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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第十章・風、囁く日

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第百八話 夢の残響

 ──夢が、覚めていく。


 白と黒が溶け合い、音のない世界が色を取り戻していく。

 ゆっくりと、現実が戻ってきた。


 気がつけば、A組は一年B組の教室の前に立っていた。

 封印されていたはずの結界は消え、扉は何事もなかったかのように静かに佇んでいる。


「戻ってきた!?」


 妃の声が響く。


「……そうみたい」


 三井野が息を吐き、胸に手を当てた。

 安堵の笑みが、その顔に浮かぶ。


 だが――


「ふ、ははは……あははははは……」


 突然、笑い声が響いた。


 その場にいた全員が、息を呑む。


 笑っていたのは六澄(むすみ)わかしだった。

 いつも無表情で、冷えた空気のようだった少年が、

 今は人間らしく――まるで“楽しむように”笑っていた。


「わかし……?」


 五戸(いつと)が戸惑いの声を上げる。


 風悪(ふうお)も言葉を失っていた。

 六澄の笑い声は、どこか違和感を伴っていた。

 喜びとも悲しみともつかない。

 それは“何か別のもの”が笑っているような、底のない音だった。


 B組の教室前で、ただその笑いだけが響き渡る。

 静かな校舎に、反響するように。


 誰も、何も言えなかった。

 風が止み、空気が凍りつく。


 * * *


 同時刻――ⅩⅢ監視棟。


「――-02Y、完全消滅を確認!」


 管制室の警報が鳴り響く。

 オペレーターの声が震えた。


「何だと!?」


 宮中(みやうち)潤が黒いマスク越しに声を上げる。


 モニターには、封印波の崩壊ログ。

〈対象ユニット消滅〉の文字が赤く点滅していた。


「……風悪」


 四月(しづき)レンが呟く。


 モニターの前に立つ職員たちは、息をするのも忘れて画面を見つめていた。

 誰もが、いま起きたことの意味を理解できていなかった。


 封印局長――“封獄の番人”と呼ばれる女が静かに立ち上がる。

 漆黒の封印装束をまとい、冷たいヴェールが光を反射する。


「命令は絶対。だが、標的が消えたのなら……遂行のしようもない」


 淡々とそう言い残し、踵を返す。

 足音が遠ざかるたびに、部屋の温度がわずかに上がっていくようだった。


 宮中は拳の握りを緩めた。

 四月はただ、モニターの残光を見つめ続ける。

 そこに映るのは、静かに消えた“願い”の痕跡。


 ──ユイは、もういない。


 それが、確かな事実だった。


 * * *


 夜。


 風悪はベッドの上で目を閉じていた。

 疲れた身体が眠りに落ちると同時に、夢が再び始まる。


 いつもの電車。

 何も映らない窓。

 光も、風も、遠くで流れるだけの空虚な世界。


「ユイは消えた……オレが、消した……」


 膝の上に手を置き、風悪は小さく呟く。


 その声に、返事があった。


「どのみち、世界に消されていたさ」


 不意に視線を上げると、目の前の座席に“黒い妖精”が座っていた。

 ラウロス。


 闇を纏い、脚を組み、窓の外を見ながら微笑んでいる。


「お前……」


 風悪が睨む。

 しかし、ラウロスは相変わらず穏やかな声で言った。


「楽しいものを見せてもらった。人の願いというのは、実に愚かで、面白い」


 その声音には、神とも悪魔ともつかぬ響きがあった。


 風悪は、わずかに声を震わせながら問う。


「お前……六澄、だろ」


 沈黙。


 ラウロスの横顔が、ゆっくりとこちらを向く。

 その瞳の奥に、確かに“人の形”が宿っていた。


「ラウロス……お前がいた時、六澄の姿だけがなかった」


 風悪は確信を込めて言った。

 夢と現実の狭間――

 そこにいなかった“六澄”の代わりに、ずっと隣にいた“闇”。


 ラウロスの口元が、静かに歪む。


「だったら、どうする?」


 その声が響いた瞬間、風悪の目の前で、黒い影がゆらめいた。

 ラウロスの姿が、ゆっくりと溶けていく。


