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夏物語  作者: kino
4/6

笑って読めるホラー

苔の生えた石の階段を登っていると、どこからかひぐらしの鳴き声が聞こえて来る。

俺は時計を確認する、ちょうど18時を回ったところだった。確かこのぐらいの時間を昔の人はあの世とこの世が繋がる時間、逢魔時と言っていたとか。

俺は当たりを見回す、左右に生えているスギの幹の後ろから今にも何かが出て来そうな気がする。俺はそんな雑念を振り払って、ここに来ることになった原因のメールを思い返す。

そのメールは今日の朝、例の探偵ごっこの問い合わせ先に登録されている俺のメールアドレスに届いていたものだ。

内容は最近身の回りで奇妙なことが起こっている、それはある日記を拾ってきてから始まった。ついてはその日記を調べて奇妙な現象の正体を突き止めて欲しいとのことだった。


考え事をしている間に俺は神社の入り口である鳥居に到着していた。田舎の、それも山の上に立っている神社だから仕方がない無いのかもしれないが、敷地内には参拝客はおろか、宮司や巫女さんすら居なかった。だが本殿の前をよく見ると賽銭箱の横に人影がある。


俺「遅れてすみません」


賽銭箱の横に座っているやつれた顔の女性に話しかける


女性「…」


女性は何も言わずにうつろな目で俺をじっと見ている


俺「連絡をくれた蛭沼さんですよね」


俺は彼女の真っ黒な目の目線に耐え切れず、返事を待たずに会話する


女性「˝あ˝あ˝あ」


彼女は細い外見からは想像できない低い声を上げた。そしてその間も彼女はずっと目線を反らさず俺の方を見ている。

俺は不気味な感覚を感じたがそれを押し殺して、質問する。


俺「メールで言っていた〝日記〟っていうのはどこですか?」


女性「…」


俺が質問している間も瞬きせずに俺の方を見ている。

俺は気まずくなったので彼女から視線をそらしてあたりを見回す。そこで俺は賽銭箱の後ろのふすまが少し開いていることに気が付く。

俺はふすまの前まで行き、ゆっくりと中を覗き込む。中は埃っぽくはあるが整頓されている、だがそんな中唯一、一冊の本が床の中心に雑に置かれていた。状況から考えて彼女が投げ入れたんだろう。

