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短編小説

この世界に生まれた理由をおしえてください

作者: 伽倶夜咲良

挿絵(By みてみん)


この空を泳ぐ

溶けてく時間(とき)の端っこで

おぼつかない足もと ぐらりと揺れる

見上げた先には直視できない燃える太陽

歪んだ世界

目を伏せても瞼の裏には

消えない残光

この空は誰のもの?

泳ぐ自由がボクにはないの?

この空を堕ちてく


溶けてく時間(とき)の端っこで

ままならない視界 ぐらりと揺れる

何かをもとめて手を伸ばす

何もかもがすり抜けて

ただそこにあるのはボクのやせっぽちな(こぶし)だけ

強く強く握りしめて

赤く赤く跡が残る手のひらを

開くこともできなくて

何もない からっぽなのに

それでも何かがこぼれそうで

掴む自由がボクにはないの?

この世界に生まれた理由をおしえてください


幾千年 幾億年 幾星霜を数えても

溶けてく時間(とき)の端っこで

ふらつきながら 当てもなく 見えない先を見続けるだけ

(すが)って掴まるものもなく 泥濘に沈み  浮かぶことさえ叶わない

ボクが見つめるその先は 信じることができないの?

この世界に生まれた理由をおしえてください





「この世界に生まれた理由(わけ)をおしえてください」

誰かが描いた(うた)を声にもならないような小さな声で口ずさんだ。


なんとなく家に帰る気がしなくて、みんな帰ってしまった教室に一人残って窓際の席に座ってぼんやりと外を眺めていた。

自分の席ではなかったけれど、校庭と空が見える席に座ってみたかった。

中学に入ってから何度か席替えはあったけれど窓際の席に当たったことはなかった。

学園もののアニメで主人公が座っている定番の窓際の席、あこがれというほどのものではないけれど一度座ってみたかった。みんなが帰ったこの時間ならこっそり座ってみても問題はないだろう?そう思いながら、ちょっとドキドキしながら座ってみたらいつの間にかかなりの時間が経っていたようだ。

窓の外は夕暮れよりも少し濃い闇が落ちた風景になっていた。


「おい。こんな時間まで何してるんだ!?」

教室のドアがガラガラッと音を立てて急に開いた。見回りの先生に見つかってしまったようだ。

唐突に響いたドアの音と、怒鳴るような先生の太い声に驚いて思わず飛び跳ねるような形で立ち上がった。

「あっ、いえ…」答えにもなっていないような言葉でぼそっと返事を返した。

「こんな時間だぞ、下校時間はとっくに過ぎてるだろ!早く帰れ!」追い立てるような先生の言葉に反応して、自分の席の鞄を取って、先生が開け放したドアに向かって歩き出した。小さく会釈しながら先生の脇をすり抜けようとしたとき声がかかった。

高坂(こうさか) 、悩みでもあるのか?」

「あっ、いえ…」先ほどと同じ言葉で返す。

「悩みだったら先生がいつでも聴くぞ。でも、今日はもう遅いからな、早く帰れ。下校時間にならない頃に俺のところに相談に来い。いいな。」

「はい」とりあえず頷きながら、早足で下駄箱の方に向かって歩いてそのまま学校を出た。


まわりはもうすっかり陽も沈んで暗くなった道を帰ったが、街灯が照らしてできた自分の影に引っ張られる感じで踏み出す足がいつもよりも重く感じた。

なんでこんなに気が重いのか?帰りたくないのか?あらためて考えなくても思い当たることはあった。


一月くらい前、SNSで友達の裏垢をたまたま見つけてしまった。

当然、最初はどこの誰かもわからない自分とは関係ない人間のポストだと思って眺めていた。

ポストされる言葉を読んでいると、学校のことや、友達のこと、今流行っている話題のことなどが書かれていることからたぶん自分と同年代の人間だろうことはすぐに想像ができた。そのアカウントをちょくちょく眺めるようになったのはそのポストが毒を吐いていたからだ。

ニュースで流れる芸能人のスキャンダル、やらかしや失言で叩かれて賑わっている話題、荒れているコメントには毎回のように絡んでいた。賑やかしというか、荒れているところに乗っかって言いたい放題のコメントを残していた。

