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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第九章・風、疾る日

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第百二話 沈む音、揺らぐ闇

 切ノ札(きりのふだ)学園チーム戦、二勝。

 海皇高校チーム戦、二敗。


 この時点で、切ノ札学園一年の部の勝利はすでに確定していた。

 だが、この体育祭の本質は勝ち負けではない。

 目的は――学生たちの“異能制御能力”の観測、そして他校との交流。


 ゆえに、三回戦・個人戦は予定通りに行われる。


「無名に続き海皇高校にも勝った!」


 風悪(ふうお)が拳を軽く握り、嬉しそうに言った。

 その声に周囲のA組メンバーも小さく笑みを浮かべる。


 ――だが、その中でひとりだけ、動かない影があった。


 六澄(むすみ)わかし。

 無表情のまま席を立ち、観客席から静かに通路へと向かう。

 制服の裾がわずかに揺れ、眼鏡の奥の瞳には、何の光も宿っていなかった。


「わかし、棄権とかそういうの無しだからね? 勝って来い」


 五戸(いつと)の言葉が背後から飛ぶ。


「了解」


 短く、それだけを返す。

 感情の起伏もない声。

 だが、その足取りには迷いがなかった。


 六澄はステージ中央へと進む。

 足音が結界に吸い込まれ、観客席のざわめきさえ遠く感じられた。


 対する海皇高校の選手――朱鷺田(ときた)陸。

 音を操る異能者にして、自らの声を“支配の刃”とする男。


 彼の異能〈声紋支配〉――

 発した声の波動で、相手の神経伝達を一瞬だけ止める。

 声を聴いた者は、その瞬間、自由を奪われる。


 観客席に緊張が走る。

 そして、審判役の教育庁異能管理局職員が手を上げた。


「第三回戦、個人戦――決闘、開始!」


 ――静寂。


 朱鷺田が一歩踏み出し、息を吸い込む。

 次の瞬間、鋭い声が空気を裂いた。


「止まれッ!」


 声の波動が空間を走る。

 音が刃となり、六澄の身体を縛る――はずだった。


 だが、その刹那。


 六澄の周囲の空気が、音を吸い取るように沈んだ。

 靴音が、息の音が、観客の声が――一つ、また一つと消えていく。


 朱鷺田は目を見開いた。


「なっ……!」


 口は動いている。だが、声が出ない。

 自分の喉から響くはずの音が、世界から切り取られていた。


 ――“音を奪う闇”。


 六澄わかしの異能が発動していた。


 無表情のまま、彼はゆっくりと手を上げる。

 闇が指先から広がり、床に、壁に、空へと染み渡る。

 黒い波紋が世界を包み、音を、色を、光を、すべて飲み込んでいった。


 観客席から見える光景は、ただの“黒”だった。

 何も聞こえない。

 何も感じない。


 ――そこに、六澄だけがいた。


 音も、声も、息づかいもない世界。

 ただ一人、静かに立つ影。


 それが、六澄わかし。

 彼の異能〈闇使い〉――“完全無音空間”。


 彼に敵う者など、そこには存在しなかった。


「殺したらダメなんだっけ……」


 六澄はぽつりと呟いた。

 その声には、感情が欠片もなかった。

 冷たい空気の中、彼の瞳には何の光も宿っていない。


 闇の結界がゆっくりと解けていく。

 色と音が戻る。

 しかし、空間はまだ“静寂”の余韻に包まれていた。


 六澄は静かに手をかざし、自身の影を朱鷺田の影と重ね合わせる。

 黒と黒が交わる。

 その瞬間、朱鷺田の身体がびくりと震えた。


「う、あ……っ!」


 次の瞬間、彼は頭を抱え、膝をついた。

 呻き声が喉から漏れる。

 目は虚ろで、焦点が合っていない。


 六澄の異能――〈闇使い〉。

 それは“闇”であり、“病み”でもあった。


 闇使いは病み使い。

 その闇に触れた者は、自らの心の影を見せつけられ、精神を病む。

 自我を削られ、己の“痛み”と“悔い”の中で崩れていく。


 朱鷺田も例外ではなかった。

 闇の波が心の奥へと侵食し、彼は恐怖と後悔の狭間で震え続けた。


 六澄は無表情にその様を見下ろす。

 何の感情も湧かない。

 ただ、観測しているかのように。


「キミは、少し面白くないな」


 その言葉には、侮蔑も憐れみもなかった。

 ただ、事実を述べるだけの“無”の声。


 朱鷺田の呻きがかすかに響き、審判役の職員が思わず一歩退いた。

 空気が重い。息をするのも苦しい。


 審判は動揺を隠しきれぬまま、震える手を上げた。


「し、勝者――切ノ札学園チーム!」


 宣告と同時に、会場が一瞬静まり返る。


 歓声も拍手も起きなかった。

 ただ――沈黙。


 観客席の誰もが言葉を失っていた。

 その沈黙の中で、鳩絵が小さく声を漏らした。


「えっぐ……」


 その呟きが、場の空気を代弁していた。


 六澄の放つ“異質”は、四月(しづき)の冷徹さとは異なる。

 それは理を越えた、原初の“静けさ”だった。


 音も、色も、心さえも奪う存在。

 人の形をした“虚無”。

 それが六澄わかしという男だった。


 * * *


 ⅩⅢ(サーティーン)の監視席。


 黒いモニターに、微かな波形が揺らめく。

 表示される数値――“B組封印エリア”。

 そのラインが、さらにほんのわずかに上昇していた。


 宮中(みやうち)潤が無言でその波形を見つめる。


「……封印は、始まりに過ぎない……か」


 彼の声が低く響く。

 監視席の空気がわずかに震えた。


 体育祭、一年の部――切ノ札学園の圧勝。

 それは確かに栄光の勝利だった。


 だが、その裏で。


 封印の底に沈んだ“何か”が、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。


 白い結界の光が、闇の底で静かに揺れている。

 まるで、遠い昔に失われた“声”が、再び世界を呼ぶかのように。


 ――次の風が、まだ知らぬ嵐を運んでいた。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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