほどの確信はない。
その様子を察したのは、辻だった。
「……なんか、あった?」
横に立ちながら、彼はいつもの飄々とした口調で尋ねる。
「いや……ただ、何も起こらないといいけど」
風悪は曖昧に笑い、そう答えた。
しかし、笑顔の奥には不安がにじんでいた。
校舎の中では、文化祭で好評だった展示が再び公開されていた。
生徒会の朗読劇や演奏、軽音部のライブ。
屋外ではⅩⅢによる技術展示や警備システムの紹介も行われており、保護者や来賓で賑わっていた。
来賓席には、ⅩⅢ本部の幹部数名と、教育庁、スポンサー企業の代表の姿。
教師陣やⅩⅢメンバーが壇上に立ち、挨拶と共に学園の再建、そして防衛力強化の成果を報告していた。
「やっぱり……ⅩⅢってすごいな」
夜騎士凶が、ステージ上のメンバーを見上げながら呟いた。
その瞳には、真っ直ぐな憧れの光が宿っている。
「オレも、いつかあの中に――」
隣に立つ王位富が、静かに頷く。
「そうだね」
短い言葉だったが、どこか確かな重みを感じさせた。
二人の背後では、夕方に向けて準備が進む。
感謝祭の夜――後夜祭が始まる、その時。
霜月の風は、わずかに冷たさを増していた。
昼の部が終わり、学園は夜の装いへと変わっていた。
校庭には無数の提灯が並び、灯りが穏やかに揺れる。
生徒、保護者、そして来賓たちが一堂に会し、温かな笑い声があちこちで響いていた。
ステージでは合唱が流れ、空には一発目の花火が打ち上がる。
夜空を割く光の尾が、冬の風に散った。
「綺麗……」
鳩絵かじかはスケッチブックを広げ、次々に上がる花火を筆に映していく。
隣では妃愛主が、三井野燦と手を取り軽くステップを踏んでいた。
校庭のあちこちで小さな輪ができ、音楽と笑いが交じり合う。
六澄わかしは表情を変えず、五戸このしろの後ろをついて歩いていた。
「もう少し楽しそうにしなさいよ」
「ころしろが楽しめばいい」
「……は?」
五戸が苦笑いを浮かべる。
黒八空は屋台の前で大笑いし、七乃朝夏は二階堂秋枷と共にそれを微笑ましく見つめていた。
一ノ瀬さわらは声こそ出せないが、柔らかい笑顔を浮かべている。
その穏やかな光景の中、ただひとり、風悪だけが遠くを見ていた。
風が、いつもと違う。
冬の冷たさではなく、鉄のような匂いが混ざっていた。
(このまま、何も起きなければ――)
そう願った。
それが、彼の胸の奥にあるたった一つの祈りだった。
ステージの中央では、来賓たちが並んでいた。
その中に、ひときわ異彩を放つ人物がいる。
――封印局長、“封獄の番人”。
漆黒の封印装束をまとい、冷たいヴェールが照明を反射して輝く。
彼女は壇上に立ち、ゆっくりと口を開いた。
「切ノ札学園の皆様――」
その瞬間。
轟音が夜空を裂いた。
ステージ背後で爆発。
火の粉と共に黒煙が立ち上る。
来賓席の結界が、音を立てて砕け散った。
悲鳴。混乱。
そして、闇の中から影が現れた。
異能者――いや、国内の異能テロ組織の一団。
仮面と戦闘装束に身を包み、銃火と異能を併用して侵入してくる。
「っ……来賓区域、破られました!」
警備担当の声が響く。
だが、“封獄の番人”は動じなかった。
立ち上がったまま、マイクを握り続ける。
「――これは試練です。恐れず、己の力を信じなさい」
まるで何事もないようにスピーチを続けるその姿は、異様ですらあった。
四月レンが即座に立ち上がる。
宮中潤もそれに続いた。
二人で協力し来賓区域内の敵の制圧を完了。
四月の両目がわずかに光を帯びる。
過去視――推測から数秒先の動きを読む。
敵の位置、爆薬の仕掛け、上空の軌道。
すべてが映し出されていた。
「まだ来るぞ。上空から――爆撃だ」
「……っ」
宮中が舌打ちする。
四月は右手を上げ、周囲の電磁波を制御し始めた。
「落下座標は電磁波で撹乱できる。……海に落とすぞ」
指先から放たれた光が空へ伸びる。
空間に幾重もの波紋が走り、軌道上の弾頭が引き寄せられていく。
「海に一時的な封鎖空間を作る。後は処理班に任せる」
“封獄の番人”が頷き、異能を展開した。
空気が一瞬、凍りつく。
世界の“時間”が止まったかのように、ミサイルが宙で静止した。
――四月の電磁波で軌道をずらし、
――“封獄の番人”の異能で時を止める。
わずか数秒の連携。
その間に、宮中が十三部へ通信を送る。
「十三部、行動開始。避難誘導と制圧に移れ」
風悪たちの通信機に、低く冷たい声が届いた。
「了解」
校庭の提灯が一斉に消える。
照明が緊急モードに切り替わり、赤い光が校舎を染めた。
「非戦闘員を避難させろ!」
「負傷者を屋内へ!」
夜騎士が叫び、王位が鋭い視線を向ける。
黒八と七乃と二階堂が協力して子どもたちを誘導し、五戸と鳩絵と六澄は照明の明滅を合図に人波を整理する。
一ノ瀬は菌糸の壁で通路を塞ぎ、妃と三井野と辻が裏口を固めた。
四月が宮中に言う。
「宮中、十三部のことは頼んだ」
「ああ」
宮中が頷き、すぐに現場へと走り出す。
次々と現れるテロリストたちを十三部が迎え撃つ。
風悪が風壁を展開し、夜騎士がその影をすり抜けて一撃で制圧する。
王位の剣が、提灯の明かりを裂いた。
混乱の中、誰かがぽつりと呟く。
「防衛力向上の話をした日に……皮肉なもんだな」
王位富の声だった。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




