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第41話 『お前ってそういう奴だったのか』


「よし。王太子殿下から許可が得られた。救出する算段をつけるぞ!」


 トバリの声に、各救助隊員が大きく頷く。


 アルティリエはロズウェルよりもやや魔力量が劣るが、強さは互角だ。いまこの瞬間も魔物から身を隠してやり過ごしている可能性が高い。


 アルタレスの救助隊からは三人、ラサエスの救助隊からは二人という、ここに駆けつけた三分の二が迷宮に入る。


 地上はラサエスの屈強な責任者が指揮を執る。一方でオルヌスは全員で参加する。


「俺たちは二人一組で行動するのが基本だ。だから四人全員で行くぞ。地上の魔物はほかの部隊に対応してもらおう」


「そうですね、迷宮内の空気に当てられて、地上の魔物が凶暴化しますから」


 トバリの言葉にロズウェルが同意すると、アルタレスの責任者である物腰柔らかな初老の男が近づいてきた。


「お話し中すみません。あなたがロズウェル・アークトゥルス殿ですね」


「はい、そうですが」


「あなたは一度、未知なる魔物と戦っていますね? 救助活動にその魔物の攻略が欠かせません。当時の状況をお聞かせください」


 どうやら先ほどアレスの会話に出てきた元仲間がロズウェルだと知っているようだ。もちろんです、と頷く。


 ロズウェルは隊員たちの輪に入り、二か月前に未知なる魔物と遭遇した際は、真っ黒な靄のような姿のことや、動物の原型がなかったこと、そして風魔法のような攻撃があることを告げた。


「先ほどアレス殿の話でも黒い靄が出てきましたね」


 アルタレスの初老の責任者の言葉に、ラサエスの責任者が太い腕を組みながらぶっきらぼうに問う。


「前回も今回も、アレス殿は未知なる魔物を見ているよな? 変化はあったか?」


 アレスはややあって口を開く。


「まず黒い靄に毒症状が追加されてします。そして刃の形を真似て攻撃してきますが、避けようとしたところで、刃の形を変えてかすり傷を負わせてきます」


 トバリがうわっと顔を顰め、しゃがれた声を出す。


「そのかすり傷から毒が流れ込むのか……厄介というか、強化型以上の危険な魔物だな」


 するとアレスはさらに言葉を続ける。


「あとは魔物がどの動物を真似ているかですが、前回は遠目で確認したこともあって姿形を特定できませんでしたが、今回は接近戦を何度か行ったおかげで、靄の中に二本脚を確認できました」


 ロズウェルはそれを聞いて、頭の中に二足歩行ができる生き物を思い浮かべる。


(二足歩行かぁ。なかなか思いつかないな)


 各々が苦い顔をして考え込んでいると、「ちょっと待ってくれ!」とイーディスとナディムが身を乗り出す。


「私は三本に見えたぞ!」

「ぼくは四本に見えた!」


 口に出してから、イーディスとナディムは顔を見合わせて困惑する。するとレイノルドが「まるでなぞかけのようだな」と呟いた。


(なぞかけか……そういえば)


 幼い頃にアルティリエとこんなやり取りをしたことがある。


『ねえ、おにいさま。姿はひとつしかないのに、朝は四本、昼は二本、夜は三本と、足の数が変わる生き物ってなあに?』


『えー、なんだろう』


『もっと興味を持ってください‼』


『ごめん、ごめん。でもどうせあれだろう? ほら――』


 脳裏に当時の答えが浮かんだ瞬間、ロズウェルは片手で口元を押さえ、息を呑む。


「人間だ」


 その発言に、周囲が静まり返る。


「アルティリエと子どもの頃になぞかけをしたことがあります。朝昼晩は人間の一生になぞられていて、四本に見えたのは赤ちゃんのときに両手と両足を地面についていたから、二本に見えたのは成人をあらわしていて、三本に見えたのは老いて杖をついているから」


 足が二本に見えたのは人間としての立ち姿で、三本に見えたのは武器を握っているからだろう。そして四本に見えたのは、獣のように両手を地面につけて這いつくばっていたからか。


 レイノルドがごくり、と息を呑む。


「人間を真似るのは不可能ではなかったのか……?」


「そうだね。真似るまでに時間がかかりすぎてマナが枯渇してしまうから、手ごろな動物に変化しやすいと言われているけど」


 ロズウェルたち若者は険しい顔をして再び押し黙る。だが沈黙を破ったのは、アルタレスとラサエスの責任者たちだった。


「おや、人間の魔物ですか。もう未知の魔物ではなくなってしまいましたね」


「人型とわかれば対処法はいくらでもある。俺たちは人命救助のプロだ。急所は知り尽くしているからな」


 心強い発言に、この場にいる誰もが鼓舞される。


(た、頼もしすぎる……! カッコいい‼)