あれを取ってこないことには何も話が進まない、俺は意を決して一歩踏み込む。


女性「―――」


背後からすすり笑う声が聞こえた。俺はぎょっとして背後を振り返り、それを後悔した。

蛭沼さんは賽銭箱から移動せずに顔をほぼ180度回転させてこちらを見ていた。もはやそれはヒトには見えない。

俺は怖くなって、今すぐ逃げ出したいと思ったが、それよりもそこに居る何かを怒らせてしまうことが恐ろしいと考え直し、踏みとどまった。

あの日記を少し読んで、何も分からないと言って立ち去ろう。

俺は背中に感じる悪寒を何とか我慢して日記を拾い、賽銭箱まで戻った。

蛭沼さんは正面に向き直っていた。俺は彼女と目を合わせるのが怖くて、斜め後ろに立った状態でわざとらしく日記のページをめくった。

日記の内容は最初はとある男性の何気ない生活の愚痴などであったが、後半に行くにつれて何かにおびえているようなことが多く書かれるようになってきた。

そして最後から3ページほどのページをめくると、そこには赤い液体で文字が書いてあった。


    〝さいごまでみるな〟


俺はそれを読んだ瞬間背筋が凍る思いというのを本当の意味で理解した気がした。

俺はそっと日記を閉じると動揺を悟られないように、慎重に賽銭箱の上に日記を置いた。


俺「すみませんけど、俺は力になれそうにありません」


彼女は正面を向いたまま返事をしない


俺「それじゃ」


俺は逃げるように寺の入り口まで歩く。そして鳥居をくぐったところで、どうしても気になって彼女の方を少しだけ振り向いた。そしてまた後悔した。

彼女は笑っていた、張り付けたような笑みを浮かべて。そしてその目はまっすぐに俺の方を見ていた。

今度は走った、なるべくここから遠くに離れたいと思った。

無我夢中で走って、気が付くと俺は辺りに田んぼしかない場所に居た。日は沈みかけている。


    プップッ


どうしようか途方に暮れていると、後ろからクラクションの音が聞こえた。


運転手「兄ちゃん迷子け」


俺「…はい」


運転手「駅まで乗ってくか?」


俺「いいんですか?」


運転手「世の中助け合いじゃけ」


俺「ありがとうございます」


俺は彼の言葉に甘えて助手席に座った


俺「お願いします」


運転手「おう、嬢ちゃんも早く乗り」


俺「えっ…」


運転手の視線を追うと、そこにはボサボサの髪を腰まで伸ばした女が立っていた


運転手「ほれ、遠慮すな」


俺「出してください!」


運転手「嬢ちゃんがまだ…」


俺「いいから早く!」


運転手「お、おう」


運転手は不満そうに車を発進させた


俺「はぁ」


運転手「連れじゃなかったんか?」


俺「お化けってって言ったら信じてくれますか?」


運転手「そうか、あれは幽霊だったか」


俺「信じてくれるんですか?」


運転手「兄ちゃんは若いから知らんだろうが、わしぐらいの年になると、そういうのを見ることも人生で何回かはあるもんだ」


俺「どうやって生き延びたんですか?お札とか呪文とか使うんですか?」


運転手「使うときも使わん時もあったなぁ、まぁ大事なんは気持ちだな」


俺「気持ちで何とかなりますか?」


運転手「死中に活を求めよ。わしの座右の銘だ、兄ちゃんにはないんか?」


俺「温故知新。剣道の先生からもらいました」


運転手「ならそれを信じてみるんだな」


俺「は…い…。う、うしろ」


運転手「なんじゃあれ」


車のサイドミラーに人影が写っている。だが普通の人ではなく、2メートルはありそうな腕を4本生やしている化け物だ。その化け物がクモのような動きでこちらに近づいてきている。


