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第6話 『色ボケ小僧の受難じゃな』

「さて、お前さんの健康状態でも診てやろうかのお」


 食事を終えたあと、ゼルツは再びベッドに腰掛け、ロズウェルに向き合った。


「ありがとうございます」


 ロズウェルはかしこまった口調で頭を下げる。


 なぜなら、先ほど出てきたミルク味のパン粥では物足りなくて、もっと味が濃い物はないのでしょうかとお願いしたところ、「病み上がりは黙って胃に優しい物で我慢するんじゃ!」と怒られたからだ。


 ゼルツは生真面目な表情を装うロズウェルの右手を両手で包み込む。皮膚が固くて、左手の小指と薬指の付け根には大きな豆があった。


(剣を握っていた人の手だ)


 そう思っているうちに、手が光に包まれて輝いた。ゼルツが魔力を流し込んだのだ。


「なるほど。魔力器官が一度裂けたのか。どうりで治癒魔法の効きが悪いわけだ」


 魔力器官とは、心臓よりも二回り小さな臓器のことだ。この臓器は誰もが持っているが、持っているからといって誰もが魔法を使えるわけではない。


 魔法を使うためには、呼吸や食事から目に見えないマナを摂取し、魔力器官を通して魔力をつくり、呪文と紐づけなければならない。


 それができるのは三割ほどの人だけだ。それ以外の人は、他人から与えられた魔力を体に巡らせることしかできない。治癒魔法で傷が治るのはそのおかげだ。


 ロズウェルは当然、その三割に入っていた。さらに言えば、中級魔法までなら呪文なしで使うことができた。


 だからこそ魔導士の頂点である宮廷魔導士を目指して日々研鑽していたが……その道は絶たれてしまった。


 ゼルツはさらに魔力を流し込み、ロズウェルの健康状態を調べていく。


「ユーリの処置のおかげで背中の怪我は完全に治っていて、毒症状もいまはないが……右腕と左足は特に魔力の巡りが悪い。最近欠損したのか」


「実はとある迷宮で魔物に襲われまして」


 ゼルツは眉を寄せて「そうか」と呟いたあと、深刻な顔で告げる。


「応急処置が遅れていたら、まだくっついていなかったかもしれんな」


「えっ」

 ロズウェルは思わず眉根を寄せる。


 あの迷宮は、接近戦を得意とした剣士二人、遠距離を得意とした弓兵一人、そしてロズウェルの四人で挑んだ。


 四人とも治癒魔法は使えるが、欠損を治せるほどの上級魔法を使えるのはロズウェルだけだった。


(待て待て待て。なんで僕は助かったんだ?)


 ――もしかしてあの場には、他に誰かがいたのか?


 浮上してきた疑惑に、胸がざわつく。


 魔物に襲われて次に目を覚ましたら実家のベッドにいて、心の整理がつかないまま勘当されたため、当時のことを顧みる余裕がなかった。


 仲間の三人から具体的な話を聞きたくなったが、仕事だけの関係だったため、彼らの住処すら知らない。


 どうやって会いにいこうかと考えていると、ゼルツが右手を差し出していることに気づいた。


 なぜいま握手を求めるんだ? と不思議に思いながら左手を伸ばすと、「違うだろう」と容赦なくかわされた。


「お前さん、まったくわかっていない。そこは金を出すところじゃ」


「なんで⁉ 診察にお金がかかるんですか⁉」


「かかるぞ」


 ゼルツの碧色の眼には曇りひとつない。ロズウェルはいままで教会で治療の世話になったことがないため、診察の相場がわからなかった。


「お金なんて持っていないですけど。あっ、耳飾りで足りますか?」


「人の装飾品を貰うほど落ちぶれてはおらんわ!」


(えー……)

