第百十三話 返却日、そして日常
中間テストが終わり、教室にはどこか解放感が漂っていた。
張り詰めた空気がようやく緩み、誰もが結果を恐れながらも、どこか浮ついた表情をしている。
そんな中――朝から賑やかな声が響いた。
「A組の皆さんっ! この勝負、貰いましたわ!」
B組の教室から颯爽と現れたのは、東風心地。
両手を腰に当て、得意満面の笑みを浮かべて宣言する。
その後ろで、南ライが慌てて手を振っていた。
「東風、落ち着いて……! まだ結果出てないから!」
だが、そんな忠告を無視して突き進むのが彼女の常だ。
さらにその背後――柱の陰から、北乃ムラサキがじっと睨みを利かせていた。
どうやら、ライの後をこっそりつけて来たらしい。
「朝から煩いわね……」
五戸このしろがスマホをいじりながら、けだるそうに呟く。
「勝負とか、どうでもいい」
妃愛主は机に突っ伏したまま、やる気の欠片もない声で投げやりに答えた。
「かじかも……終わりました……」
鳩絵かじかは、涙目でスケッチブックに鉛筆を走らせていた。
どうやら、テスト結果を“絵で記録する”という奇行に出ているらしい。
東風はそんな教室の空気など気にせず、夜騎士凶の方を見つめていた。
まるで光に吸い寄せられるように。
(……また見てるな)
夜騎士は視線に気づき、ため息をついた。
東風は頬を赤らめて、そっと両手を合わせた。
「夜騎士様、今日も尊い……」
朝の教室が、いつもの賑やかさを取り戻していた。
昼休み。
ついにテストの結果が掲示され、解答用紙が返却された。
それを見た瞬間――東風の悲鳴が学園中に響き渡った。
「なんで!? A組!! 上位陣がおかしいですわよ!!」
廊下の掲示板の前で、東風は絶叫した。
目を疑うほどの結果。
上位五名が、すべてA組で占められていたのだ。
一位:王位富。
彼は相変わらずの冷静さで答案用紙を眺めている。
「富には本当に敵わないな……」
夜騎士が肩を落として呟いた。
二位:夜騎士凶。
本人は謙遜していたが、学年二位という結果は伊達ではない。
普段の努力と規律が、そのまま数字に表れた。
三位:六澄わかし。
その理由は単純だった――彼は“この世界を作った本人”だ。
暇つぶしに教科書をめくり、試験問題をすらすらと解いてしまう。
むしろ、あえて間違いを作るほどの余裕すらあった。
「なんでわかし出来るんだよ!」
五戸が悪態をつくと、六澄は無表情のまま首をかしげた。
四位:四月レン。
ⅩⅢの一員として任務に追われながらも、スキマ時間を見つけて勉強している。
過去視を使えば一瞬で答えが分かるが、彼女は決してそれを使わない。
「もう少し時間があればな……」
小さく漏らした愚痴すら、努力の証のようだった。
五位:一ノ瀬さわら。
普段から予習・復習を欠かさない努力家。
今回も静かに答案を受け取り、結果に淡く頷いた。
その横顔には、淡々とした満足の色があった。
こうして、学年のトップ五をA組が総なめにした。
廊下には、東風の絶叫が再び響く。
「納得いきませんわぁぁぁぁぁ!!!」
妃は机に突っ伏したまま、顔だけこちらに向けて呟いた。
「勝負って、こういう結果になるんだね……」
笑いと喧騒。
秋の風がカーテンを揺らし、教室の中をやさしく通り抜けていく。
辻がぽつりと呟いた。
「中間層も頑張ったから、褒めてほしいよね」
その言葉に、数人が頷く。
A組の“中間層”――黒八空、七乃朝夏、辻颭、そして二階堂秋枷。
上位五名には及ばなかったが、地道に努力を重ね、確かな成果を残していた。
「今回も何とかなりました」
黒八はいつもの朗らかな笑顔で答案を抱えた。
その隣で、七乃が明るく声をかける。
「秋枷君、やりましたね!」
「いや~、どうなるかと思ったけど、なんとか……」
二階堂は苦笑しながら頭をかいた。
小さな積み重ねが、形になったのだ。
一方、B組の教室では東風心地が悔しそうに机を叩いていた。
「なんでですの!? A組なんて、勉強以外ばっかしてるじゃない!」
隣で南ライが慌ててなだめる。
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。ほら、ほんの数点差だし」
その背後では――北乃ムラサキが柱の影から睨んでいた。
北乃ムラサキの目線の先には、やはり南ライの姿。
(……また仲良さそうに……)
唇を尖らせながら、そっと物陰に隠れる。
東風は「にしてもっ!」と勢いよく腕を組み、怒りの矛先を変える。
「下から数えた三人さん……平均点四十ってマズくなくて?」
その言葉に、補習組の面々が一斉にうなだれた。
例によって、三井野燦、五戸このしろ、風悪、鳩絵かじか、妃愛主。
中でも、下位三名の成績は目を覆うほどだった。
「無理なんだもん……」
風悪は机に突っ伏し、魂の抜けた声で答えた。
隣で鳩絵は涙目でスケッチブックをめくり、妃は頭を抱えたまま動かない。
「今回はヤバい……」
「補習……いやぁぁぁ」
鳩絵が泣き声を上げ、妃も巻き込まれるように机に沈んだ。
そんな光景に、三井野は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……まあ、でも勝ちは勝ちよね?」
五戸が何気なく言ったその一言が、火種となる。
「なにしてもらおっかな~♪」
悪戯っぽく笑う五戸に、東風が即座に反応した。
「なっ……なにをさせる気ですの!?」
「穏便にお願いします、穏便に……!」
南ライが両手を合わせ、必死に止めようとする。
しかし、止められるはずもない。
「文化祭でメイドやったんでしょ? ご奉仕してもらわなきゃね」
「なんですってぇぇ!?」
東風の絶叫が、またも廊下を揺らす。
その様子を、廊下の窓際から北乃ムラサキがじっと見つめていた。
羨望にも嫉妬にも見える、複雑な眼差しで。
「……ったく、うるさい」
不意に低い声が響いた。
宮中潤が廊下に現れ、腕を組んだまま一言。
「――黙れ」
教室の空気が凍りついた。
東風も五戸も鳩絵も、反射的に口を閉ざす。
次の瞬間、宮中はそのまま去っていった。
残された生徒たちは顔を見合わせ――そして、笑った。
「……ほんと、この学園って、平和ですね」
黒八の言葉に、教室中がどっと笑いに包まれた。
窓の外では、冬を告げる風がそっと吹き抜ける。
中間テストも終わり、束の間の平穏。
それは確かに、“切ノ札学園の日常”そのものだった。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




