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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第十一章・風、ゆらぐ日

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第百十二話 試験の果てに

 試験会場に、低くうなる音が響いていた。

 装置の警報。

 冷気の中で、ひとりの少年が膝をついている。


 夜騎士(よぎし)凶。


 彼の肩が震えていた。

 見開かれた瞳には、過去の光景が焼きついている。

 血と悲鳴。砕ける影。

 あの日と同じ匂い。


「……っ、やめろ、やめてくれ……!」


 額を押さえ、歯を食いしばる。

 呼吸が乱れ、喉が裂けそうなほど苦しい。


宮中(みやうち)先生、これ以上は――!」


 試験官が慌てて止めに入ろうとした。

 だが、宮中潤は片手を上げ、静かに制止の合図を送る。


 宮中の鋭い目が細められた。


「……まだだ」


 その一言に、場の空気が凍りついた。


 夜騎士は、ただ苦しんでいた。

 闇の中で、幼い日の自分と向き合っていた。

 誰も救えず、誰も信じられず、壊すことしかできなかった少年。


 ――そのとき、ふいに風が吹いた。


 霜月の冷たい風が、試験室の隙間から流れ込む。

 その風が頬を撫でた瞬間、彼の脳裏に別の記憶がよみがえる。


 ――海皇高校との決闘。

 “魔”に呑まれ、理性を失ったあの日。

 その彼を止めたのは、王位富と風悪(ふうお)だった。


「……そう、だ……オレは、ひとりじゃない……」


 唇が震えながら、言葉が漏れる。

 意識の中で、暗闇がゆっくりと溶けていく。

 胸の奥に灯が戻るように、息が整っていった。


 計測器の針が静かに安定を示し始める。


「安定し始めました!」


 試験官の声が上がる。


 宮中は頷き、穏やかな声で言った。


「ああ、もう大丈夫だ」


 短い言葉だったが、その声音には確かな安堵があった。


 モニターに表示された判定。


 ――「やや安定」。


 夜騎士の試験は、終わった。


「十二番──妃愛主」


 妃は静かに席を立ち、装置の中に入る。

 光が満ち、幻影が現れる。


 それは――制御に失敗した日の記憶だった。

 だが、彼女はすぐに思い出す。

 王位富の言葉を。

 その瞬間、幻影は霧のように消えた。


「安定」


 冷静な声で判定が下される。


「十三番──王位富」


 王位は静かに立ち上がり、装置の中へ入る。

 光が満ちても、彼は微動だにしなかった。

 目を閉じ、呼吸を整え、ただそこに“在る”。


 心拍も脳波も乱れず、計測値は完璧な安定を示していた。


「安定」


 試験官の声も、どこか感嘆を含んでいた。


「十四番──風悪」


 最後の一人が呼ばれる。


 装置が起動した瞬間――

 風が吹いた。


 何も映らない。

 幻影も、恐怖も、過去の影すら現れない。


 モニターの針が跳ね上がり、数値が限界値を超える。


「……これは……」


 試験官が思わず息を呑む。


 風悪の表情は穏やかだった。

 ただ静かに立ち、何も見ていない空を見上げている。


「異常に安定」


 無機質な声が響く。

 教室の誰もが息をのんだ。


 こうして、〈精神耐性テスト〉は幕を閉じた。


 廊下に戻る途中、妃がため息をつきながら口を開く。


「にしても……今回は“異常に安定”が三人も、なんて」


 隣を歩く三井野が小さく笑う。


「……きっと、それだけ“想い”があるんだよ」


 教室へ戻る廊下を、冷たい風が通り抜けていく。

 夕暮れの光が窓を染め、試験を終えた生徒たちの表情にもようやく安堵が戻っていた。


 ――精神耐性テスト。


 結果は明白だった。

 “魔”の影響をまったく受けなかった者が三人。


 四月(しづき)レン、六澄(むすみ)わかし、そして風悪(ふうお)


 彼らはこの世界に“根”を持たない。

 四月は外の世界に存在する本体から送られた分体。

 六澄は、もともと“外”の世界の住人であり――この世界を創った張本人。

 風悪は、外の世界からやって来た人工妖精。


 ゆえに彼らは、この世界の(ことわり)に縛られない。

 “魔”という負の法則の影響を、受けることがなかった。


 四月にとっても、この試験はひとつの証明だった。

 過去の亡霊を背負いながらも、それをねじ伏せる強さを手に入れていた。

 その精神力こそが、彼女の異常な安定値を示していた。


「……オレ、やばかった」


 辻がぽつりと呟いた。

 どこか気まずそうに笑う。


「オレも」


 夜騎士が静かに同意する。

 その横顔にはまだ疲労の影が残っていた。


 二人とも、魔物の血を引く一族の末裔。

 暴走の痛みを知る者たち。

 けれど今回は、呑まれなかった。


「風がさ……支えてくれた気がする」


 夜騎士はふと呟くように言った。


 その言葉に、間髪入れず後方から声が飛ぶ。


「なにぃ!? お前、属性盛りすぎだ! このイケメンが!」


 妃愛主の大声に、空気が一気に明るくなる。


「イケメンじゃないだろ」


 夜騎士はあっさり否定するが、余計に火に油を注いだ。


「お前のそういう自覚ないところ、嫌いだ!」


 妃は顔を真っ赤にして吐き捨て、ドアを勢いよく開けて教室へと戻っていった。


 残された空気に、王位が小さく呟く。


「凶は……もう少し自覚したほうがいい」


「自覚って、何を!?」


 夜騎士は本気で分かっていない様子だった。


 そのやり取りを後方で見ていた三井野と東風(こち)が、同時に鼻を押さえて赤くなる。


「東風さん……なぜここに?」


 黒八が気づき、問いかける。


「勝利宣言と……グフッ……」


 東風は中間テストに絶対の自信があったのか、

 “勝利宣言”をしに来たらしい。

 ついでに、夜騎士の顔を見に来た――それが致命的だった。


 黒八(くろや)が肩をすくめる。


「人気だね、凶君」


「……だね」


 風悪が小さく笑った。


 教室の隅で、別の空気も流れていた。


 一ノ瀬は、隣に立つ六澄をじっと睨みつけていた。

 その瞳には、言葉にできない疑念が宿る。


 六澄はいつものように無表情だった。

 何を考えているのか、誰にも分からない。


「かじか……終わった……」


 鳩絵が机に突っ伏し、魂が抜けたように呟いた。


「かじかちゃん、大丈夫。私もよ」


 五戸(いつと)が励ますが、鳩絵は勢いよく顔を上げた。


「全然大丈夫じゃない!!」


 その声が教室に響き、皆が笑った。


 凍てついた空気の中に、ようやく温かさが戻ってくる。


 試験の緊張も、過去の痛みも、今はほんの少し遠くに感じられた。


 霜月の風が窓を揺らし、夕焼けが赤く教室を染める。

 その中で、一年A組の笑い声が静かに響いていた。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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