俺「おじさんもっとスピード上げて!」


運転手「なんなんだあれはぁ」


俺「さっき話した幽霊ですよ」


運転手「幽霊…」


俺「どうすればいいですか⁉ああいうのから生き延びてきたんですよね!」


運転手「そんなん嘘に決まっとるだろ」


俺「はい⁉」


運転手「カッコつけて言ってみただけじゃ!」


俺「こ…このじじい!」


俺は目の前の嘘つきじじいに対して怒りがわいた。それによって恐怖心が少し和らいだ。


運転手「ちなみに座右の銘は逃げるが勝ちじゃ」


俺「クソじじい!」


老いぼれと問答している間にも化け物はどんどん近づいてくる


俺「これだ」


俺は足元にある工具箱を持つ


老害「それはわしの…」


俺はくたばりぞこないの言葉を遮って、化け物に向かって工具箱を投げつける


俺「あたったか?」


老いぼれ「あの工具箱はわしの嫁の…」


老人は神妙な顔をしている。


俺「…ごめん」


耄碌爺「嫁のキュティちゃんフィギアが入っとったのに」


俺は口をぽかんと開けて固まった、老人に対しての感情はもはや呆れを通り越した。


俺「…あんたすげぇよ」


爺さん「もう追ってきてないみたいじゃ」


俺もサイドミラーで後ろを確認するが化け物は見えなくなっていた


俺「た、助かったぁ」


俺は安心しきって、胸を撫でおろした


爺さん「ああ、じゃがやつは今どこに居るんじゃ」


俺・爺さん「!」


俺は苦虫を噛み潰したような顔をした。見てはいないが、おそらく爺さんもそんな顔をしているだろう。


俺「ホラー映画の中の人の気持ちが分かった気がする」


爺さん「フラグという奴じゃな」


俺「振り向いた方がいいかな?」


爺さん「ここで振り向かない映画をわしは見たことがない」


俺「だよなぁ、よし!…せーの」


俺の掛け声を合図に2人で荷台を振り返る。


……そこには何も居なかった。

俺と爺さんは顔を見合わせてお互い「なるほどね」という顔をした。そして覚悟を決めて正面に向き直る。そこにはブリッジの状態で俺たちを見下ろしている化け物がいた。


俺・爺さん『スーー。うわわぁぁぁぁぁぁ!』


俺「ぁぁぁあ!爺さん!対向車線のトラックと謎に倒れてくる巨木に注意して!」


爺さん「ガードレールの無い急カーブもじゃな。しかしおかしいな、ここは田んぼ道じゃ、そんなもんどこにもないぞぉ」


辺りを見回す


俺「爺さん、もう大丈夫みたいだ」


化け物は居なくなっていた


爺さん「腕が4本あったぞ!4本!それに70キロで走る車に追いついてきおったわ」


俺「あれは確実にこの世のものじゃ無いよな」


爺さん「チャンネルはそのままじゃ!…これをやっておけば時間を稼げるだろう。これから兄ちゃんはどうするんじゃ?間違いなく狙われてるんは兄ちゃんじゃ」


俺「…助っ人を呼びます」


爺さん「助っ人?」


俺「この場には何かが足りないと思いませんか」


爺さん「ああ、わしの嫁のキュティちゃ…」


俺「そうです映画の主役で、リアクション担当で、事件を解決する美少女です」


俺は電話をかける。コールの音が3回ほどなった後相手が出た。


電話相手「もしもし?」


俺「ああ、千愛?今大丈夫?」


千愛「ごめんね、今バイト中なの、依頼のことでしょ?悪いけど他の子に手伝って貰って!はーい今行きまーす!ガンバってね!それじゃ」


俺「ちょt」


    プープープー


俺「まじかよ」


俺を見て何が起こったのかを悟ったのかジジイがニヤニヤしながらこっちを見ている。


俺「はっ、ははっオーケーオーケー」


千愛以外にも友達は居るんだ。見てろよ


俺「もしもし咲馬?今って暇?」  咲馬「部活中っス」


俺「おお勇、ちょっと手伝って欲しいんだけど」  勇「今から塾だボケ」


俺「ごめんね李化ちゃん…」  李化「どうしたのー?」  俺「ごめんなんでもない」


?「もしもし私メリーさ…」  トゥルン


だめだ、誰も来てくれない…。動揺して小学生に頼ろうとしてしまった。というか、知らない人にも繋がったような…まぁ気のせいか。


爺さん「随分な人望じゃないか」


俺「うるさいな」


    プルルルル


俺のスマホが鳴る。


俺「ふっ」


俺は爺さんに勝ち誇った顔をして着信に出る


電話の主「どこに行けば良いの?」


俺「げっ」


よりにもよって最悪な人物に情報が行ってしまったらしい。


電話の主「何」


電話の主は苛立ったようにそう言った。

こういうところが怖いから彼女には声を掛けなかったのに。


俺「い、いや?なんでもないよ、どうしたの?入王」


入王「バカから話は聞いた」


あの敬語が下手な聖人が、余計なことしやがって。


俺「(れい)鹿()駅まで来てもらえると助か…」


    ブーブーブー


俺の話を最後まで聞いてくれる奴は居ないのか 


その後俺と爺さんは15分ほど掛けて駅に向かった。入王が着いたのはそのさらに15分後だった。


入王「で?」


出会って早々それかよ、と思ったが彼女はそういうやつだ。


?「お待たせしてすみません」


入王の後ろから見慣れた人物が出てきた


俺「来てくれたんだ、赤妻さん」


赤妻「だめでしたか?」


俺「いや、めっちゃ嬉しい」


赤妻「そ、そうですか\\」


なんだこの生物、めっちゃかわいい


爺さん「悪いが嬢ちゃん、ここは恋愛ゲームじゃなくて、ホラーゲームの中なんだ」


赤妻「一枝さん、この人は?」


俺「化け物から逃げるのを手伝ってくれた爺さんだ」


爺さん「はっはっはっ大したものではありませんよ」


俺「本当に大した人じゃない、ただのオタクだ」


爺さん「なにおう!わしが車に乗せてやらんかったら田んぼの真ん中で死んどったくせして」


俺「それはホントにありがとう!」


入王「その化け物の話を詳しく聞かせて」


俺「ああ、咲馬からはどこまで聞いた?」


赤妻「一枝さんが依頼先で困ってるってことだけです」


俺は神社での出来事から順番に先ほどまでの出来事を説明した。


赤妻「4本腕の化け物、想像するだけで恐ろしいです」


入王「…」


俺「?大丈夫か入王」


入王「何か?」


彼女の鋭い目が一瞬揺らいだ気がした


俺「いや、何も」


赤妻「これからどうするんですか?」


俺「正直こういう系の解決法は化け物の数だけあるからなんとも言えないな」


赤妻「怪しいのはやっぱり日記じゃないですか?それを燃やせば化け物も消えるんじゃ」


俺「確かになぁ、でもなんか見落としてる気がするんだよな」


爺さん「わしは嬢ちゃんの意見に賛成じゃ、最後の方にあった血で書かれた被害者の遺言のことを考えてみぃ。最後まで読むなということは最後まで読んだら完全に呪われてしまうということじゃろ。なら逆説的に日記が呪いの発生源と考えるのが妥当じゃろ」


俺「確かに、なんか俺もそんな気がしてきた」


爺さん「決まりじゃな、その日記を奪って燃やすんじゃ」


俺「仕切ってんじゃねえよジジイ」


よし、日記を燃やそう!