 そして――

 そこに座っていたのは、六澄わかしだった。


「知ってることを、全部言えよ」


 風悪の低い声が、電車の静寂に響いた。

 その声には怒りでも恐れでもなく、確かめようとする意志があった。


「断る」


 六澄は即答した。

 表情はいつもと変わらない。

 ただ、無造作に指で眼鏡の縁を押し上げる仕草だけが、彼の中の“人間的な”部分を僅かに覗かせた。


「お前が……この世界を作ったのか?」


 風悪が問いかける。

 六澄は視線を窓の外へ向けた。

 そこには何も映らない。

 ただ、終わりなき夜の闇と、遠くを流れる光だけ。


「妖精の力を使って願いを叶えた。世界を作った。その時に――妖精としての力は失われた」


 その声は淡々としていた。

 独白のようであり、告白のようでもあった。


 六澄には、妖精の翅がない。

 風悪が初めて彼を見たときから、そうだった。

 その理由が、いま繋がった。


 力を使い果たした妖精。

 しかし、肉体はなお妖精としての構造を保ち続けている。

 毒は効かず、眠りも人より必要としない。

 食事もまた、人とは感覚が違う。

 外の文法で文字を書いたのも、すべてが「外側の存在」としての名残だった。


「なんで……“魔”なんてものを生んだんだよ」


 風悪の声が震える。

 それは怒りではなく、ただ知りたかった。

 この世界に渦巻く苦しみの根を。

 ユイも、北乃ムラサキも、あの“願い”も――すべてその結果だった。


 だが、六澄は何も答えない。


「全てを教えたらつまらない。それに、自分の知らない範疇の答えを出してくれた方が――面白い」


 それだけを言い、再び沈黙。

 電車は止まることなく、どこまでも同じ場所を巡り続けていた。

 窓の外の景色は、永遠に変わらない。

 まるで、彼らの世界そのもののように。


 * * *


 翌日。


 切ノ札(きりのふだ)学園は、何事もなかったかのように朝を迎えた。

 陽光が差し込み、ざわめきが戻ってくる。

 B組もA組も、久しぶりに全員が揃っていた。


「体育祭終わったの!?」

「文化祭も不完全燃焼だったのに!」


 B組の教室からは騒がしい声。

 その賑やかさに、A組の面々もつられて笑う。


「元気、良いね」


 二階堂が呟くと、七乃はやわらかく微笑んだ。


「はー……これで私の敵討ちはおわりかー」


 五戸はスマホを弄りながら気怠げに言う。


「課金、そろそろやめたら?」


 鳩絵が呆れたように言っても、五戸は「やめない」と短く返す。

 そんな他愛のない会話が、いつもの日常を連れ戻していた。


 六澄は教室の一番前の席に座っていた。

 無表情で、ただページをめくる。

 意味のない動作のようでいて、それが彼にとって“生きる演技”だった。


 ――けれど、その瞳の奥で、まだ闇が微かに瞬いていた。


『でもまだ。”魔”は残っている』


 一ノ瀬のスマホにはそう文字を記した。

 教室の前では、夜騎士が立ち上がる。


「なあ、お前ら……“十三部”やらね?」


 その言葉に、教室の空気が和らぐ。

 王位が小さく笑って答える。


「A組みんなで十三部。――これまでと変わらないね」


 五戸がスマホを片手に顔を上げた。


「“魔”の模造品騒ぎも終わったし、まあ、いいか。手伝ってやるよ、十三部」


 その声は、気怠げでいて、確かな温度を持っていた。


 窓の外。

 風がそっと吹き抜ける。

 木の葉が一枚、教室の中に舞い込んだ。


 少年少女たちは笑っていた。

 けれど――その風の奥に、まだ微かな“ざらつき”が残っている。


『――魔は、誰かの中に』


 誰の声かも分からぬ囁きが、ほんの一瞬、風悪の耳をかすめた。


 彼は顔を上げる。

 穏やかな風が頬を撫でた。

 だが、その風は、どこか寂しく、冷たかった。


 “まだ終わってはいない”――


 風悪の瞳に、そんな決意が宿る。


 そして、学園の日常が再び動き出した。

 少年少女たちの物語は、なお続いていく。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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