第40話 『小さな背中が頼もしい』
ロズウェルはかつての仲間たちの姿を改めて見て、表情をこわばらせる。
(アレスとイーディスの胸当ての傷がひどい。剣も欠けているじゃないか。それにナディムの弓の弦も切れている)
彼らの頬や腕、そして足についた傷は治癒魔法によってふさがっているが、衣服の破れは直しようがないため、そのボロボロ具合を見れば激しい戦闘のあとだと想像できる。
三人はロズウェルの姿を見て呆然としていたが、気まずそうに顔を逸らした。
「救助隊オルヌス現着した。俺たちが最後だな」
トバリは各地の救助隊員に声をかけた。するとアルタレスとラサエスの救助隊の責任者たちが頷く。
「お久しぶりですね、トバリ」
「鳥の名前がついているくせに遅いぞ」
「悪い悪い。戦況は?」
トバリが問いかけると、背後で気配が揺れた。
勢いよく振り返ると、頭から足先まで白い衣服に身を包み、頭にオークの葉の冠を乗せた『ドルイド』の使者が二人いた。
「みなさまお揃いですね」
「ではアレス様、イーディス様、ナディム様。改めて状況説明をお願いします」
二人の使者は心なしか薄ら笑いを浮かべていた。切迫した状況の中でよく笑えるものだと、この場にいた誰もが顔を険しくする。
そして、栗毛の男が一歩前に躍り出て、その場で跪いた。
「この度は我々の仲間の救助活動のために集まっていただき、ありがとうございます。部隊長を務めるアレスと申します。一時間ほど前、我が部隊の魔導士であるアルティリエ・アークトゥルスが『ヒスイの迷宮』の最深部に閉じ込められました」
アレスは深々を息を吐いたあと、言葉を紡ぐ。
「我々は王太子殿下の命令のもと、魔剣の回収のために『ヒスイの迷宮』を探索しております。ですが二か月ほど前に探索したとき、未知なる魔物と遭遇し、仲間が一人重傷を負いました」
重傷を負った仲間とはロズウェルのことだ。
一瞬だけアレスと目が合ったが、やはりすぐに逸らされてしまった。
「そのときの報告は、各救助隊に情報共有されているはずです。我々は魔剣の回収と、未知なる魔物の調査のためこの度『ヒスイの迷宮』に赴きましたが。先ほど、最深部で全身を覆うような黒い靄をまとった魔物と遭遇し、戦闘となりました。四人がかりで対処しようとしたところ、前回よりも激しい斬撃が四方八方から雨の如く降り注ぎ、さらに靄には毒反応があり、徐々に体力と魔力を削られていき……」
アレスは歯が欠けてしまうほど強く歯ぎしりをする。
「アルティリエが勝てないと判断し、我々三人を転移魔法で逃がし、自身は取り残される道を選びました。彼女は通信石を持っていないため、安否がわかっておりません」
それからアレスは煮え切らない怒りと己の情けなさで体を震わせ、うつむいて黙ってしまった。彼の代わりに口を開いたのは、弓の名手であるナディムだった。
「地上に戻った我々が狼煙を上げ、みなさまに助けを求めました。彼女は大切な仲間です。どうかお力添えを」
ナディムの声に合わせて、アレスの兄であるイーディスも深々と頭を下げた。
『狼煙が上がれば救助隊が駆けつけるのは当たり前のことだろう。なぜお前たちが頭を下げるのだ』
ふと、鼻につく不快なせせら笑いが聞こえた。
ロズウェルは、イーディスの左手首を注視する。そこには緑色の石でできたブレスレットが巻かれていた。
(王太子殿下の通信石か)
不快な声はさらに言葉を並べる。
『まったく。お前らが勝手に狼煙を上げたせいで、大事になったではないか。二度目の敗北の責任は重い。帰ったら覚悟せよ』
「……はい」
『ハッ。せいぜいこの場で無様な姿をさらしてこい。ああそうだ、無様といえば先ほどロズウェルという名前が聞こえた気がしたが、この場にいるのか?』
「それは……」
イーディスが苦渋の顔でロズウェルを見つめる。
ロズウェルは頷きかけるとイーディスのもとまで歩いていき、膝をついた。
「お久しぶりです、王太子殿下」