赤妻「一枝さん心の声とセリフが逆です」


俺「なんでバレた」


赤妻「なんかそんな気がして」


来る途中に宇宙人の血でも飲んだのかな


爺さん「ほれ、決まったなら行くぞぉ」


俺「随分積極的だな爺さん、逃げるが勝ちがモットーじゃ無かったのか?」


爺さん「わしだって逃げられるなら逃げたいわい、だが今回は化け物を倒さんかぎり終わりそうにないからな。わし、これが解決したらキュティちゃんと結婚するんじゃ」


俺「そうか、そんなに死にたいか」


爺さん「冗談じゃ、死にとうない!兄ちゃんなんか言って上書きしてくれ」


俺「いやだよ!俺だって死にたくない!」


爺さん「この人でなしが!」


俺「…俺、今までの人生で爺さん以上のやつに出会ったことないよ」


爺さん「そうだろう、なかなか見所がある」


赤妻「行きますか?」


爺さん「おぉ、待たせたな嬢ちゃん。さぁ乗りなぁ!」


俺「入王?」


俺はポツンと立っている入王に話しかける。入王はビクッと驚いたように見えたが、おそらく俺の勘違いだろう。


入王「…わかってるわ」


爺さん「1人が助手席で残りが荷台じゃ」


入王「私、助手席に行くわ」


爺さん「ほう、1番危険なところを選ぶとはやるな嬢ちゃん」


入王「そ、そうだわ。神社に行くには田んぼ道を通るそうね、この時期は羽虫がたくさん飛んでいるわ、そんなところを荷台で行くのは嫌でしょう、ね?赤妻さん」


赤妻「いえ、私田舎育ちな…」


入王「遠慮しないでください、私先輩を差し置いて自分だけ助手席に乗るなんてできません」


赤妻「…それじゃあ」


俺は入王がこんなに長く喋っているのを初めて見た気がする。そんなに赤妻を尊敬していたなんて、ちょっとで良いから俺にその気持ちを分けてくれよ。

そんなことを考えながら俺は入王と一緒に荷台に乗り込む。

俺は入王が座ったのを確認して運転席の壁を2回バンバンと叩く


爺さん「出発じゃ」


爺さんがエンジンを掛ける。だが、キュルルルとセルが回る音が鳴るばかりでなかなかエンジンがかからない。


俺「これはよくないぞ」


無人駅の明かりが少しずつ消えていく。


入王「よくないとは?」


駅の明かりがついに1つだけとなった、その一つがチカッチカッと一定のリズムで点滅している。


俺「入王、あそこだ」


心の準備をさせるために入王に指を差して教えてあげる。まぁ、彼女が怖がる姿なんて想像できないから余計な気遣いかもしれない。


電球の暗転が今までで1番長く続く、暗闇の奥に何かが見える、俺は目を凝らす。

その時、電球が点灯した。そこには例の化け物が4本の腕を広げた状態で立っていた。まるでクモの巣のようだ。


俺「うわぁぁ


?『˝うわぎゃーーーーーーーーー』


俺の悲鳴を誰かの絶叫がかき消した。俺は絶叫の主を見る。…入王だった。


俺「入王さん?」


入王「早く!早く出しなさい!」


入王は運転席の壁を無我夢中でたたく

化け物はゆっくりと近づいてくる。


俺「落ち着いて、こういうのはもうちょっと近づいてからじゃないと、エンジンが掛からないんだ」


入王「出して―!早く出してぇぇ!」


俺の言葉を無視してなおも壁をたたきまくる入王

化け物の進むペースが速くなる


入王「出してよぉ…」


俺はこんな状況なのに、どうしても口角が上がるのを我慢できない


化け物はついに車から5メートルほどまで近づいてきた。こうなると俺も正直怖い。


    ブロロォォン


車のエンジンがかかり、マフラーから黒い排ガスが出る。


爺さん「つかまっとれ!」


車が勢いよく発進する。化け物からどんどん遠ざかっていく。


俺「…」


入王「助かった?」


俺「あちゃぁ」


引き離したと思った化け物が、ものすごい勢いで近づいてくる。


入王「そんな…何かぶつけるもの」


入王は荷台を見渡し、一番近くにあった工具箱を手に取った。


俺「待って待って、ホラー映画のお約束、一度使った武器は二度目は通じない」


入王「何言ってるの、これをぶつけて足止めしないと」


俺「そこの紐引っ張って」


入王「そんなことしたって」


俺「いいから」


入王は困惑しながら紐を引っ張る、俺も自分の近くにある紐を引っ張る。すると、雨除けのブルーシートが広がりながら後ろに飛ばされていった。そして、俺はすかさず工具箱を投げる。ブルーシートで視界が遮られていた化け物は工具箱をもろに喰らい倒れた。


俺「なんとかうまくいった」


入王「倒した…?」


入王は復活の呪文を唱えた


俺「ねぇわざとやってるの?」


入王「はぁ」


入王はその場にへたり込んでしまった。

まぁいい、どっちみち日記を燃やさないことには何も解決しない。


俺「爺さんあとどのくらい?」


爺さん「あと10分で着く、心の準備をしとけぇ」


俺「赤妻さん大丈夫?怖くない?」


赤妻「正直、今すぐ逃げ出したいぐらい怖いです」


俺「大丈夫赤妻さんは死なないよ」


赤妻「何で分かるんですか?」


俺「ホラー映画のお約束、美少女は最後まで生き延びる。どう?安心した?」


赤妻「はい、ちょっと怖くなくなりました」


俺「あっ自分の事美少女だって認めたね」


赤妻「違います!今のは言葉のあやというかなんと言うか」


俺「大丈夫、赤妻さんはちゃんと美少女だよ。あと本人には言わないけど入王もね」


赤妻「…」


俺「爺さんあんたも大丈夫だ。オタクは死なない」


爺さん「それは嬉しいなぁ。じゃがそれだと兄ちゃんは…」


俺「分かってる」


ホラー映画のお約束、オカルトに詳しいやつは死ぬ。化け物の行動はすべてお約束通りになっている、だからこそ歯が浮くようなセリフを吐いてまでみんなの役割を確定させた。

だがそれでもホラー映画の大前提、誰かが死ぬ。はこの4人のうちの誰かが引き受けなければならない。つまりこの法則を覆せるかどうかが俺の生死を分ける。


爺さん「着いたど」


俺たちは車から降りる、そしてそれぞれ武器になりそうなものを探す


爺さん「ほれ」


爺さんはガソリンの携行缶とマッチとバールを渡してきた


爺さん「日記を燃やすのに使えぇ」


俺「ありがとう、バールは赤妻に渡して」


爺さん「兄ちゃんの武器は」


俺は指輪に意識を集中する。少しすると指輪をはめている手に重い感触が加わる。見てみると有刺鉄線を巻いた金属バットを握っていた。


爺さん「最近は便利なもんがあるんじゃなぁ」


俺「まぁね。みんな武器は持った?」


入王「ええ」


入王はハンマー、赤妻はバール、爺さんは大きなレンチを持っている


俺「よし、行こう」


俺たちは石階段を上る、ジージーという夏虫の声が四方から聞こえてくる。だが、上に上るごとにその音もだんだんと静かになっていく。鳥居に着くころには全く聞こえなくなり、辺りは静けさに包まれた。


