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第48話 『似た者同士の攻防』


 キルクス王国の王都には、白亜の城がある。


 その一室で豪華な椅子に座りながら舌打ちをしたのは、ジェイド・ウィリディタス・キルクス。この国の王太子だった。


 彼の目の前には、水色の髪を持ち、朗らかな笑みを浮かべるフレスカが跪いていた。


「鳥ごときが僕に謁見できるようになったとは、偉くなったものだな」


 ジェイドは翡翠色の目を細め、フレスカを睨んだ。


 フレスカはオルヌスのサファイアブルーの隊服ではなく、式典用の白い礼服に身を包んでいる。まるで男装の麗人だが、余裕たっぷりの笑みが気に食わない。


「ほんと、長生きしてみるもんだよねー。まさか国王陛下の友だちになれるなんてさ」


 フレスカは悪びれもなく笑うため、ジェイドは再び舌打ちをする。その能天気な顔を見ていると非公認のいとこを思い出してしまう。


「軽々しく陛下と友だちなどと口に出すな!」


「だって国王陛下の名前を出さないと、君は私と会ってくれないだろう? この度の支援のお礼を言いに来たんだからさ」


「私は支援などしていない‼」


 ジェイドは声を張り上げると、フレスカは眉を八の字に寄せる。


「いや、本当に助かったんだって。人間の魔物の出現という、国内外を揺らがす事態を上手く治めたのは貴殿の手腕だ。よくやっているよ」


「私は私のために配下の尻拭いをしてやっただけだ‼ そもそも大事になった原因は、ロズウェルが魔物に負けたせいだ‼ なんのために目をかけてやったと思っているんだ‼」


 ロズウェルだけではない。アレス、イーディス、ナディムは、戦士として優秀な人材だった。最強のパーティーを作って各地の魔剣を回収させていたのに、あろうことかロズウェルが魔物に敗北した。


 そのせいでアレスたちは動揺し、腑抜け腰抜けになってしまった。


「使えないやつらに目をかけたせいで、私の評価が駄々下がりだ‼」


「なにを言っているんだい。見事人間の魔物を倒し、アレス殿たちの評価は戻り、君の采配にも注目が集まったじゃないか」


「……‼」


 ジェイドが言葉を詰まらせると、フレスカは面白いものを見るような目で苦笑する。


「君は若いのに老獪なことをするんだね。いつも本意を隠している」


「はあ⁉」


「ロズウェル・アークトゥルスを見捨てたのは、彼が使い物にならなくなったわけではない。別の理由があるんだろう? 例えば、そうしないと王国を脅かす危機が拡大すると占いで出たとか」


「――口を慎め、フレスカ」


 ジェイドが鋭い声で制すると、フレスカは肩をすくめた。


「ごめんごめん。でもさ、時には素直になったほうがいいときもあるって思ってね」


「なにが言いたい」


「今回の救援要請を後押ししたのは、自分の評価のためもあるけど、アルティリエ嬢も助けたかったからだろう? 王太子殿下も大変だよね。好きな子を助けたいだけなのに大義名分が必要なんだから」


 その瞬間、ジェイドの頬は真っ赤に染まる。


「べ、別にアルティリエなんか好きじゃない‼」


 大声を出して否定するが、ドクドクと心臓が大きく脈打ち、顔中が熱い。


(だから口を慎めと言っているのに‼)


 中指を立てたい衝動を必死にこらえるが、品がないことはしない主義だ。


「なにをしに来たんだ貴様は⁉」


「今日は君のいとこの護衛だよ。ユーリ、入りなさい」


「は?」


 ジェイドがぽかんと口を開けている隙に、扉が開いた。現れたのは、サファイアブルーの救助隊服に身を包んだユーリだった。


 扉の外には衛兵と、トバリの姿が見えた。彼はかつて傭兵として名を馳せた双剣使いだ。ここで戦闘を起こされたらひとたまりもない。


(……相変わらず食えない奴だ)