 ロズウェルがなんとも言えない顔を浮かべると、ゼルツは大きなため息をつく。大袈裟な仕草が演技っぽい。


「はああ、これだから世間知らずのボンボンは。善意だけでは教会は維持できぬ、この現状を見ればわかるだろう?」


 なんの茶番だろうと思ったが、ロズウェルはひび割れた壁や床を見て「まあ、確かに」と頷く。


「まったく! 返事だけはいっちょ前じゃ。お前さん、家名を言いなさい。家に請求するから」


「あ、無理です。魔力が減ったことで勘当されたので」


 ロズウェルがきっぱりと断ると、ゼルツは苦いお茶を飲んだときのような顔で吐き捨てる。


「そんな無情なことをするのは魔導士の家系くらいじゃぞ……実力主義で高慢で、大切な子を守らず捨てるなんて言語道断だ!」


 この件にかんしては、ロズウェルは悲しいとか寂しいとかなにも思わなかった。昔からそういうものだと思って育ってきたからだ。


「そんなに恨めしく魔導士を語らなくても……」


 ロズウェルが口を挟むと、鋭い眼光で睨まれる。


「恨めしくないわけがなかろう! 数年前にどこぞの若い魔導士の発明品によって、ちょっとした風邪や傷なら教会を頼らなくても自分で治せるようになってしまった。喜ばしいことではあるが、治療を求める人々の足が遠のいて商売上がったりじゃ!」


 指の骨をバキバキと鳴らしながら恨み節を述べるため、ロズウェルは思わずおののく。


「へ、へえ、そんな魔導士がいるんですね」


 知り合いにいただろうか、と呑気に考えを巡らせていると、ゼルツの口から「さて、せっかくのカモじゃ。どこに働きに出てもらおうかのお。綺麗な顔をしているから酒場でもいいかもしれん」と不埒な発言が聞こえてきた。


 この守銭奴じじい、ロズウェルが一文無しなのをいいことに、無茶ぶりを言い始めた。


(ふうん。じゃあ僕もゼルツさんを利用しようかな)


 世界中のお茶と出会うためには、資金だけではなく、安全に旅をするために魔法以外の戦い方を身に付ける必要があると再確認した。


 でもいまはその夢よりも、弱体化した自分だからこそできることがあると証明したい。


「ゼルツさん、助けていただいたお礼をするために、まず教えてほしいことがあります」


「なんじゃ?」


「救助隊オルヌスに入隊するためにはどうすればいいですか?」


 ロズウェルは膝上で拳を握り締め、濃紺の瞳を据えた。


(僕はまだ、人生を満足に生きていない)


 せっかく助かった命を、誰かのために使いたい。それが老後の夢にも繋がってくるはずだ。


(労働をすればお金も手に入るし、あとはその……ユーリさんに近づけるかもしれないし)


 心の中で感情をまごつかせていると、


「うはははは‼ 救助隊は無理じゃ!」


 ゼルツはお腹を抱えながら、ベッドから床に転がり落ちた。


 こんな屈辱ははじめてだが、清々しく思うほど笑っているため、ロズウェルは口元を引きつらせるだけに留める。


「一応、理由を訊きましょう」


 せめてこちらは大人の対応としようと平然を装っていると、ゼルツは急に真面目な顔でロズウェルに三本指を突き出す。


「まずひとつめ、救助隊員になるためには中型魔物を一人で倒せる実績がいる。ユーリからお前さんを助けたときの状況を聞いたが、猪の魔物相手に手こずっていたらしいのぉ」


「!」


 結構ちゃんとした理由だった。ロズウェルは黙ったまま耳を傾ける。


「ふたつめ、自分を生かす算段を考えて行動をしない奴に、人の救助に当たる資格はない」


 いや、それは本当にそう。


 本気のダメ出しに、ロズウェルはたじろぎそうになるが、二度と自爆をしないという決意を込めて姿勢を崩さない。


「そしてみっつめ。オルヌスに入隊する者のほとんどが隊長と副隊長によるスカウトだ」


「ということは、僕は救助隊にはなれない……⁉」


 絶望した顔で呆然とすると、深いため息が聞こえた。


「最後まで話を聞くんじゃ馬鹿たれ。よそ者がオルヌスに入隊を希望する際、司教の推薦状がいる。この街の司教はわしだけだ」


 その意味がわかるか? とゼルツは挑発的な笑みを浮かべ、胡坐をかいた。


「つまりお前さんがオルヌスに入れるかどうかは、()()()()()()()の教会の主であるわしにかかっているということじゃ。さあ色ボケ小僧。どうする?」


 ああこれはだいぶ根に持っていらっしゃると思うと同時に、ロズウェルは晴れやかな笑みを浮かべる。いままで自分のことをボロカスに言ってくれる人などいなかった。


(なんかそれだけで信用ができる気がする!)


 ロズウェルはゼルツの前に跪くと、胸元に手を当て首を垂れる。


「失礼いたしました、ゼルツ殿。この色ボケ小僧にどうか情けを与えてくれませんか?」


「というと?」


「――僕をここに置いてください。必ず教会を復興させます」


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