俺「あれだ」


俺は賽銭箱を指さす。そこには例の日記が置かれている、蛭沼さんはどこかに行ったようだ、いや蛭沼さんが化け物そのものだったのかもしれない。


赤妻「屋根の上」


俺は視線を屋根のほうに向ける、そこには例の化け物がブリッジの姿勢で待ち構えていた。


俺「あいつ、あのポーズ好きだな」


爺さん「兄ちゃん。わしらが化け物の注意を引き付けてる間にそのガソリンで日記を燃やすんじゃ」


俺「分かった。2人もそれで大丈夫?」


2人がうなずいたのを確認して俺は1人で林の方に入っていく


爺さん「離れすぎるなよ」


俺「うん。絶対のお約束、単独行動した奴は死ぬ。分かってる」


俺は林の奥に進む、程よいところまで進み鳥居の3人に合図を送る


爺さん「おい!化け物――!お前が遅いんで、こっちから来てやったぞ!」


化け物は爺さんに釣られて屋根から降りて鳥居の方に向かった。

いい具合に俺は死角に入ることができた、ゆっくりと音を立てないように賽銭箱に近づく。

3人は各々の武器でけん制しながら化け物と一定の間隔を取っている。

急がないと!俺は少しペースを上げる。

後少し…!

怪物は依然3人に夢中になっている。俺はさらにペースを上げる

…………着いた!

俺は音を立てないように慎重に携行缶のキャップを外す。そしてガソリンを日記にかける。そしてマッチの火をつける。


入王「待って!」


マッチの火を日記に移そうとした瞬間入王が叫んだ。

何やってるんだ!作戦が台無しだ。


入王「こいつはクモよ!だから…」


入王が最後まで言い終わる前に化け物が入王を吹き飛ばした。

俺は化け物を見る、入王のせいでバレてしまったと思ったが、奇跡的にこちらには気が付いていないようだ。

やるなら今しかない!

俺はもう一度マッチを近づけた。だがそこで入王のさっきのセリフを思い出した。入王はクモだといった、そりゃどっからどう見てもそうだ。クモだと何がまずいんだ?

クモと言えば六本足で糸を出す虫だ、もしかして糸で罠を張っていると思ったのだろうか、だけど糸を出さないクモだっている、とりわけ有名なクモ妖怪の大蜘蛛は糸を出さないクモの代表格だ、なんだ?何を見落としてる?

そういえば化け物の対処法を考えているときに俺は何かを見落としている気がしていた。

何をだ?

クモ…そうだ、クモの特徴としてもう一つあった。目だ、クモは8つの目を持っていて死角がほとんどないと言われている。ならなんで俺はここまでたどりつけたんだ?

もしかして俺は日記を燃やすように誘導されていた?何のために?

もう一つの見落とし。あの血文字だ。俺たちはあれを被害者が残したダイイングメッセージだと思い込んでいた。だけどあれが化け物が書いたものだとしたら?そうだとしたら、その意味は全く別のものになる。

日記の最後に書かれているのは化け物を完全なのもにする文章じゃなくて、化け物を倒す方法か!

俺は手に持っていたマッチを床に捨てる。

化け物はすべて見えていたかのように、鳥居の2人を無視してこちらに標的を変えた。

俺は急いで日記の最後のページを開いた。


だがそのページはガソリンでインクが滲んでしまい読めなくなっていた。


俺「ごめん」


俺は眼前に迫る化け物の後ろの2人に向かってそう言った。

化け物は一本の腕で俺を払いのけた、その威力は凄まじく、俺は5メートルほど宙を舞う。


爺さん「だめじゃったか」


ごめん爺さん、おれがもっと早く、ガソリンをかける前に気が付いていれば…。でもみんなは大丈夫だ、皆のことはお約束の力が守ってくれる。


爺さん「仕方ないのぉ」


俺「爺さん?」


爺さん「そういえばわし、忘れ物をしていたんじゃ!」


俺「!やめろ、爺さん!」


爺さん「そうじゃ!忘れ物を取りに行かないかんのじゃ。こんなやつらと一緒に居られるか!」


俺「おい!やめろ!じじい!」


爺さん「わしは帰らせてもらう!」


俺「…そんな」


爺さん「聞こえとるか童貞野郎!お前のような女の味も知らん若造と一緒には居られん!一人で帰らせてもらう!」


そういって爺さんは階段の方へ走っていき、そのままみえなくなってしまった。

化け物は何かに誘われるように爺さんの後を追っていく。


俺「だめだ!戻ってこいジジイ!クソじじい!」


赤妻「一枝!大丈夫⁉」


赤妻が俺に駆け寄ってくる


俺「戻ってきてくれよ…爺さん…俺が悪いんだ…俺がもう少しだけ早く気が付けてれば…爺さんが死ぬ必要なんてどこにもないのに」


入王「皆で決めた作戦よ、全員に責任があるわ」


俺「…無事だったか…入王」


入王「さっきのを見ていてなんとなく理解したけど、なんで化け物は一枝をほったらかしてお爺さんの方に向かったの?順番的に一枝を殺してからお爺さんに行くのがセオリーでしょう?」