最初はバカなやつがいる。ヤバいなこいつ。どんだけ暇なんだよ。と思って野次馬みたいな気分で見ていたが、あまりにも徹底した毒吐きをいつのまにか楽しむようになっていた。おもしろかった。普段は言えないような想いを言葉にしてさらけ出している。「そうそう、そうなんだよ」と同感して頷くこともあったし、「いや、それは言い過ぎだろ。なんか違うんじゃね?」と、自分とは違う考えに反発する気持ちになることもあった。ただ、そのポストを読んでるうちに本音で話せる友達のような気分になっていた。隠しごととかせずになんでも話せる親友みたいな感じ。バーチャル親友とでも言えばいいかな?学校のリアルな友達や家族には絶対話せないようなことでも気にせず打ち明けられる存在。実際には、そのアカウントが一方的に垂れ流してる言葉なのに、それを読んで自分の脳内で勝手に会話を成立させている。誰よりも親身になって自分と向き合ってくれる存在のように感じてそのアカウントを追い続けていた。

そのアカウントから発せられる文字を読んで一喜一憂していることが楽しくなっていた。

だけど、そのアカウントを読んでいるところは他の人間には知られたくなかった。ポストの内容を読まれると、僕までヤバイやつだと思われる。共感はしてるのに、自分も同じタイプの人間だと思われるのは絶対に嫌だった。姑息で卑怯なそんな自分に気がつきながらもそのことには目をつむって考えないようにしていた。

だから、そのアカウントを見るのは家に帰って自分の部屋にこもっている時だけになった。

自分の部屋に入ったら真っ先にスマホでそのアカウントを開く。そんなルーティンが自然とできあがっていた。


そんなある日、いつものようにそのアカウントに流れていくポストを読んでいてふとした違和感に気がついた。

あれ?こいつ、うちの学校のヤツじゃないのか?

ポストされている出来事に妙な既視感があった。


—— 英語の担任の奴、今度来た留学生にびびってやんの ——

—— 英語の発音、留学生の方がネイティブでうまいんだよな マジで ——

—— 英語担任の奴、発音するたびに緊張してんじゃねえの WWW ——

—— ちらちら留学生の方気にしてて W ——

—— わかりすぎて草 かっこわる~ ——


いつも辛辣な毒吐きアカウントのポストにしては、まぁやさしい部類のポストなんだけど…これって、うちの学校のことじゃないかな?

ん?英語の担任って、たしかにうちのクラスの担任は英語教師だし、もしかしてうちのクラスのやつ?

たしかに、最近英語の授業が終わる度に担任教師の揚げ足取りして陰口で盛り上がるのがクラスで恒例になっている。自分もその輪の中に入って笑いながら話を合わせているうちの一人だ。

もしかして、ほんとうにこいつ自分と同じクラスのやつじゃないか?

そのことに気がついてから、以前のポストも遡って読み返してみた。気にして読んでみると思い当たるところがぼろぼろ出てきた。

やっぱり、そうだわ!間違いなさそう!そう確信したら今度は誰なのか?誰がこのアカウントの主なのか気になってきた。もう少し、読み込めば本人特定できるんじゃないかな?

そう思い始めてからは、数日かけて過去のポストを(さら)い続けた。そして見つけた。


—— マーヤのやつ、ほんと臭いんだよな~ マジそばによんなつうの! ——


マーヤと呼ばれたのはおそらく『真野亜希乃』のことだ。

真野(まの)』のこと、マーヤって呼んでるやつは一人しかいない。草壁美咲だ。たしか小さい頃からの幼なじみで、小さい頃の渾名を今でも使って呼んでいたはず。そんな話を女子たちが話してたのを小耳に挟んだような記憶がある。


草壁美咲。まさかこの毒吐きアカウントの主があいつだった?女子だったということにも驚いたが、学校で見かける草壁美咲とはまったく想像もつかなかった。

草壁美咲、そんなに目立つような感じの子ではない。どちらかというとおとなしめで、真面目な印象がある。社交的な感じではないから、いつも3人くらいの同じ女子たちで集まっている。3人のうちの一人が『真野亜希乃』だ。怖すぎる。マジかよ。

仲よさそうにしていつもいっしょにいる感じなのに、こんなこと思ってんのかよ!