 ジェイドは目を細めると、余裕たっぷりな笑みを浮かべる。


「ちょうどよかった。私もユーリと二人きりで話したいと思っていたんだ。フレスカ、席を外せ」


「承知いたしました」


 フレスカは優雅な仕草で首を垂れると、部屋から出ていく。


 一方で取り残されたユーリは少しだけ不安げな表情をしていたが、すぐに一歩前に出るとジェイドに対して跪く。


 その姿を見ていると、数年前にユーリを誘拐したときのことを思い出す。


「白々しい。顔を上げよ」


 声をかけると、金糸の前髪から灰紫色の瞳が見える。鮮烈なほどの気高さを秘めている瞳に曇りはない。あのときからずいぶん心持が強くなったようだ。


「久しぶりだな、ユーリ」


「お久しぶりです、殿下」


 緑と紫の瞳が交差する。瞳の色が違うだけで、互いに光を弾くような金髪とあどけない顔立ちを持っているため、傍から見れば姉弟に見えなくもない。


 ジェイドは椅子のひじ掛けで頬杖をつきながら口を開く。


「ウィオラケムの魔剣を回収したと聞いたぞ。早く寄こせ」


「それは無理です」


「……なぜだ?」


「ロズウェルに継承させたから」


 語尾になるにつれて声量が小さくなったが、確かにそう聞こえた。


「はあ⁉」


 ジェイドは素っ頓狂な声を上げてから、体を震わせながら指をさす。


「……お前、まさかあいつを伴侶とするのか」


「えーと、それはその」


 ユーリは顔を真っ赤にして狼狽えた。その姿を見て、男の趣味が悪いぞ、とジェイドは片手で口元を押さえる。


 ネフリティス公爵家に伝わる魔剣は、公爵家の者には扱えない。彼らに忠誠を誓う者に継承させることで真価を発揮する。


(ユーリはロズウェルが好きなのか……)


 間抜け面をするロズウェルの手綱を握るユーリの姿が思いのほかしっくりきて、ジェイドは笑い声を噛みしめる。


「く、はは‼ なるほど、お前はロズウェルに継承させることで外堀を固めたのか‼」


「か、固めてないわよ‼」


 ユーリは思わず身を乗り出した。狼狽える姿に腹を抱えて笑うが、やがてとあることに気づく。


(待てよ。私とアルティリエが結婚したら、ロズウェルとユーリのことを兄と姉と呼ばなければならないのか……⁉)


 ジェイドは真顔になってから、その場でうなだれて深々とため息をついた。本当はユーリの発言に対して不敬罪を問いたいところだが、ここは痛み分けにしておく。


 幸いなことにユーリはまだジェイドのアルティリエに対する恋心に気づいていない。余裕な笑みを浮かべながら顔を上げる。


「なら、あいつはウィオラケムの魔剣を継承することの意味を知っているのか?」


 ニヤニヤとしながら告げると、ユーリは険しい顔で押し黙り「……知らないと思う」と呟いた。


「はははははは‼」


 実に愉快だ。同時に、少しばかりの憐みさえ抱く。


「馬鹿なことをしたな、ユーリ。本来、ネフリティス公爵家の魔剣は忠誠を誓う者、もしくは伴侶に継承させるものだ。力を与えてくれた主人のことを思いながら魔剣を使わないと、魔力を引き出すことはできない。お前、それはロズウェルに説明したのか」


「……していないわ」


 彼女は気まずそうに顔を逸らした。ジェイドは内心で面白おかしく思いながらも、真面目な顔をする。


「救助活動中にお前のことを想わないと肝心なときに魔力を引き出せない。時間が限られている救助活動の中で、その思考は邪魔になる」


 ユーリは目を見張ると、ややあって頷いた。


「……そうね。でもあのときは魔剣に頼るしかなかった」


 そして胸元に手を添えてから、真っすぐとした視線をジェイドに向ける。


「誰かを想う気持ちにも、いろんな形があると思うの。だからこれからもたくさんの人を救うために、私とロズウェルにしかできないやり方を見つけていくつもり」


 彼女は陽だまりのような笑みを浮かべるため、ジェイドは思わず面喰う。


 本当に、数年前にあったときとは別人なくらい、いろんな覚悟が決まっている。


「あなたもそういう人が見つかるといいわね」


 いや前言撤回。余計な言葉が多すぎる。

 ジェイドは深々とため息をつく。


「お前までなにを言うと思いきや。だからアルティリエとはそういう関係ではないと言っているだろう」


「誰もアルティリエとは言っていないけど」


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙が部屋いっぱいに満ちた。アルティリエの話題だけは、ジェイドは自分の口から物申すことができない。


