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第49話 『生涯の相棒』


 ロズウェルは深い森の中を走る。


 葉の隙間から日光が漏れ出し、眩しさに目を細めながら軽やかに進んでいくと、ユーリの鋭い声が真横から聞こえる。


「ロズウェル! そっちに一匹行ったわよ!」


「了解!」


 その瞬間、木々を薙ぎ払うようなドンッという突進音と、足音が聞こえてきて――猪の魔物が目の前から突っ込んで来た。


 その獣は黒紫色で、地面をえぐるほどの爪に、指先で少し触れただけで骨まで切り裂いてしまいそうな鋭い牙を持っている。


 ロズウェルは濃紺の瞳を据えると、自分よりも二回りも大きい猪の魔物の懐に躊躇いなく入り、魔剣を突き立てる。


(凍れ)


 そして無言詠唱で猪の魔物の体を覆うように氷魔法を展開させると、猪の魔物は粉々に砕け散った。


 ロズウェルは刃についた塵を払い落としてから鞘に収め、一息つく。


 今日はバルロの周囲に出現する魔物の討伐を行っていた。


 人間の魔物と遭遇してからすでに二週間は経過したが、改めてキルクス王国の魔物の多さは異常だ。どの場所にいても油断ならない。


 ほら。


 ロズウェルの背後から別の猪の魔物が飛び出してきた。あと二、三回瞬きをしている間に踏みつぶされる距離だったが、ロズウェルは微動だにしない。


《雷鳴よ、貫け‼》


 けたたましいほどの雷鳴が、猪の魔物に直撃した。


 猪の魔物は空中でぴたりと動きを止めたかと思いきや、そのまま身を崩壊させて黒い塵となった。


 ロズウェルは口角を上げて、木の影に向けて声をかける。


「命中率がずいぶんとよくなったな、ユーリ」


「先生が優秀なおかげよ」


 ユーリはゆったりとした足取りで、木の影から現れた。相変わらず灰紫色の瞳は鮮烈なほどの気高さを秘めているが、最近は瞳よりも唇に目がいってしまう。


(あれってキスだったのかな……)


 脳裏を支配するのは、『ヒスイの迷宮』で人間の魔物と対峙したときに行われた、ユーリからの口づけだった。


 あの口づけのおかげで、ロズウェルは魔剣から魔力を引き出すことができ、人間の魔物に勝利することができた。


(いや、あれはキスではなかったのかもしれない)


 あの日以降、ユーリが口づけについて言及することはなかった。目撃者であるレイノルドもこの話題に触れてこないため、魔力供給の一種ではないかと思うようになった。


「そうだ、ロズウェル。新しい隊服はどう?」


「! う、動きやすいよ」


 オルヌスでの三か月の新人隊員期間を終えて、つい先日、ロズウェルの体に合った隊服が届けられた。足の丈もぴったり合っているため、足さばきもやりやすくなった。


「よかった!」


 ユーリは屈託のない笑みを浮かべた。あまりの眩しさにロズウェルは目を細めるが、やはり唇から目を逸らすことはできない。


「……ロズウェル?」


 彼女に不審に思われたのか、ふと名前を呼ばれた。ロズウェルは勢いよく顔を横に向けたあと、内心で冷や汗をかきながら、「何?」と口を開く。


「ロズウェル、こっちを見て」


「えっ」


「見て」


 心臓がぎゅっと掴まれたように痛むが、しぶしぶと顔をユーリに向ける。彼女はロズウェルの右腕をそっと掴んだ。


「あのときのことを気にしているのよね?」


 右腕から伝わるほのかな熱に、ロズウェルの心臓が激しく高鳴る。


「ごめん! 魔力供給をしてくれたのはわかっているんだけど! その、唇からは初めてだったから」


「え、魔力供給ではないわよ?」


「え?」


 ロズウェルが訝し気に眉を寄せると、ユーリはハッとしてから片手で口元を押さえた。


「その、ウィオラケムの魔剣はね、私に忠誠を誓う者が持つことで本来の力を発揮できるというか」


「忠誠心? ちょっと待ってくれ。忠誠心とキスとどんな関係が?」


「キ、キスって言わないで!」


「ごめん」


 なぜか理不尽に怒られた。腑に落ちない顔をしていたのがユーリに伝わったのか、彼女は「う~」と頬を赤く染めて小難しい顔をしてから、意を決したようにロズウェルの顔を覗き込む。


「私が答える前に、ひとつ聞いてもいい?」


「なんでしょう」


「お茶と私、どっちが大事?」


「え……いやその質問はずるいって‼」


 ユーリとお茶。どちらもロズウェルの人生には欠かせないほど大切だ。


 どちらかを切り捨てることなどできないし、そもそもどちらがいいかなんて考えること自体が不誠実である。


(男を見せるならいましかない)


 直感的にそう思ったから、ロズウェルは身をかがむと、ユーリに視線を合わせる。


「いつか……一緒に世界中のお茶巡りをしてくれるなら、いま君を選ぶよ」


 濃紺の瞳と灰紫色の瞳がかち合う。ユーリの顔が見たこともないくらい赤く熟れていく。


「わ、わ~情熱的……」


 狼狽えて茶化してくる姿が愛おしくて、可愛くて。


「駄目。茶化さないで」


 もっと意地悪したくなった。


「僕は答えた。今度はユーリが答える番だ」


 ユーリは息を呑んでから、瞳を潤ませる。やがて口を開いた。


「……ネフリティス公爵家の魔剣は忠誠を誓う者、もしくは伴侶に継承させるもので。力を与えてくれた主人のことを思いながら魔剣を使わないと、魔力を引き出すことはできないの」


「うん」


「うんって。もっとなにか言うことあるでしょう⁉」


「じゃあ、どうしてユーリは僕にキスをしてくれたの?」


 ロズウェルは必死に年上の男を取り繕いながら問う。すると、ユーリの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


(あっっっ)


 泣かせてしまった、と理解した瞬間、とてつもない絶望感に襲われるが、ユーリの口から飛び出した言葉に、絶望感が消し飛ぶ。


「わ、私のことでいっぱいになってほしかったから」


「……っ‼」


 本当に、この子はロズウェルをどうしたいのか。


「ご、ごめんなさい~‼ 緊迫した場面で邪なことを考えていて~‼ 私への気持ちなんて救助活動には邪魔になるのに‼ でもあのときは説明する時間はなかったし、ああするしかなかったというか」


「わかったわかった。もう謝るな。僕も謝るから」


 ロズウェルは妹をあやすように、ユーリの頭を何度も撫でた。彼女の気持ちが落ち着いた頃合いに、柔らかく微笑む。


「というか救助活動を行うことが、君との明るい未来へ繋がっているんだから、なにも困ることなんてないよ」


「え?」


 きょとんとしたユーリに向けて、ロズウェルは頬を赤く染めながら真剣な眼差しで告げる。


「これからも君の隣に立つに相応しい男になる努力をするから、その、まだ隣にいてもいい?」


「……ずっとそばにいてくれないいとやだ」


 彼女は自分で言っておいて照れているのか、顔が真っ赤に染まる。


 精一杯の甘えにロズウェルは行き場のない手をなんとか動かして、そっと抱きしめる。


(きっと君には一生敵わないんだろうな)


今回で完結です!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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