表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/49

第42話 『過去と向き合う覚悟はできたか』


 迷宮の出入り口である大きな穴の先は、よく見ると緩やかな坂となっているが、日の光がすぐそこで途絶えている。


(真夜中よりも濃い黒だ)


 例えば夜更けに明かりのない部屋を見回しても、ベッドや窓の輪郭がおぼろげにわかるが、ここではそれが通用しない。自分の手のひらを顔に近付けても見えないほどの闇が視界を遮る。


 そこでレイノルドを筆頭とした魔法を得意とする救助隊員が、光魔法で球体を作ると、辺りを照らす。


 岩肌がごつごつとした洞窟が、ロズウェルたち救助隊員を待ち受ける。


 しばらく歩くと、空間が広がったところに出た。光魔法で周囲を照らすと、道が三つに分かれている。


「最深部の最短ルートはこちらです」


 アレスが指さした道の先から、チチチッと鳴き声が聞こえる。


 次の瞬間、鼠の魔物が数十匹ほど駆け出してきた。鼠といえどもロズウェルの腰丈まである大鼠だ。


「三分以内に仕留めますよ」


 真っ先に前に出たのはアルタレスの責任者である物腰柔らかな初老の救助隊員だった。


 彼に続くように各自の武器で魔物を討ち取っていく。


(ゆっくり進んでいる余裕はない)


 鼠の魔物を仕留めたあとは、周囲に気を配りながら駆け足で迷宮を進む。


 一層から二層など、下に降りるには二つの方法がある。


 まずひとつは、その辺にある地面の亀裂に飛び込む方法だ。穴の隙間には小型魔物の巣になっていたり、穴の先が行き止まりになっていたり、デメリットのほうが多いが、稀に最下層まで繋がっている場合がある。


 もうひとつは、崩落に巻き込まれた建物の階段を利用する方法だ。階段の原型をととどめていて、なおかつ地下に繋がっている階段が各層に数か所ある。


 今回は後者である階段を利用して二層目に進んだ。


 二層目は屋敷や建物の瓦礫が多く残っていて、天上からソファの脚が生えていたり、地面には扉がめり込んでいたりと、歩きづらい。そんな中で容赦なく魔物が襲い掛かって来るため、対応に追われる。


「あまり壁を傷つけるなよ! 崩落したら俺たちはまず助からない!」


 トバリの声に、誰もが細心の注意を払って攻撃を続ける。レイノルドは風魔法の鋭い斬撃で現れた兎の魔物を対処するが、討ち漏らしがないようにすべての攻撃を魔物に当てた。


 ロズウェルがつい口笛を吹くと、アレスに呼び止められる。


「なあ、ロズウェル、ちょっといいか」


「どうした?」


 彼は気まずそうに顔を顰めていた。よほど言いづらいことがあるのか。


「人間の魔物について気になっていたことがある。あれが未知なる魔物と思い込んでいたときから、なんとなく既視感はあったんだが……人間の魔物だとわかって確信した」


「なんだよ、もったいぶるなよ」


 アレスがロズウェルの右腕を掴んだ。そして夜明け前の空のような濃紺の瞳を見つめる。


「あいつの斬撃はお前の――」


 そう言いかけたとき、グラッと地面が揺れた。パラパラと頭上から小石が落ちてきて、ロズウェルたちは咄嗟に身をかがめる。


 揺れは五秒間続いた。


 誰もが息を呑み、崩落に備えて身をかがめていた。揺れが止まってからしばらくして、ゆっくりと立ち上がると、状況確認するために一か所に固まる。


「俺たちの先ほどの戦闘で地盤にヒビでも入っていたのかもしれないな」


「いや、それはどうだろう」


 アレスと肩を並べて歩いているとき、ユーリが叫び声を上げる。


「ロズウェル、頭上‼」


 反射的にアレスの背中を思い切り押す。彼は「おまっ、また助けやがって‼」と叫んだが、頭上から石が落ちてくる音で最後の台詞はかき消される。


「うわっ」


 ロズウェルは石を避けるために数歩下がったが、それだけでは避けられないと悟り、その場から駆け出す。


「ロズウェルこっち!」


 ユーリがいる方向に大きなくぼみがあった。勢いよくそこに飛び込む。


 その瞬間、耳をつんざくほどの音が雷の如く降り注いだ。なんと頭上が崩落したのだ。


 大小さまざまな石や砂が落ちてきて、その振動によって地面が再び揺れる。粉塵が視界をふさぎ、ユーリが防護魔法による結界を貼って、互いの体を支えるように身を縮ませる。


 しばらくすると、本隊と切り離される形でロズウェルとユーリだけが孤立していた。


「トバリさん‼ レイノルド‼ 聞こえるか‼」


 隙間なく石と砂が壁のようになっていて、声をかけても返事が聞こえない。


(まずいな。通信石はトバリさんが持っている)


