表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ⅩⅢ〜thirteen〜 現代異能学園戦線  作者: 神野あさぎ
第一章・風が目覚める日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/39

第一話 風の来訪者

 空が暗い。

 真っ暗で、どこだかも分からない。


 地面には、淡く光を放つキノコが無数に生えていた。

 紫と青の輝きが波のように揺れ、夜の海の底のようだった。


 その中心に、一人の少年が膝をついている。

 白い髪に、赤い瞳。

 左の頭には、妖精のような透明の翅が一つ、静かに揺れていた。


 少年の名は、風悪(ふうお)

 彼は夢の中で、いつも同じ声を聞く。


『……守って』


 少女の声だった。

 顔は霞んで見えない。けれど、涙だけが確かに見えた。


『滅ぼして。“魔”を』


 風が渦を巻き、世界が歪む。

 視界が真っ黒に塗りつぶされた。


 ──そして、朝。


 目を覚ますと、そこは昨日案内されたばかりのアパートの一室だった。

 紹介してくれたのは、担任の教師・宮中潤(みやうち じゅん)


 風悪には、記憶がない。

 分かっているのは、

 ――自分が「頭に翅を生やした人工妖精」であること。

 ――そして、夢の中で“魔を滅ぼせ”と囁かれていること。


「……また、あの夢か」


 天井を見上げながら、小さく呟く。

 世界のことも、自分のことも分からない。

 だが今日から学園に通うらしい。


「……学校、ね。どうしてこんなことに」


 不満とも諦めともつかぬ声を漏らし、制服の襟を正す。

 新しい生活の始まり。

 期待と不安と、胸の奥の得体の知れないざわめきが混じり合っていた。



 切ノ札学園(きりのふだがくえん)


 校門には、鋭い意匠の校章が掲げられている。

 異能保有者特別育成校。通称〈異能学園〉。


 風悪が案内されたのは、一年A組。

 扉を開けた瞬間、教室はすでにざわついていた。

 十四名の生徒たちが、それぞれの世界を持っていた。


 黒いマスクをつけた担任の宮中が、教壇に立つ。


「今日からこのクラスを担当する宮中だ。初日だし、全員、自己紹介から行こうか」


 静寂。

 最初に立ち上がったのは、おさげ髪の少女――一ノ瀬(いちのせ)さわら。

 首と鼻に細い傷跡があるが、口を開かない。


 重たい沈黙を破ったのは、明るい声だった。


二階堂秋枷(にかいどう あきかせ)です! 好きな物は“ましゅまろちゃん”です!」


 白くてまるいゆるキャラのぬいぐるみを掲げ、満面の笑み。

 その陽気さが、教室の空気を少しだけ和らげた。


三井野燦(みいの さん)……です。仲良くしてください」


 サイドテールの少女が控えめに名乗る。

 どこか物静かで、柔らかな印象。


「……はあ」


 気だるげに息を吐いたのは、四月(しづき)レン。

 左手には黒いアームカバー。右手には単語帳。

 無関心そうでいて、眼差しは冷静だ。


「ってかさ〜! ガチャ! 天井いきそうなんだけど!?」


 スマホをいじりながら叫ぶのは、五戸(いつと)このしろ。

 まともに自己紹介をする気はない。


「……自分は、このしろについてきただけなので」


 淡々とした声。六澄(むすみ)わかし。

 黒い眼鏡の奥、光のない瞳。掴みどころのない少年。


七乃朝夏(ななの あさか)と申しますわ! あの……秋枷君と同じ中学で……きゃああ!」


 顔を真っ赤にしてわたわたする少女。

 恋愛脳全開、七乃朝夏。


黒八空(くろや そら)です。よろしくお願いしますね」


 長い黒髪の少女。落ち着いた声で、柔らかく微笑む。


「かじかは絵を描きます!」


 赤いベレー帽の少女がスケッチブックを掲げる。鳩絵(はとえ)かじか。

 一ノ瀬、五戸、六澄、鳩絵は同じ中学出身だという。


辻颭(つじ せん)……よろしく」


 小さく呟いた少年。

 黒八を一瞬だけ見たことに気づいた者は少ない。


夜騎士凶(よぎし きょう)。よろしく。苗字は慣れないので、凶でいい」


 左眼を前髪で隠した少年。

 どこか自信に満ちた声だった。


「女の子は~全員、あたしの嫁!」


 亜麻色の髪を束ねた少女、妃愛主(きさき あいす)が元気に宣言する。


「愛主、うるさい」

「何を!」


 ツッコミを入れたのは王位富(おうい とみ)