もしかして、僕の勘違いかも?そう思い直してもう少しタイムラインを遡ってみた。


—— マーヤの作ったクッキーなんてキモくて食えるわけないだろ!オレまで臭いが付いちまうわ! ——

—— 帰る途中のコンビニゴミ箱直行 WWW ——


いつもの毒のひとつだと思ってそのままスルーして記憶には残っていないポストだったが、ここにこうして残っているんだから間違いはない。

そうだ、バレンタインの頃だったかな、『真野』がうちで作ったクッキーもってきて女子たちに配ってたっけ?女子たちが騒いでいて、珍しく『真野』が中心にいたから覚えている。

間違いない、草壁美咲だ。一人称 オレ だけど、そんなの身バレを防ぐための方便だろう。

なんだか、教室で見ている風景が作り物のお芝居みたいでひどく現実感のないものに変わってしまったような気がする。


草壁美咲の顔が浮かんだ。

男子からの人気があるというふうな顔立ちではなかったが、愛嬌がある目元をしていて、どこかおっとりとした雰囲気のある女の子だ思っていた。それが、どうだ。彼女の中身にはこのアカウントのような毒が詰まっているのか?ごく普通の同級生でごく普通の女子に見えていたのは何だったのか?お芝居?…違う気がする。彼女は何を考えながら友達と笑い合っていたのか?わからなさすぎる。学校にいる彼女は偽物で、SNSの中の彼女が本物?あまりにも違いすぎていて同一人物という実感がわかない。実像が掴めない。


毒吐きアカウントの主が草壁美咲?ほんとうに?


そう思ってしまうと今まで無責任に楽しんでいたSNSを開くたびに草壁の顔がちらついて気が重くなってくる。

草壁の秘密をのぞき見しているような罪悪感のようなやましい感情がわき上がってくる。それなのに、あいつの秘密を僕は知っているんだという優越感のような感情も同時にある。もっと覗いてみたいという(よこしま)な考えが自分の心の内にあることに気づいてからは自分自身がひどく(けが)れたものなんじゃないかという気にもなってだんだん気分が重くなって身体全体にのしかかってくるようになっていた。


もう、あのアカウントを開くのをやめよう。と、何度も自分に言い聞かせるのに学校から帰って自分の部屋に入るとまるで中毒症状にでもなったようにスマホが気になって気になって仕方がない自分がそこにいる。結局我慢できずにまたアカウントを開いてしまう。

そんな自分が嫌すぎて最近は家に帰ること自体が憂鬱に感じるようになっていた。

だから、今日も教室にひとり残ってぼんやりとしていた。だけど帰らないわけにはいかない。

たぶん、またいつもと同じようにSNSを開いて草壁の裏垢を除いてしまうんだろうと思うと帰る足の重さは一歩踏み出すごとに重さを増していった。



どんなにのろのろと歩いていても、いつかは家に辿り着く。

自分の部屋に入り灯りをつけてドアを閉める。

鞄を勉強机の上に放り出して、だらしなく横のベッドに倒れ込む。

身体を動かすこと自体が億劫で制服を脱いで着替えをすることもしたくない。

鞄の中に入れたままにしているスマホが気になって、ついつい机の方に視線が向いてしまう。

「今日、カーテンを閉め忘れていたのか……」

机の向こう側に四角くぽっかりと開いた穴のような暗くなった外を映す窓が見えた。

その窓の闇から引っ張られるように手を伸ばして鞄を開き、またスマホを手に取ってしまった。

SNSのアプリを立ち上げる、毎日の日課のようになってしまった草壁の裏垢を開く。


こうして自分の意思と反するようにしながらSNSを開いてしまう罪悪感に似た自分を責めたくなる感情に、言い訳だったり、逃げる言葉を探している僕はいったい何なのだろう……。


クラスの女の子の裏側をのぞき込んで一喜一憂するたびに己の醜さを突きつけられているみたいに感じて自分自身がひどく汚いものに思えてくる。

この世界に僕は居てはいけないんじゃないかな?

こんなことなら、このアカウントのことなんか知らなければよかった……


学校の教室にいてもついつい草壁のことが気になってしまう。どんな話をしているんだろう?どんな表情で真野と顔を合わせてるんだろう?真野はどんな受け答えをしてるんだろう?真野の方は草壁のことどう思ってるんだろう?草壁と真野だけじゃなくて、他の女子達は何を考えてるんだろう?女子だけじゃなくて男子は?友達だと思っていたあいつは?このクラスの中で僕だけが何も知らない?

