第43話 『魔導士界隈の唯一の良心による連携』
久々に会った妹は、満身創痍でボロボロだった。
ロズウェルは顔を顰めたまま、彼女の状態を確認するように両頬に手を添える。
「顔に傷なんかつくって……! いま治してやるからな」
すると、アルティリエはすまし顔になってロズウェルの手をはねのける。
「この程度の傷、自分で治せます。お兄さまが魔力を消費する必要はありませんわ」
「……相変わらず辛辣だな」
ロズウェルが苦笑すると、アルティリエは「そんなことより」と上目遣いをする。
「一人で頑張った、わたくしを抱きしめてくれませんか?」
彼女は自分で言っておいて照れているのか、色白い頬が熱を帯びて真っ赤に染まる。精一杯の甘えに、ロズウェルは嬉々として愛しの妹を抱きしめる。
「アルティリエ、無事でよかった」
そのまま頭をぽんぽんと撫でると、視線を感じた。振り向くとユーリが神妙な顔で手のひらにメモを書くような仕草をしていた。
「ユーリ、なにをしているんだ?」
「えっ? えっと。今後の参考というか」
「?」
ロズウェルが首を傾げていると、アルティリエが腕の中から顔を覗かせる。
「お兄さま、こちらの方は?」
「ああ、僕の相棒だよ」
「相棒?」
ロズウェルはアルティリエを解放すると、ユーリを紹介する。
「彼女は救助隊オルヌスの隊員で、僕の相棒を務めているユーリだ」
「まあ、そうでしたの!」
アルティリエはアクアマリンを思わせる瞳をぱっと輝かすと、ユーリの手を取る。
「ご挨拶が遅れました。わたくしはアルティリエ・アークトゥルスと申します。お兄さまのことでずいぶんと苦労されたでしょう」
「おいおい、初対面でいきなりそんなことを聞くな」
ロズウェルが呆れ顔でたしなめると、ユーリはきょとんとしてから陽だまりのような笑みを浮かべる。
「苦労をかけているのは私のほうだわ。でも、お互いの得意と不得意を補いながら成長してきたの。アルティリエさんのことは彼から聞いていたわ。だから会うことができてすごく嬉しい」
ユーリの言葉にアルティリエは息を呑んでから、春風のように柔らかく微笑む。
そのとき、ドンッ、となにかが暴れる音が遠くから聞こえてきた。
「魔物が僕たちを探しているのか?」
「おそらく。魔法で入口に鍵をかけましたが、そのうち破られます。この奥に進むと、結晶が生えた道に出ますので移動しましょうか。結晶は数回ほどなら斬撃に堪えてくれますから」
彼女は一人で逃げながら情報を集めていたようだ。
「戦意は失っていないようだな」
するとアルティリエは誰に向かっているの? と言わんばかりに首を傾げる。
「わたくしがアレスさま、イーディスさま、ナディムさまを地上に逃がしたのは、自己犠牲ではありません。全員で生還するためです。死ぬまで戦えという家訓なんてクソくらえですわ」
「……その言い方。お前、ますますお母さまに似てきたな」
ロズウェルがげんなりする一方で、ユーリは「私、アルティリエさんと仲良くしたいな」とにこにこ笑っていた。
アルティリエは「わたくしもです」と微笑んでから、鋭い視線をロズウェルに向ける。
「あの魔物はお兄さまが生み出したようなもの。お兄さま自身がけりをつけるべきです。だからここで合流できて本当によかったです。まあ、お兄さまに仕組まれたようなものですが」
「どういうことなの?」
ユーリの問いに、アルティリエは「救助隊の煙玉はお兄さまから貰ったものなのです」と告げる。
「ちょっと待って、ロズウェルはいつアルティリエさんに煙玉を渡したの? そんな素振りはなかったわ」
「豊穣祭の一日目に見慣れない老人をバルロ教会まで送り届けただろう? あれは変装した父上だったんだ」
「えっ」
ユーリは素っ頓狂な声を上げて息を呑む。するとアルティリエが苦笑した。
「なんだかんだお父さまも甘いお人ですから。お兄さまが救助隊に入隊したと聞いて、様子を見に行ったのですよ」
「だから僕はアルティリエに危険が及んだときに助けに行けるように、念のため手を打ったというわけさ」
ロズウェルは老人の正体に気づいていたが、言及しなかった。おそらく父親はそのことに気づいていた。
(甘い男なのはお互い様だからな)
変なところが似てしまったと苦笑しつつ、ロズウェルは魔物に想いを馳せる。
先ほどの《氷晶の庭園》を再現した攻撃を見てしまったからには、のこのこと地上に帰ることはできない。
ロズウェルたちは水晶が生えた道に出ると、岩肌のくぼみに隠れて小声で話す。
「さて、作戦会議だ。二層には各地の救助隊員が七人、あとはアレスたち三人がいる。手数が多いほうが有利を取れる。彼らと合流するのが得策だが……」
アルティリエは苦悩の表情を浮かべる。
「あの魔物は最悪なことに、二層と三層を繋ぐ階段付近を巡回しています。隠れ忍んで、救助隊のみなさまが三層にやってきたときに魔物を挟み撃ちにすることができるかもしれませんが、いつ来るかわからない上に、隠れ忍ぶために魔力を消費する余裕はありません。できることならわたくしたち三人で決着をつけたい」
ロズウェルの魔力量は《十》のままだが、ユーリが《十八》、アルティリエは自分の体の傷を治したことで《十六》となり、ジリ貧だった。
「だが、アレスたちが四対一で厳しかったのに、いまの僕たちで太刀打ちはできないだろう」
「あのときは正体不明の魔物と認識していましたから、手探りなのもあって本気を出せませんでした。でもいまは違う。あれがお兄さまを真似ているなら対処法はいくらでもあります」
心強い発言だが、ロズウェルはなんとも言えない気持ちになる。
「それでも魔力は足りないだろう。高濃度魔力回復薬はないのか?」
「……割られました」
「大丈夫。私、持っているわよ。ほらって……え⁉ 割られている⁉」
ユーリがポシェットから小瓶を取り出そうとすると、粉々になって割られていた。
なんとも言えない空気が流れる中、アルティリエが「実にお兄さまらしい狡猾な魔物です」と呟くため、ロズウェルはつい「すまない」と謝ってしまう。
「あれ、でも僕のお茶セットは割られていないぞ⁉ 魔力の巡りを良くする効果を持つ茶葉があるし、毒を軽減する茶葉もあるから、とりあえずお茶を飲もう」
ロズウェルがいそいそと準備をし始めると、アルティリエとユーリは険しい顔をして見合わせたが、やがて気が抜けたように笑った。