 彼はいつも目を閉じているが、不思議と鋭さを感じさせる。


 ──そして、最後。


 教室が静まる。

 全員の視線が、ひとりの少年へと集まった。


「頭に翅……?」「本物?」「妖精……?」


 ざわめき。囁き。疑念。

 風悪(ふうお)はわずかに眉を寄せ、短く言った。


「……よろしく」


 それだけ。

 誰かが小さく「苗字ないんだ」と呟いた。



 昼休み


 机に突っ伏していた風悪の前に、スマホが差し出された。

 画面には短いメッセージ。


『はじめまして。声が出せないから、これで話します』


 一ノ瀬さわらだった。

 自己紹介で話さなかった理由に、風悪はようやく納得する。


「……そう、なんだ。なんか……夢で会った気がする」


 一ノ瀬の手が一瞬止まる。

 風が強く吹いた。

 偶然じゃない。彼女の瞳がわずかに揺れた。


 まるで、“何か”を思い出したかのように。


「風悪君、ちょっといいですか?」


 長い黒髪を揺らして黒八が近づいてくる。


「何?」

「先生から聞きました。引っ越してきたばかりで、この辺のこと、分からないとか」

「ああ……そう、らしい」

「そうらしいって?」


 ぐいっと詰め寄る黒八。

 その真っ直ぐな瞳に、風悪は少したじろぐ。


「オレ、ここに来るまでの記憶もなくて」

「な、なんと……!」


 黒八が目を丸くした。

 彼女は“お人好し”という言葉を絵に描いたような少女だ。


「なんでも聞いてくださいね!」

「は、はあ……」


 完全に押される風悪。

 その様子を、一ノ瀬は静かに見守っていた。



 午後。風がざわめく。


 教室の空気が変わる。

 誰もが肌で“何か”を感じ取っていた。


「風が……」


 黒八の呟きと同時に、風悪の胸が痛む。


「……嫌な感じだ」


 風の流れが逆転する。

 “魔”が、近い。


 狂ったような笑い声が、廊下から響いた。

 黒い靄を纏った男子生徒が、壁を殴りつけている。

 その瞳は闇に染まり、理性は欠片もない。


 宮中がどこからともなく銃型の装置を取り出し、構えた。


「全員、下がれ!」


 閃光が走る。

 だが、暴走した生徒は弾丸を受けても倒れず、逆に宮中を吹き飛ばした。


「先生っ!」


 黒八の悲鳴。

 風悪は反射的に前へ出た。


「離れてろ!」


 風が渦を巻き、ガラスが砕ける。

 刃のような風が生徒の腕を弾いたが、力が暴走する。


「ダメだ……制御できない!」


 一ノ瀬が震える。

 その瞳に、恐怖よりも怒りが宿る。


『また、“魔”……?』


 彼女が立ち上がろうとした瞬間、五戸が笑った。


「ちょっと面白くなりそうじゃん。見てようよ?」


 一ノ瀬は一瞬だけ睨みつけたが、すぐに視線を戻した。


「風悪君!」


 黒八の声に応えるように、風悪は風を放つ。


『風悪。あなたは守るために、外から呼ばれた』


 耳の奥で、あの声が響いた。


「……風よ、応えろ!」


 爆風が教室を包む。

 だが、それは破壊ではない。

 ――優しさを帯びた風。


 黒い靄が剥がれ落ち、暴走した生徒はその場に崩れ落ちた。


 風が止む。

 光が差し込む。

 春の匂いが戻ってきた。



 保健室


 包帯を巻かれながら、風悪は窓の外を見ていた。


「オレは……妖精とは、なんだろ」


 風が頬を撫でる。

 まるで答えるように、優しく吹き抜けた。



 屋上


 夕暮れの中、黒髪の少女が街を見下ろしていた。

 四月レン。

 治安維持組織「ⅩⅢ(サーティーン)」の一員。


「……少し、教えてやろうか」


 紅に染まる空が、揺らめいた。



 放課後の教室


 誰もいない教室で、六澄わかしが静かに笑っていた。

 闇を宿した瞳が、何かを見据える。


「……いいものが来た」


「わっかし〜! 行くよ〜!」


 五戸の声に、六澄はゆっくり立ち上がる。

 動き出す者たち。

 静かに始まる運命の螺旋。



 夕暮れの帰り道


 風悪はひとり、空に手を伸ばした。

 薄紅の空が、どこまでも広がっている。


「オレは……“魔”を滅ぼすために、呼ばれたのか?」


「風悪君?」


 黒八が隣で首を傾げる。

 彼女の声も、風に溶けていった。


『――守って。“人”を』


 夢で聞いたあの声。

 風悪の赤い瞳に、静かな決意が宿る。


「……分からなくても、守るよ。オレは」


 風が吹き抜け、校庭の桜が舞う。

 その影の下で、黒い靄がゆっくりと形を取り始めた。


 世界を蝕む“魔”の始まり。

 ——その日、風が吹いた。

 そして、“魔”が目を覚ました。


 物語は、ここから始まる。


漫画版から再編成しています。

完結を目指して頑張ります。

※第三章まで毎日更新、以降週二(火曜、金曜)更新予定。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