第三章 帝都に降る火
最初の衝撃は、帝都の外れに落ちた流星だった。
轟音が大地を裂き、赤い火柱が夜空を突き抜ける。やがて次の流星が矢のように走り、屋根を砕いて炎を撒き散らした。
「火事だ! 水を持て!」
「逃げろ、塔が崩れる!」
街は悲鳴と鈴の音で埋め尽くされる。赤鈴の見習いは泣きながら人を誘導し、青鈴が必死に夢占いで逃げ道を探す。銀鈴や銅鈴も必死に呪式を組み直すが、もはや流れは止められなかった。
鶺鴒は高台から炎を見下ろした。
「……未来は変えられるはずだ」
杖を振り、風の流れをねじ曲げる。結界で火を押さえ込むが、次の流星が屋根を突き破り、すぐに無に帰す。
弟子たちが叫ぶ。「師匠、広がりすぎています!」
「やるしかない!」鶺鴒は歯を食いしばる。「変わるまで、やり続ける!」
宮殿の庭で、紫苑は弟子たちに囲まれていた。
「市街で多数の死者が!」
「避難所は人で溢れ、入りきりません!」
次々に届く報告に、彼女はただ冷たく言い放った。
「……それが星の定めだ」
弟子たちは言葉を失い、重苦しい沈黙が流れる。
紫苑自身も心の奥でわずかな揺らぎを覚えていた。だが、唇は固く結ばれている。
「私の務めは理を守ること。抗えば、大いなる破滅を呼ぶ」
そう自分に言い聞かせる。
けれど——。
遠くで、幼子の泣き声が風に乗った。
「……お母さん、いやだ、助けて——」
その声に紫苑の胸が突き刺される。
かつて鶺鴒が幼い頃、恐怖に泣き縋った姿が脳裏に浮かんだ。あの小さな手を握り、導いてきたのは誰だったか。
「……私は、星の読み手である前に、母だったはずだ」
紫苑は深く息を吐いた。
理を守る自分と、母としての自分。その二つが胸の内で激しくぶつかる。
「理に従えば、私は娘をも見捨てることになる。……それで本当に、未来を守ったと言えるのか?」
その時、宮殿の窓から見えた。
鶺鴒が火の中で必死に人々を救っていた。
幼い体に似合わぬ力で結界を張り、弟子たちに指示を飛ばす姿。
その姿に、紫苑の目からわずかに涙が零れた。
「……愚かな子。けれど、誇らしい」
紫苑は立ち上がった。
「行くぞ」
弟子たちが驚く。「師匠……理に背くおつもりですか?」
「理に背くのではない。理を超えるのだ。——人を救うために」
炎に包まれた街へ、紫苑が現れた。
宝珠を掲げると、星々の光が結界を形づくり、崩れかけた建物を支えた。
「母さん……!」鶺鴒が振り返る。
紫苑は娘を真っ直ぐに見つめ、初めて言った。
「未来は変えられるかもしれない。だが変えたならば、その責任を背負え」
母と娘の鈴が同時に鳴る。
七色の和音が夜空に響き渡り、炎の勢いを押し返す。
夜明け。
流星群は去り、街のあちこちから煙が上がっていた。犠牲は出た。だが、帝都は滅びなかった。
紫苑は瓦礫の上に立ち、鶺鴒に告げた。
「私は星を読む者として、理に従ってきた。だが今は、母として人を救った。……それが正しいかは分からない」
鶺鴒は微笑んだ。
「正しいかどうかは、これから決めるんです。私たちが」
二人の鈴が朝日を浴びて鳴った。その音は、帝都に「二重の虹が並び立つ時代」の幕開けを告げていた。




