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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第九章・風、疾る日

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第百話 波濤、越えて

 体育祭、午後の部。

 昼食休憩を終えた会場に、再び熱が戻ってくる。

 ⅩⅢ(サーティーン)異能結界アリーナ第三層――〈闘技の演壇〉。


 陽光を反射する半透明の結界膜の内側、

 六つの影が互いに向かい合っていた。


 観客席前列から、切ノ札学園一年A組の声援が飛ぶ。


「凶、負けるなよ!」

「三井野さん、歌って!」

「妃、かっこつけはよしなさいよね!」


 それぞれの声が結界の中にまで響き、緊張と熱気が交錯する。


 ――切ノ札(きりのふだ)学園 対 海皇高校。

 宿命の再戦。

 あの水無月の“決闘システム”で激突した両校が、

 再びこの舞台で相まみえる。


 切ノ札の代表は、夜騎士(よぎし)凶・三井野(さん)・妃愛主(あいす)

 対する海皇高校は、魚ノ目憂・鯨連座(くじら れんざ)海豹疎(あざらし うと)


「因縁の対決か……」


 夜騎士が低く呟く。

 その横で三井野が、小さく息を吸い込み微笑んだ。


「うん、でも今なら――歌える」


 かつて怯えて声を出せなかった少女の瞳には、

 今は確かな光が宿っていた。


「ふふん、あたしに任せて!」


 妃は腰に手を当て、挑発するように言い放つ。

 その強気な笑顔に、観客席から歓声が上がった。


 ステージの向こう側から、海皇高校の三人が姿を現す。

 青を基調とした制服、波の紋章が入った外套。


 魚ノ目憂はその中心で、黒い茨を指先に絡ませながら笑った。


鯱氷(しゃちひ)っち、お久しぶり! 今度は負けないから!」


 その声に、隣の鯨連座が頭を掻きながら訂正する。


「鯱氷じゃない、今は夜騎士だ」


「わかってるっての!」


 魚ノ目は軽口を返しつつも、

 その瞳の奥に確かな闘志を燃やしていた。


 審判役――教育庁異能管理局の職員が手を上げる。

 結界内に静寂が訪れ、空気が一気に張りつめる。


「第一回戦、チーム戦――決闘、開始!」


 その合図で、戦いの幕が切って落とされた。


 妃が先陣を切る。

 彼女の異能が、異性の神経に干渉して動きを止める――

 はずだった。


 しかし、対面に立つのは魚ノ目憂。

 同性には効果がない。


 妃が前に出た瞬間、黒い茨が地面を這い、

 鞭のようにしなって彼女を弾き飛ばした。


「ぎゃっ!」


 派手な悲鳴が響く。


「何やってんだよ、お前……」


 夜騎士が呆れたように肩を落とす。

 だが、即座に動いた。


 青黒い影が夜騎士の身体から溢れ出し、

 茨の攻撃を弾き返していく。


 すぐに空気が冷たくなる。

 海豹疎が氷結を展開。氷の礫が飛び交う。


 妃はすぐに体勢を立て直し、

 洗脳の波動で海豹疎の動きを一瞬止めた。


 その間に、鯨が詠唱を始める。

 低い声がアリーナ全体を震わせる。


「爆ぜろ、鯨の咆哮――」


 次の瞬間、空気が歪んだ。


「爆発する鯨が厄介か……」


 夜騎士が目を細め、冷静に状況を見極める。


「凶君、任せて。」


 三井野が一歩前に出る。

 凛とした声が結界内に響く。


『物は数多の矢となりて、哀れなそれを撃つだけ――』


 その瞬間、音が形を持つ。

 歌声が空気を震わせ、見えない“矢”となって放たれた。

 爆鯨の衝撃波を相殺し、茨の影を押し戻す。


 三井野の異能〈旋律〉。

 歌を媒介にして、音波で空間を支配する。


(未熟な私じゃ、あまり力にはなれないかも……

  だけど、それでも。今度こそ――届かせたい。)


 彼女の心の中で、確かな決意が鳴った。


 * * *


 まだ中学生だったころ。

 三井野が転校した先の学校で、夜騎士凶に出会った。


 その頃の彼は、すでに“海豚悪天”との事件を終えており、

 左目を髪で隠していた。


 ――教室のざわめき。

 あの日の記憶が、三井野燦の中で静かに蘇る。


「えー今日からこのクラスの一員の三井野くんだ。みんな仲良くするように」


 先生の声など耳に入っていなかった。

 その瞬間、彼女の世界には“ひとり”しか存在していなかった。


 窓際の席、外を見つめる少年。

 前髪で左目を隠した、無愛想な横顔。


(え……!? 顔、超好み!!)