俺「爺さんが言ってただろ、童貞野郎って。ホラー映画のお約束、童貞と処女は死なない。爺さんは俺を生き残る役割にして、自分を死ぬ役割にしたんだ」


赤妻「でも、お爺さんにもオタクっていう役割があったでしょ?」


俺「誰か1人は絶対に死ぬんだ。多分、一番優先度のたかい人間をあの化け物は選んだんだ」


入王「その割には迷いなくお爺さんを追いかけて行った気がするけど」


俺「分からない。もしかしたら何かのきっかけで爺さんのオタクの役割が外れたのかもな」


    ブロロォォン


聞きなれたエンジン音が遠くから聞こえた


赤妻「お爺さんだ!戦ってる。まだ希望はあるよ!」


入王「お爺さんが死んでしまう前に私たちであの化け物を倒しましょう」


俺「だけどどうする、日記はインクが滲んで読めない」


入王「他の方法を探すのよ。何かない?今日の出来事でおかしな点」


赤妻「この依頼が始まってからずっと一枝さんは出来事の中心に居たでしょ」


俺「おかしな点…おかしな点…あっ!」


赤妻「なに⁉」


俺「そういえばまだ一つ疑問が残ってた。俺に依頼をしてきた蛭沼さんだ、俺は蛭沼さんがあの化け物そのものだと思ったんだけど、それだと少しおかしいんだ」


俺は蛭沼さんに会った時のことを思い出す


俺「俺が建物の中の日記を取ろうとしたとき、蛭沼さんはわざわざ顔をこっちに向けて、俺が拾いに行くか確認してたんだ。その時は怖くて何も考えてなかったけど、今になって考えるとクモの目があるなら振り返る必要なんてなかったんだ」


入王「つまり」


赤妻「化け物と蛭沼さんは別。じゃあ蛭沼さんを探せば」


俺「探す必要はない、場所は分かってる。日記を取るために本堂に入った時に中がきれいに整頓されてたんだ。この神社は見た感じ管理人とかも居ないのに」


蛭沼「流石だね、ごっこ遊びとはいえ探偵というだけのことはあるよ」


俺「蛭沼さん」


蛭沼「私の正体に気づかれたのは君たちで4回目だ


俺「どうしてこんなことを、そもそもどうやって」


蛭沼「君のその指輪面白いよね、好きなものに形を変えられるなんて。私もね、面白い力を持ってるんだ。書いた文章を現実にする力。でも書くだけじゃダメなんだ、現実に落とし込まないと。そうしないとあの土蜘蛛みたいに設定とかお約束とかに振り回されて思うように動かせないんだ。現実の人間にきちんと実在する化け物だって思い込んでもらわないと」


俺「そのために俺たちを?」


蛭沼「そうそう、定期的に君たちみたいな人を呼んで化け物を作る手伝いをしてもらってるんだ」


俺「そのたびに人を殺すのか」


蛭沼「流石にそこまではしないよ、悪夢にうなされるぐらい怖がってもらえれば落とし込みは十分だし」


俺「あの土蜘蛛は爺さんを殺しに行ったぞ」


蛭沼「あれは特別、普通じゃない君に当てられて現実味が強くなりすぎちゃった。あれは普通じゃないものが普通に存在する世界を覚えてしまった。もう私の手には負えない。…だからお願い、あれを殺して」