(ロズウェルの後任として、豊富な魔力量と技術を持つアルティリエを指名したのはいいが……あんなに、かわっ、可愛いだなんて聞いていない……‼)


 惚れた弱みが自分をこんなに愚かにするとは思ってもいなかった。


 ぐうの音が出ずにいると、ユーリは生温かい目を浮かべる。


「命令を下すことしかできない浅い絆にいつまでもすがらないようにね」


 彼女は数年前の仕返しといわんばかりに腹が立つ笑みを浮かべるため、ジェイドは「さっさと帰れ‼」と部屋から追い出した。


 ユーリがいなくなってから、ジェイドは深々とため息をつく。


「まったく……ヒスイの色は緑だけで充分だというのに」




◇◆◇

 ユーリはジェイドから追い出されるように謁見の間から出ると、眉を寄せる。


(相変わらずいけ好かない子どもね)


 三歳違いのくせにユーリより大人ぶっている姿は滑稽にも見えなくはない。


 それだけ王宮での生活は気の抜けない厳しいものかもしれないが、最後に年相応の反応が見ることができただけよしとしよう。


 ユーリはジェイドの配下たちに案内され、裏口から白亜の城から出る。そこには商会を装ったぼろを被った馬車が止まっていた。


「トバリさん! フレスカさん! お待たせ!」


 御者の場所に座っていたのはトバリだった。彼は片手を上げてしゃがれた声を出す。


「殿下とちゃんと話せたか?」


「うん! ビシッと捨て台詞を吐いてきたわ!」


 トバリは苦笑しながら「さすがだな」と感慨深げに呟く。すると幌からフレスカが顔を覗かせる。


「ユーリ。さあ、帰ろうか」


「……うん!」


 ユーリは目を細めて、馬車に飛び乗る。そしてフレスカに抱きついた。


「ふふふ、甘えん坊だな」


「本当だ。でっかい子どもだな」


 フレスカに釣られて、トバリも小さな笑い声を漏らす。ユーリは頬を膨らませてから、フレスカの灰色の瞳を覗き込むように顔を上げる。


「それにしてもびっくりしちゃった。フレスカさんがジェイドとも交流があったなんて。どうして教えてくれなかったの?」


 実は昨日の夜に「明日、王太子殿下にカチコミ……いや、謁見しに行かないか?」と急に言われていた。するとフレスカは笑みを浮かべたままユーリの頭を撫でる。


「一度、ユーリを脅しているからね。いつかユーリがお礼参りをするために今日まで交友関係を広げていたんだ」


「そっか」


 それ以上、フレスカはなにも言わなかった。横目でトバリを見つめれば、彼は進行方向を向きながら馬車を動かしている。


(本当は嘘だって知っているんだからね)


 フレスカとトバリには、ユーリが知らない秘密がある。


 二人が話してくれるまで暴くつもりはないが、大切な人との繋がりをより深めるためにもすべて知りたいと思うことは愚かなことだろうか。


(物わかりでいい子でいたかったけど、ロズウェルと出会ったせいで貪欲になっちゃったかも)


 灰紫色の瞳に恍惚した光を宿すと、フレスカに声をかけられる。


「ユーリ」


「なあに?」


「ちゃんとロズウェル君にウィオラケムの魔剣を継承する意味を教えてあげるんだよ」


「ぐふっ」


 思わずせき込むと、トバリが苦笑する。


「あいつそういうのに疎そうだから、ハッキリ言ってやれよ」


「うっ、はい」


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