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第46話 『死んで花実が咲くものか』


 人間の魔物の居場所はすぐに見つかった。


 二層から三層を行き来できる階段の前でたたずんでいたが、先ほどよりも鍛えられた体躯が再現されている。


(へえ、本当に僕を真似ているのか)


 ロズウェルはそれを遠くの遮蔽物から確認し、背後にいたユーリに頷きかける。


「行くぞ、相棒」

「勝つわよ、相棒」


 どちらからともなく勝気な笑みを浮かべ、拳をつき合わせる。ロズウェルは右から、ユーリは左から回りこむように息を合わせて飛び出す。


 同時にアルティリエの光魔法で周囲を照らす。


 魔物は襲撃に気づいて、真っ黒な靄を周囲に撒き散らしてから、ロズウェルたちにめがけて風魔法のような斬撃を繰り出す。


(斜め切り、真横、足狙い、いろんな角度から斬撃が飛んでくるけど、アレスとイーディス、あとはトバリさんの剣技のほうがもっと容赦ない)


 それなのにアレスとイーディスが苦戦したのは、この靄のせいだろう。


 靄の刃を見切って生身で避けることはできる。だが、寸前のところで刃から棘のような突起が生え、足や腕をかする。


(いてぇな)


 傷口が焼けるような熱を帯び、ロズウェルは痛みによって顔を顰める。


(だが対策済みなんだよ‼)


 ロズウェルのポシェットにはさまざまな種類の茶葉がある。


 そのときに必要な茶葉を調合して、水魔法によって水出しした薬膳茶の小瓶をユーリとアルティリエに配っていた。


 ロズウェルは魔物に見せつけるように自分用の小瓶を開けて、薬膳茶を一滴だけ舌の上に落とし、口内を湿らせる。すると傷口の熱が引いた。


 もとより毒耐性があるが、わざと煽る。


「……⁉」


 魔物は全身が黒紫色なので表情がない。だが、「アアアアア! てめぇ‼」と怒りで地団駄を踏んでいるように見えた。


 これで攻撃がロズウェルに集中し始める。


「行くぞ、もうひとつの相棒」


 ロズウェルは質素な剣を抜いて、飛んでくる靄を叩き斬る。ウィオラケムの魔剣の御霊のおかげか、刃に触れた靄の動きが悪くなる。


(このまま削り取っていこう)


 ユーリもアルティリエの支援を受けて、剣に浄化の作用を持たせて靄を薙ぎ払っていき、魔物に徐々に近づいていく。


(おそらく、あの魔物は僕を吸収してさらに強くなろうとしている。攻撃は僕に集中させて、討ち漏れた攻撃はアルティリエが魔法で防ぎ、無防備になったところをユーリがトドメを刺す)


 勝ち筋はできている。あとは勝ち筋から踏み外さないように対応するだけだが、現実はそう甘くはない。


 魔物が杖を地面に突き刺し、靄が地面を這った。


「ユーリはその場で跳躍、アルティリエは後ろに五歩下がれ‼」


 《氷晶の庭園》は対象を囲むように地面に氷の粒が這うと、接地面を目がけて氷の刃が吹き出し、次々と花がほころぶように氷の結晶が芽吹いて対象を切り刻んでいく魔法だ。


(詠唱がない分、地面に靄が這ってから切り刻むまでの時間は僕より速いが、攻撃の持続時間が短いのは幸いだな)


 ロズウェルのいまの魔力量は魔剣の力も合わさって《三十八》ある。本家本元の《氷晶の庭園》の消費量は《二十》だ。


(一発ならいける。その前に餞別をくれてやる)


 夜明け前のような濃紺の瞳を細め、呪文を唱える。


《それは繁栄の葉であり叡智の葉》


 詠唱が始まると、魔物の頭部に白い光の輪ができる。


摘採(てきさい)萎凋(いちょう)揉捻(じゅうねん)、玉解き、発酵、乾燥――茶摘みからの情景》


 その瞬間、白い光の輪が数枚の茶葉となって宙を舞う。


 魔物は杖を持った手をだらりと下げ、呆然と天井を見上げた姿となり、完全に動きが止まった。


「いまだ! ユーリ‼」


 ロズウェルの言葉に後押しされるように、ユーリはマフラーをなびかせて駆け出す。


 コアである心臓を目掛けて剣を構えたとき、魔物は洗脳に気づいたのか、急に全身を掻くようにもがいた。


 あともう少しでユーリの剣先が心臓を貫くというところで、魔物は自分の体を守るように靄で覆う。


「きゃっ!」


 ユーリは靄によって体を弾かれ、ゴーグルと共に宙に投げ出される。ロズウェルは駆け出して彼女を抱きかかえるが、彼女は利き腕に怪我を負っていた。


 治療魔法を使いながら、一度後退する。


 だが魔物は攻め時だと思ったのか、ロズウェルに狙いを定めて風魔法のような斬撃を繰り出す。地面をえぐり取るほどの攻撃に、ロズウェルはユーリを抱きかかえたまま避けていくが、棘のような突起によって再び手足に傷を負う。