俺「そんな虫のいい話があるか」


蛭沼「そうだよね、だけど私じゃもうどうにもならない。君たちが来る前に他の化け物たちと協力して殺そうとしてみたんだけど、こんな感じ」


蛭沼は着ていた上着を脱ぐ、いたるところに傷があり、わき腹がえぐれていた。


俺「…」


蛭沼「このままあれが街に出たら、もっと多くの人に認識されてしまう。そうなったら誰にも止められない。そうなる前にどうかお願い」


俺はあの化け物が街の人たちを殺すところを想像する。とても悲惨な光景だ。


俺「爺さんはまだ無事か?」


蛭沼「うん、まだ土蜘蛛の現実味は強まってない」


俺「…分かった。だけど爺さんが死んだらお前にはその責任を取ってもらう」


蛭沼「分かってる、その覚悟はあるよ」


俺「どうすればいい」


蛭沼「土蜘蛛の弱点を教える。あの日記は私が書いたから弱点も知ってる」


俺「それならどうして負けたんだ」


蛭沼「土蜘蛛の弱点は膝丸っていう言葉なんだけど、強くなったせいで言葉だけじゃ止まらなかった。だから君には膝丸を作ってほしい」


俺「作る?」


蛭沼「膝丸っていうのは妖怪伝説の山蜘蛛っていう妖怪を倒した剣の名前なの。その剣を君の指輪で作ってほしい。それなら土蜘蛛も殺せるはず」


俺「分かった、やってみる」


赤妻「一枝さん…」


赤妻は鳥居の方を見て固まっている。


俺「なんで…」


そこには土蜘蛛がいた


俺「爺さんは無事だって言ったよな!」


蛭沼「そのはずだよ。私にも何が起こってるのか分からない。急いで膝丸を!」


俺「そんなすぐには作れない」


指輪の生成は分厚い本から特定の単語を見つけるようなものだ、簡単にできることじゃない


赤妻「私が時間を稼ぎます。蛭沼さん、化け物たちの血ってありますか?」


蛭沼「うん、これ。化け物たちの傷口に当てた布だよ。何に使うんだい?」


赤妻「貸してください」


赤妻は蛭沼から布を受け取り口に咥えた。

赤妻の額から角が生え、口が横に裂ける。ほかにもいろいろな部分が変化していく。


俺「大丈夫か?」


赤妻「多分。でもなるべく急いでね」


俺「分かった、すぐ行く」


入王「私も援護します」


入王は片手を土蜘蛛の方に突き出す。すると、土蜘蛛の腕の一本がだらんと脱力した。

そしてもう片方の手を赤妻に向ける


入王「土蜘蛛から奪った分を赤妻先輩に乗せました」


赤妻「ありがとう。行ってくる」


蛭沼「君たち3人とも普通じゃなかったんだね」


赤妻と土蜘蛛の戦闘が始まった。

赤妻がかなり押されている、ほとんど防戦一方だ。


俺「集中するから話しかけないで」


俺はそういって意識を指輪に集中させる。

あの世界の光景がいくつもフラッシュバックしていく、だが膝丸は見つからない。

俺は呼吸を止めてさらに集中する…だめだ!見つからない!


俺「何秒たった⁈」


入王「もう2分近く経った、早くして」


俺「間に合わない」


入王「間に合わせて!」


俺「蛭沼さん、ケータイ貸して!」


自分のスマホは爺さんの車に置いてきたので蛭沼さんにケータイを借りる


蛭沼「はい、これ」


蛭沼さんは白いガラケーを渡してきた


俺「なんだこれ。発信はどこでするんだ?」


蛭沼「ここだよ」


蛭沼さんは横から身を乗り出して発信画面を開いてくれた


    プルル


千愛「もしもし、どちら…」


俺「俺だ!」


千愛「一枝?」


俺「姫野!居るか⁉」


千愛「そりゃ私のケータイだから…」


俺「姫野!出てくれ!」


千愛「だから!私の…もしもし?何かあったの⁈」


俺「よかった。姫野!膝丸って剣分かるか?」


姫野「源氏物語の?」


俺「そう!たぶんそれ!それってあっちだと何処にあった?」


姫野「頼光博物館ってとこだよ、家族で行ったことが…」


俺「ありがと!また会お!」


俺は電話を切って再び集中する。今度は頼光記念館に範囲を絞る…あった!