僕以外の女子も男子も、この教室にいるみんなのことが急に希薄で薄っぺらいものに思えてくる。

何をそんなに笑ってるんだ?何をそんなに声上げて話してるんだ ?何をそんなにつまらなそうにしてるんだ?何をそんなに浮かない顔をしてるんだ?何もかもがわからない。

何を話して、どんな表情をしていても、その本人が実際に今何を考えているのかなんてわからないじゃないか。

そうだよ。僕以外の人間が何を想っているのかなんてわからないし、話してる言葉だけを信じることなんて出来ないじゃないか。じゃあ、僕はどうすればいいんだ?


僕以外の全員が、真っ白な表情のないつるっとした感じの仮面を付けているような風景が頭の中に映し出された。

手を伸ばしてもすり抜けてしまうような、薄い影のような人型をしたモノたちがゆらゆらと意味の無い動きをしている。その中で僕だけが実態として存在している。そんな感覚に捕らわれて息が詰まりそうな恐怖を感じて身体がすくむ。


いや、そうじゃない。

もしかしたら、まわりにいる薄っぺらいあいつらから僕を見たら、僕も同じようにゆらゆらと揺らぐだけの実態を持たないモノになっているんじゃないだろうか?


どうしてこんなことを考えるようになってしまったんだろう?

毒吐きアカウントの毒にやられて頭がおかしくなってしまったのだろうか?

そうじゃない。

草壁の裏垢のせいにして、また逃げる理由を探して口実を見つけ出そうとしているだけかもしれない。

きっと、もともと僕はこういう人間なんだろう。

卑怯で姑息で醜いことしか考えられないような汚い何かだったのかもしれない。


これまで見ていたものが薄ぼんやりとしておぼろげに霞んでいく。

これから僕は学校で教室でどんなふうにすればいいんだろう?

どんな顔をして、どんな声で、どんな風に手を差し出せばいいんだろう。

いくら考えてもわからない。ぐるぐるぐるぐる頭の中をかき回しながらどろっとしたものが蠢いている感覚しか感じられない。頭が痛い。


手を差し出せばそこに確かな何かがあって、触れることができて、その何かを信じてみたい。

信じれるものに触れてみたい。触れられたい。


「わたしがいるじゃない」


そんな声がどこかから聞こえて、誰?と思ってまわりを見回したが誰もいない。

それはそうだ、ここは僕の部屋で僕一人しか居ない。いつものようにSNSを開いて流れるタイムラインに目を落としていただけなのだから。

幻聴まで……?そう思うとますます怖くなって、早く現実に戻らなければとの焦燥感から目の前に流れているタイムラインに視線を戻した。

そして気がついた。その声の主がタイムラインからささやきかけてきたことに。



震えた。

だめだ。心地良い言葉に手を伸ばそうとしている自分に気がついて、振りはらうようにしてスマホから手を離した。

手の中から滑り落ちたスマホがぽとりと床の上に落ちた。

見てはいけないと思った。

スマホの画面から目を逸らしたくて机の向こう側にある窓に視線を向けた。

カーテンを閉め忘れて開けっぱなしのままになっていた窓の外は黒く塗りつぶされた宵闇で隣の家の輪郭が淡く浮かんでいるだけだった。

意味あるものが何もないただただ黒く塗りつぶされた四角い枠に、見放されて突き放されたような感覚を覚えて、逃げ出したくなった感情のまま俯いた。

左の目尻から熱いものがこぼれていることにも気づかずにベッドの上で丸くなって膝を抱え込む。

膝に付けた額の裏の脳裏には誰かが描いた(うた)の一節がなぜか浮かんで痺れたようにへばりついた。


「この世界に生まれた理由(わけ)をおしえてください」


(了)


本作をお読みくださり、ありがとうございます。


本作は、冒頭の詩のフレーズを思いついて書き始めたものですが、当初は詩の形のまま残そうと思っていたのですが、なぜかその詩の世界観から発展させた物語が書いてみたくなって小説として仕上げた作品です。

「結」の部分が曖昧なまま終わっていてスッキリしない印象の作品とは思いますが、そこのところが余韻として伝わっていたらいいなぁ~と、こっそり願っております(汗


皆さまの心にも何かしら残るものがありましたら嬉しく思います。


※冒頭のイラストは「ChatGPT」にて生成した画像です。


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