《雪の結晶よ》


 聞こえたのは、しんと静けさをまとった声だった。アルティリエが呪文を唱え始めたのだ。


六花(ろっか)十二花(じゅうにか)、樹枝のごとく、幾重に形を変えてひとつとなる》


 杖の先端についている青い石が光を帯びていき、雪の結晶が枝を広げるように大きくなっていき、万華鏡のような複雑な模様を生み出していく。


 そして、六つの三角形に分かれると、ひとつひとつが短剣となる。


《薄刃であれど、氷の花を咲かせて一閃、汝に貫けぬものはない》


 魔物の斬撃がアルティリエに向かうが、それよりも早くアルティリエの魔法が完成する。


《六花の刃》


 六本の短剣が魔物に襲いかかる。


 魔物は靄で短剣を包み込むが、その瞬間、靄が凍り付いて粉々になった。


 しかしナイフの勢いは止まらない。魔物は後退するが逃げきれずに、岩壁に縫い付けられるように、髪、手、足に六本の短剣が刺さり、一部を凍らせて固定した。


「お兄さま! トドメを!」


「ああ!」


 ロズウェルはユーリを瓦礫の遮蔽物の裏に寝かせたあと、剣を構えて駆け出した。心臓に狙いを定めて距離を詰めるが。


「は?」


 魔物の全身が霧散して、目の前から姿を消した。


 黒い靄はすさまじい速度でロズウェルの頭上を通り過ぎると、獣のように四つ足で天井に這いつくばってから、アルティリエの背後に降り立ち、再び黒紫色の人型になる。


 魔物は手を伸ばし、アルティリエの頭をつぶそうとする。


「させるか‼」


 ロズウェルは魔力量など気にせずに、中級の風魔法を無言詠唱で使い、魔物の体を切り刻む。だが、手ごたえがまったくない上に、手はそのままだ。


(ぶっ壊れろ‼)


 今度は氷魔法で上半身だけを固めて、体を粉砕するように蹴りを入れる。


 勢いによって頭と首が切り離され、氷漬けの頭だけが地面に跳ねるように転がるが、ロズウェルが着地して後ろを振り返ったときには魔物はもとの姿に戻っていた。


(靄の量がもとに戻っている。アルティリエから魔力を吸い取ったのか⁉)


 反撃だ、といわんばかりに、靄による斬撃がロズウェルに襲い掛かる。


(……っ‼ 避ける時間すら与えくれないのかよ‼)


 この化け物め、と呟いた瞬間。


《大地の結晶よ、聖域はここにあり、我らを守りたまえ》


 ロズウェルと魔物を隔てるように、防護魔法による結界が貼られた。


 ユーリが気配を消して魔物の背後に飛び込み、剣を右肩から斜めに振り落とす。


 心臓を斬られる前に、魔物は四つ足で再びロズウェルたちから距離を取り、人型に戻ると杖を地面に突き刺した。


「まずい! 二回目の《氷晶の庭園》が来る!」


 この場から逃げ出す時間も遮蔽物もない。ロズウェルたちは一か所に集って、それぞれ防護魔法を使って、三重の結界で守りを固める。


 二回目の《氷晶の庭園》は防ぐことができた。だが、三回目となると、外側の結界にヒビが入り、四回目では内側の結界にまでヒビが入った。


 結界に入ってしまえばその場から逃走できない。耐えることしかできない。


 そして、五回目の《氷晶の庭園》によって、結界がパリンッと割れた。


 地面からすさまじい勢いで黒い刃が噴き出してくる。


 ロズウェルは自分の攻撃の軌道をよく知っていた。


 歯を食いしばり、口鳥との戦いやトバリとの戦いを思い出しながら、ユーリとアルティリエを守るために斬撃を剣で叩き割っていく。


 しばらくして、攻撃が止んだ。


「はぁ、はあっ、ユーリ? アルティリエ?」


 二人の返事がない。ハッとして振り返ると、彼女たちその場で倒れていた。全身には切り傷があり、息が荒く、毒に侵され喉や胸を押さえている。


 ロズウェルは血がついたゴーグルを取りながら彼女たちに近付こうとするが、なにかに首を掴まれた。


 いつの間にか魔物が目の前にいた。


 心臓はすぐそこにあるのに、剣を持つ右手は魔物の靄によって固定され動かない。しかも呪文を唱えられないように、指らしきものを口に突っ込まれた。


 刺激臭と苦みと痺れによって、涙と嗚咽が止まらない。


 魔物の顔らしき頭部が近づいてくる。輪郭があるだけで目や鼻、口などはなにもない。


 だけど近づくたびに、鏡のように目の縁、鼻、唇が浮き出てきた。


 飲み込まれる。


(僕はまだ、人生を満足に生きていない)


 ユーリに助けられた命が、ここで終わるのか。










 ――嫌だ。


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