右手が重くなる。


俺「できた。これで間違いないな?」


蛭沼「うん。それは正真正銘、膝丸だよ」


俺は土蜘蛛に向かって走る。土蜘蛛は赤妻をふちに追い詰めているところだ、ぎりぎり間に合った。

俺は思いっきりジャンプする。土蜘蛛が俺を避けようと動くが、赤妻が腕を引っ張ってそれを抑え込む。そして俺は土蜘蛛の胴体に膝丸を突き刺した。


土蜘蛛は甲高い叫び声を上げて力尽きた。


俺「ごめん時間かかった」


赤妻「いえ、ナイスタイミングです」


?「おおぉ、倒したんかぁ」


俺は振り返る


俺「爺さん!」


爺さん「兄ちゃん、さっきぶりだなぁ」


俺「どこ行ってたんだよ。心配したんだからな、クソじじい!」


俺は爺さんに抱き着いた


爺さん「すまんなぁ、ちょっと嫁さんとこ行っとった」


俺「死んだと思ったんだからな!」


爺さん「あの後なあ」



                 *



わし「一人で帰らせてもらう!」


階段を走って駆け降りる。こんなことするのは学生以来だ。


兄ちゃん「戻ってこい!クソじじい!」


すまんなぁ兄ちゃん、わしは忘れ物を取りに行かなきゃならんのよ。

後ろ髪をひかれる思いをしながらもわしは階段を駆け下りる。愛車が見えてきた。背後からはものすごい速度で化け物が近づいてくるのを感じる。

それでも走り続け、何とか車にたどり着く。

キーを指して回すが、なかなかエンジンがかからない。


わし「さっきまでなら兄ちゃんが騒いどったから恐ろしなかったが一人だとさすがにこわいのぉ、紙おむつを履いてきて正解だわい」


化け物がどんどん迫ってくる。

わし「死に役じゃぁエンジンもかからんのか」


化け物は目前まで迫っている


わし「こんな最後も悪ぅないかもなぁ嫁さん」


    プロロォォン


さっきのわしの言葉を否定するようにエンジンが掛かる。

わしはギアを3に入れて車を出す。

目前まで迫っていた化け物を少しずつ離していく。


わし「どこじゃ、どこじゃ」


わしは忘れ物を探す。


わし「ここらのはずなんじゃがなぁ」


その時地面できらっと何かが光った


わし「あったあった」


わしは車を降りてそれを拾う。

それは木野一枝が最初に投げた道具箱だった。


わし「嫁さんを粗末に扱いおって。最後の時は嫁さんとって決めてるんじゃ」


化け物が近づいてくる。だが、そんなことお構いなしに、丁寧に道具箱を開ける。


そこには若いころのわしと女房が映った写真が入っていた。


わし「ずいぶん待たせたなぁばぁさん。わしもこれからそっちにいくけぇ、また2人でくらせるなぁ。今度はもう離れたりせん、ずーっと一緒じゃ」


いつの間にか真横まで来ていた化け物が腕を振り上げる。

わしはぐっと写真を握りしめる。

化け物が腕を振り下ろす。


だがその腕がわしの手前でぴたりと止まる。


わしは不思議に思い、化け物の方を見ると、化け物とわしの間に誰かの手が差し出されていた。わしはその手のしわを見ただけでそれが誰なのか分かった。


わし「ばあさん」


ばあさん「なんですかぁ?あなた」


わし「わしは…夢を見とるんか?」


ばあさん「あなたぁ?昼寝は田んぼで済ませたでしょう?」


わし「なら、なんで化け物は攻撃してこんのじゃ。わしは一人で逃げたんじゃ、化け物はわしを殺すはずじゃ」


ばあさん「いやですねぇ、あなたは一人なんかじゃありませんよ。ずーっ私と一緒に居ました。私言いましたよ、健やかな時も、病める時も、老いる時も、逃げる時だって、私はあなたについていくと」


わし「…」


ばあさん「この人は一人じゃありません。ずっと私と二人です」


化け物は手を引いて、きた道を引き返していった。


わし「行ってしまった…まずいぞ、ばあさん!兄ちゃんの方に行ってしまうぞぉ」


ばあさん「あの子たちなら、大丈夫。あなたにも分かるでしょう?」


わし「そうじゃな、ばあさんの言う通りじゃ」


ばあさんの体がうすくなっていく


わし「いってしまうんか?」


ばあさん「見えなくなるだけですよ、私はいつまでもあなたのそばにいますよ…」


ばあさんの姿は消えてしまった


わし「そうじゃな、見えなくても感じるぞ、ばあさん…」


ばあさん「そういえば、生前から言ってますが、嫁って言葉の使いかた間違ってますから気を付けてください」


わし「ば、ばあさん…」



                *



爺さん「ってことがあったんじゃよ」


俺「ごめん、俺がミスったから」


爺さん「そのおかげじゃよ、わしは兄ちゃんに感謝しとるぞぉ。ところでその嬢ちゃんは誰だ?」


俺「ああ、あの化け物を作った張本人だよ」


爺さん「ほぉ、この嬢ちゃんが…どこかで見た顔だなぁ。あぁ!わしが子供んときにみた山守さまにそっくりじゃ」


蛭沼「それはおそらく先々代だね、私の一族は代々この山の山守をしているから」


俺「山守?」


蛭沼「娘を一人この山に定住させて守らせるんだ。それが山守、まぁ山守って呼ばれるようになったのは最近でその前は巫女って呼ばれてたよ」


爺さん「巫女か、ずいぶん大変な思いをしただろう」


俺「巫女ならそこらの神社にもいるけど?」


爺さん「この町で巫女ちゅうのは神様の怒りを鎮めたり、豊作を祈願するために選ばれる生贄のことを言うんじゃ」


俺「そうなのか…」


爺さん「つらいことは無いか?食い物は足りとるか?」


蛭沼「昔ほどひどくは無いよ、月に一回は食料を買うために山を下りられるし、ケータイだってあるしね。普通の人は持ってないんだろ?ケータイ。君なんか電話の仕方も知らなかったよね」


蛭沼さんは得意げに白いガラケーを見せびらかす。


俺「赤妻、入王、爺さん。俺正直、蛭沼さんを悪くは言えないと思うんだけど、やっぱり何かしら罰みたいのを与えなきゃいけないのかな?」


赤妻「蛭沼さん、あなたはなんで化け物を作るんですか?」


蛭沼「見ての通り、この神社は参拝客はおろか、地元の人だってめったに来ないんだ、だから話し相手が欲しくてね。最初は一体だけだったんだけど、皆で喋った方が楽しいってことに気づいてからは歯止めが利かなくなっちゃって」


入王「土蜘蛛以外に制御しきれなくなった化け物はいるの?」


蛭沼「居ないよ、本当に今回は特別なケースなんだ」


俺「2人は決まったみたいだな、爺さんは?今回の一番の被害者は間違いなく巻き込まれた爺さんだ」


爺さん「わしも山守さまを責める気にはなれんなぁ、先々代には命を救ってもらった恩もあるしのぉ」


俺「だそうなので、蛭沼さん、俺たちはあなたに対して特に責任を負わせる気はありません。だけど、個人的に、化け物を作るときは相手をしっかり確認してほしいです」


蛭沼「分かった、今後は化け物を作るのは控えるし、作るときは今まで以上に気を付けるよ」


俺「じゃあもうすっかり夜だし帰る?」


爺さん「そうじゃな。兄ちゃん泊ってくか?」


俺「今度ちゃんと泊り道具持ってくるよ」


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