 ロズウェルが目を輝かせると、トバリが肩を組んできた。


「人間も生き物だ。いつ人型が現れてもおかしくはないと思っていたからな。きっとお前の妹はそのことに気づいて上手くやり過ごしているはずだ。最短距離で駆けつけるぞ」


「はい!」




◇◆◇

 内部の地図をもとに、トバリを筆頭とした責任者たちが進路の最終チェックをしているとき、ロズウェルはポシェットに入れていた水筒を取り出す。


 乾燥させた茶葉が入った小瓶を数種類取り出し、茶葉を調合して水出ししてから三人分のコップにお茶を注ぎ、器用に両手で持ってアレスたちのもとへ向かう。


「薬膳茶だ。体調が整うから飲んでくれ」


 彼らは万全ではないが、『ヒスイの迷宮』を探索することになっていた。


(まさか、また一緒に探索する日が来るなんて)


 内心で複雑な思いを抱いていると、アレスは先ほどとは打って変わって、子どものような感情をむき出しにする。


「憐れんだ目でこっちを見るなよ」


「え?」


 そんなつもりは一切なかった。ロズウェルが戸惑って狼狽えると、アレスは顔を顰める。


「ちくしょう‼ なんで俺たちはいつもお前たちに守られなければならないんだよ‼」


 彼はせき止めていた想いを溢れさせるように叫んだ。


「あのときもそうだった! お前は欠損して意識が朦朧としながら転移魔法を使って、俺たちだけを地上に戻したんだ‼」


「……うん。そうだね」


 控えめに眉を寄せれば、アレスは思い切り歯を食いしばる。その両隣ではイーディスとナディムがいまにも飛びかかりそうなアレスを羽交い絞めしていた。


「まさかアルティリエも同じことをするとは思わなかったぜ! なんでお前らはいつも犠牲になろうとする‼ そんなに俺たちは頼りないのか⁉ いや、頼りないよなぁ‼ お前が血だらけで迷宮の出入り口に戻ってきたときは、知らねえ奴に抱きかかえられているし、俺たちは見ていることしかできなかった‼」


 強い感情がロズウェルの胸に突き刺さる。


 彼らにそんな顔をさせたくて、あのとき地上に逃がしたわけではない。だが、自己満足だったのかと考えかけて、首を横に振る。


「いや、心強かったさ」


 ロズウェルが声に出すと、アレスたちは目を見張った。前までのロズウェルなら言われっぱなしのまま押し黙っていたからだ。


「僕たちアークトゥルス家の人間は、自己犠牲で本懐を遂げることを理想としていた」


「はあ? 聞いたことねぇよ」


「そうだね。話したことなかった。ごめん、僕たちはもっと会話をするべきだったんだ」


 ロズウェルが泣き笑いしながら告げると、アレスは肩の力を抜いた。


「変わったな、お前。俺たちよりも信頼できる仲間に出会えたのか。さっきの威勢がいいお嬢さんとか」


「おい、言い方‼」

「気持ちはわかるけど」


 すかさずイーディスとナディムがたしなめる。


「そうだよ。僕は変わった。それをいまから証明しにいく。だからもう一度、僕という人間を見てほしい。向き合ってほしい!」


 ロズウェルは、イーディス、アレス、ナディムの目を順番に見つめていく。


「僕は……君たちとちゃんと友だちになりたいんだ!」


 いまさら都合のいい話だとはわかっている。彼らとパーティーを組むことは二度とない。だが、肩を並べることができる友人でありたい。


 ロズウェルが拳を握ってうつむくと、アレスが口を開く。


「ごめん、見舞いに行けなくて。お前の隣に立つ自信を失って、いまさらどんな顔をして会えばいいのかわからなくなっちまった」


 ハッとして顔を上げると、アレスが顔をくしゃくしゃに歪めていた。


「……そんな俺たちでも、改めて必要としてくれるのか?」


「ああ……ああ! アルティリエの救出のために君たちの力が必要だ!」


 ロズウェルとアレス、そしてイーディスとナディムは両手を伸ばして抱きついた。


 しかしロズウェルはお茶を放り出すことはできず、コップを地面に置いてから腕を広げると、元仲間たちは「お前マジでぶれないな」「この奇公子」「まあでも生きてまた会えることができてよかったよ」と笑って、短くなった銀髪を撫でくり回した。




◇◆◇

 ロズウェルは苔が生えた石畳の上に立つと、迷宮の入り口と呼ばれる、巨大な六本の石碑に囲まれた大きな穴を見つめる。


 迷宮管理機関『ドルイド』によって白くて薄い膜のような結界が貼られているが、いま、それが解かれた。


 魂の行き場を失くした人たちの悲鳴のような音が、風と共に吹き出してくる。


 ここは、魔導士だった己が死んだ場所。


 戻って来てしまった。いや、戻らなければならなかった。


 迷宮に取り残された妹を助けるために。


 過去の自分を超えるために。


 振り返ると、金糸の髪を持つ少女がいた。彼女の前髪越しに、灰紫色の瞳が見える。


 相変わらず、鮮烈な気高さを秘めている色だ。


「行こう、相棒」


 ロズウェルは少女に手を差し伸べた。


「もちろん」


 彼女は勝気な笑みを浮かべ、手を取った。


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