 三井野は頬を真っ赤にして、必死に興奮を抑えようとした。

 だが、夜騎士がふと振り向き、視線が交わる。


 ――次の瞬間、三井野は鼻血を吹いて倒れた。


「三井野さああああん?!」

「凶てめー!」

「またか! 許すまじ!」


 教室に騒然とした声が飛び交う。


「なんでオレ?」


 当の本人――夜騎士凶には、まったく自覚がなかった。

 そう、あれが“三井野の一目惚れ”の始まりだった。


 * 


 休み時間、声をかけてきたのは妃愛主だった。


「燦ってよんでいい?」

「うん、いいよ」

「あたしのことは、愛主って呼んで!」

「分かった!」


 そんな他愛もない会話を交わしたあと、

 三井野の視線はまた夜騎士へ向いていた。


 それを見ていた妃が、ため息混じりに言う。


「凶はやめて、あたしにしない?」


「え?」


「女子という女子を盗られてるのもそうだけど、富のやろうと仲良いってのがもう無理!」


 妃は拳を作り、憤慨していた。


「盗られてはないと思う……ってか、王位君と仲良いんだ」


 三井野は少し頬を染め、そう呟いた。


 それから妃に、海豚悪天と夜騎士の確執を聞かされた。

 王位のために夜騎士が怒ったのだという。

 ――そんな友のために怒れる人。


 三井野は話を聞きながらも、心のどこかでまた思っていた。

(優しい人なんだ……)


 * 


 放課後、校舎裏に響く異能の音。

 夜騎士が影を纏い、制御訓練をしていた。


「三井野か」


「夜騎士君、何していたの?」


 夜騎士は影を納め、少し照れくさそうに言う。


「凶で良いよ。その苗字、慣れないし。

 オレの異能、どこから説明したらいいか……

 “魔物”由来だから暴走しやすくて、制御の練習をしてた。そんな感じ」


「特にオレは、引き継いだ“魔物の血”が濃いみたいでさ。

 いつか友達を巻き込まないためにも、ってね。

 幼少期は制御できなくて……色々あったんだ」


(凶君……)


 三井野は頬を染めながら、その横顔を見つめていた。


「聞いたよ。凶君が王位君のために怒ったって」

「悪天のやり方は、許せなかったからな」


 夜騎士は短く答えた。


「どうしてそこまで、友達のために出来るの?」


 三井野の問いに、夜騎士は少し遠い目をして言う。


「姉がさ、言ってたんだ。

 『どうせ力を振るうなら、味方のために』って。

 ……ただの受け売りだよ。」


 どこか寂しげな声。

 けれど、その背中はまっすぐだった。


 * * *


 ――そして今、アリーナ。


 三井野はその記憶を胸に、歌を紡ぐ。


(今は、私が力を振るう時──)


 『滑稽な笑みはなく、恐怖を置いてきた――』


 その一節が空気を震わせ、音の波が鯨連座を包み込む。

 重い爆気が霧散し、身体の力が抜け落ちた。


「な、なんだ……身体が……!」


 動揺する海皇側の隙を、夜騎士は見逃さない。


 影が地を走る。

 夜騎士の影が鯱の尾を形取り、しなるように伸びる。


「影装――穿衝!」


 地を蹴った夜騎士が一気に間合いを詰め、

 闇の尾を大鎌のように振り抜いた。


 黒い軌跡が走り、三人の身体に直撃する。

 次の瞬間、海皇高校の三人が同時に膝をついた。


 観客席がどよめき、歓声が爆発する。


 審判の声が響く。


「勝者――切ノ札学園チーム!!」


 アリーナが歓喜の波に包まれる中、

 夜騎士は振り返り、歌い終えた三井野に目をやった。


 三井野は微笑んでいた。

 その笑顔に、妃が大げさに手を振る。


「やったじゃん、燦!」


「うん……今度は、ちゃんと届いた気がする。」


 風が吹き抜ける。

 夜騎士の髪が揺れ、微かに笑みがこぼれた。


歌の歌詞の内容は外の世界のものだったりする。

主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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