通信石から『ふははっ』と笑い声が聞こえてくる。
『噂には聞いていたが、救助隊員になってこの場に現れるとは。なんたる縁よ。しかも落ちこぼればかりが集まるオルヌスに入隊するとは! 傑作だな!』
落ちこぼれ、という単語に、ロズウェルは王太子に姿が見えていないことをいいことに、こめかみに青筋を作る。
『お前が魔力器官を損傷して使い物にならなくなったせいで、こっちは大変だったんだぞ。不良品を捨てただけなのに、王宮の役人どもがあのロズウェル・アークトゥルスを見捨てるなんて、とうるさくてな。お前のせいで僕の評価は駄々下がりだ‼ どう落とし前をつけてくれるんだ』
「その節は大変申し訳ございませんでした」
ロズウェルはラピスラズリの雫型の耳飾りを揺らしながら、感情がこもっていない声で告げた。
それを見抜いているのか王太子は不機嫌そうに告げる。
『おい、『ドルイド』の使者よ。ロズウェルを『ヒスイの迷宮』に入れるな、弱いから。あと敗北者も入れるなよ』
その声に、アレスたちの顔が引きつる。一方で、『ドルイド』に使者は声色も顔色も変えずに「承知いたしました」と首を垂れた。
(そうきたか)
ロズウェルはどうやって王太子から迷宮探索の許可を取り戻そうか息巻くと、それよりも早く、ユーリがロズウェルの隣にやってきて口を開く。
「王太子殿下の心中、お察しいたします」
『その声は、ユーリか……⁉』
不快そうな声を上げる王太子に対して、ユーリは淡々と告げる。
「ですが、いま迷宮内では異常が起きています。ここは殿下の故郷でもあります。魔物に好き勝手にされたくはないでしょう?」
『……下民に言われなくてもわかっている。分をわきまえよ』
「申し訳ございません。ただ王太子殿下の本心が心優しきものでしたので、下民を代表して感謝を述べさせてください」
ユーリは下手に出ているはずなのに、遠回しに煽った言い方をする。これにはロズウェルは内心ですごいと称えながら、固唾を呑んだまま成り行きを見守る。
「殿下は私たちを思いやり、一芝居打っておられますね」
『はあ?』
王太子は違うと言いたげに呆れ声を出すが、ユーリは「わかっております。わかっております」となだめる。
「殿下がロズウェル・アークトゥルスたちを迷宮内に入れないのは、彼らがこれ以上傷つくのを止めるためでしょう」
『違う。どうせ後で捨てるのだ。むしろ死ぬまで戦ってこいと思っている』
「なんと! 戦士として本懐を遂げてこいというのが本心でしたか! ではその期待を裏切るわけにはいきません」
ユーリが声を張り上げると、トバリが「王太子殿下の勇気ある采配が下された。我々はそのご采配に従います‼」とその場でかしずく。それに合わせてロズウェルたち救助隊員もかしずいた。
王太子は黙り込んでしまった。しばらくして、盛大な舌打ちが聞こえる。
『腹立たしいが、魔物を倒さないかぎり魔剣の回収はできない。いいだろう、乗ってやる。だがウィオラケムの魔剣は譲らんぞ』
「ええ。分はわきまえています」
『言質は取った。『ドルイド』の使者よ、ジェイド・ウィリディタス・キルクスの名において命ずる。この場にいる全員に『ヒスイの迷宮』の中に入るための許可を与えよ』
「承知いたしました」
それから通信石から声が聞こえることはなかった。
ユーリは通信が切れたことをいいことに、呆れ顔で「それはこっちの台詞よ。私のほうこそ言質は取ったから」と荒々しい口調で呟いた。
ロズウェルは言いたいことがたくさんあったが、咄嗟に彼女の腕に触れて顔を合わせる。
「ユーリ、魔剣のことは本当にいいのか?」
そっと耳元で囁くと、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「私も譲るつもりはないもの。受けて立つわ。さあ、行きましょう!」
小さな背中が頼もしい。
やっぱり彼女はただの女の子ではないようだ。ロズウェルはドキドキと高鳴る胸元を押さえた。