 ロズウェルたちは周囲を見回すが、背後はただの岩肌で行き止まりだった。


(クソッ、閉じ込められたか)


 ユーリの魔力量なら転移魔法が使えるが、再び『ヒスイの迷宮』を探索する余力がなくなってしまう。


「ロズウェル、見て。そこに亀裂ができている」


 彼女の視線の先には、横向きでなんとか通れるほどの亀裂があった。手をかざすと風が吹き出している。


「行くしかないな」


「そうね」


 ロズウェルが先に中に入る。三歩ほど横向きに歩くと、急な坂が現れた。天井が低いため、しゃがみながら下っていくと、広い空間に出る。


 ユーリの光魔法で周囲を照らすと、二人して息を呑む。


 壁は薄いピンク色で、天上には青空の絵が広がっている。まるで豪華な屋敷の一室に転移魔法で訪れてしまった気分だ。


「ここ、どこだ」


「子ども部屋かしら……」


 この一帯だけ平和に見えるが、よく見ると、タンスやベッドは岩によって押しつぶされていたり、窓の外は岩肌で床にはガラス窓が散乱して歩きづらかった。


「見て、扉がある」


 ユーリが指さした先には一段と豪華な扉があり、隙間からは空間が見えた。ロズウェルとユーリが顔だけのぞかせると、どこかの屋敷の廊下となっていた。壁や床にひび割れがあるが、普通に歩けそうだ。


(この一帯だけ、当時のまま残っているのか)


 おそらくここは最下層に当たるが、ロズウェルが知らない区画だった。どの辺りだろうと脳裏に浮かんだ地図と照らし合わせていると、ユーリが魔力探知を使う。


「魔物の反応はどうだ?」


 ロズウェルが問いかけたとき、ユーリは息を呑む。


「もうそこにいる」


 ゆらり、と廊下の角から黒い靄と人影が見えた。同時に、靄が地面を這うように広がる。


 ロズウェルはそれを見て、真顔で告げる。


「ユーリ、合図したら飛べ」


「え?」


「飛べ‼」


 ロズウェルの叫び声と同時に、地面の靄が刃のように噴き出した。


(ああそういうことか)


 苛立たし気に舌打ちをする。


 跳躍することで攻撃をかわしたと思いきや、足に刃がかすった。服越しに線上の傷ができ、血がしたたり落ちる。


(人間の魔物と判明してからずっと心に引っかかっていたことがある)


 人間の容姿は多岐にわたる。では魔物は()を真似たのか。


 いまの黒い靄による攻撃は、ロズウェルが生み出した《氷晶の庭園》に似ている。


 魔物の体を覆っていた靄が一時的に減り、輪郭があらわになる。


 その魔物は成人男性のような体躯を持ち、腰までの長い髪を持っている。そして右手には杖のような黒い棒を持っていた。


 ロズウェルは冷ややかに、だが、焦りも含んだ声で嘲笑する。


「僕かよ」


 人間の魔物はロズウェルを真似ていた。しかも、最強だった姿で。


 魔物は杖を構えるような動きを取った。ロズウェルとユーリは剣を抜き、迎え撃とうとする。


「二人とも、体力を消耗するだけです。こちらへ」


 しんしんと降る雪のように静けさをまとった女性の声だった。


 ロズウェルは唇を噛みしめると、弾かれるようにユーリの手を引いて声が方向へ走り出す。


 そこは物置のような部屋だった。


 ロズウェルとユーリが部屋に入ったのを確認してから、女性は呪文を唱え、扉に魔法の鍵をかける。


「念のため奥に行きましょう」


 女性は呪文なしで光魔法を使い、周囲を照らした。


 そこには腰まで真っすぐ伸びた銀髪をひとつに束ね、片手に杖を持った少女がいた。


 色白な肌には細かい傷がいくつもできていて、足を怪我しているのか、純白のローブの裾には血がべったりとついていた。


「……アルティリエ」


「お久しぶりですね、お兄さま」


 目の前に、最愛の妹がいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