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第4話 『君に出会えて初めて人間らしくなれたんだ』

(……綺麗だ)


 ロズウェルが少女に目を奪われて呆けていると、徐々に体が降下し始めた。彼女が浮遊魔法を操っているのだろう。


「怪我は大丈夫? ここに座って!」


 地に足がついたとき、少女が駆け寄ってくる。心配そうに眉を寄せる姿に、殺伐とした雰囲気はどこにもない。


(あれ、返事をしたいのに、上手く言葉が出ない)


 無言のままその場に座ると、少女は黒タイツが汚れることをいとわずに両膝をついて、ロズウェルにかけられた外套を取ると、肌がむき出しになった背中の怪我を確認する。


「あなたに気づいてよかった。通りがかったのは本当に偶然だったから」


 少女は腰に巻いていたポシェットから手拭いと水が入った小瓶を取り出し、水を手拭いに染み込ませた。


「はい、これで顔を拭って」


 少女は柔らかい陽だまりのような声で告げる。ロズウェルの顔や髪は猪の魔物の血で汚れていたが、彼女はみじんも臆さない。


「あり、がとう」


 ようやく声が出た。震える手で手拭いを受け取ると、顔を拭く。


(……さっき、救助隊って言ったよな)

 ロズウェルは静かに考える。


 救助隊とは、人命救助活動を目的とした民間組織だ。各都市に存在していて、普段はそれぞれの本拠地でボランティア活動に従事しており、魔物による危機や災害の際は率先して活躍する。


 救助要請は都市や街を治める統括者から依頼されるか、救助隊で取り扱っている狼煙が打ち上がることで駆けつけるかのどちらかだ。


 ロズウェルの場合、そのどちらにも当てはまらない。


(彼女がここにいるのは本当に偶然だろう。だけど)


 北の都市アルタレスでも、王都セルバンでも、『オルヌス』という救助隊の名前は聞いたことがなかった。


「あれ、傷跡が残っている?」


 少女の困惑した声が聞こえてきて、ロズウェルが顔を上げると、彼女は小首を傾げていた。あどけなさが垣間見えて、兄心がくすぐられる。


(……アルティリエと同い年くらいかな?)


 そう思うと、少し口が動きそうだ。

 ロズウェルは咳払いをしてから人当たりのいい笑みを浮かべる。


「最近、これよりもひどい怪我を負ってね。治癒魔法の効きが悪いんだ」

「これよりひどい怪我を⁉ なにをしたの?」

「まあいろいろと」


 ロズウェルが言葉を濁すと、少女はなにも追及しなかった。


「止血は終わっているけど、安全な場所で療養したほうがいいわね。ここから一番近い教会はアルタレスかしら……」


「えっと、アルタレスはちょっと、都合が悪いというか。少し遠いけど、ラサエスの教会は駄目かな?」


 ロズウェルは目的地に近い東の都市の名前を出した。少女は顎に手を当て考える素振りを見せる。


「帰る方向が同じだから問題ないけれど……念のために聞いておくけど、罪を犯して追われているわけではないわよね?」


 少女は真顔のまま腰元の剣に触れた。ロズウェルは慌てて首を横に振る。


「違います違います」


 必死に否定するが、いまのロズウェルの恰好はひどいものだ。

 身に付けていた仕立てのいい上着はボロボロで、武器も荷物もなにも持っていない。

 ここであることに気づく。


(追放された勢いで屋敷を出てきたけど、よく考えたらお茶以外の荷物は持ってこなかったな)


 己の生活力のなさを反省しつつ本当に助かってよかったと体を脱力させると、少女の表情が固まっていることに気づいた。


「あの、なにか?」


 恐る恐る問うと、少女は何度か瞬きをしたあと、気まずそうに口を開く。


「えっと、どこかで会ったことなんて……?」


「えっ」

 ロズウェルの口から心臓が飛び出そうになった。


(……⁉ 会ったことがある⁉ 僕と君が⁉)

 すさまじい速さで記憶を探るが、見当がつかない。


 ロズウェルが考え込んでいるうちに、少女は頭を左右に振ってから立ち上がった。


「ごめんなさい。気のせいだったわ。帰還の準備をするために、荷物を取りに行ってくるわね!」


 彼女は近くの木々の茂みを指さして、駆け出した。


「待って!」


 ロズウェルは咄嗟に彼女の右腕を掴む。


「あの、さ」


 言葉を続けたいのに、思考が上手く回らない。しかも心臓がドクドクと大きく脈打ち、口内がむずむずする。でも言葉を発さなければ。


 夜明け前の空のような濃紺の瞳で、彼女の灰紫色の瞳を射抜く。


「君の名前を知りたいんだ」


 声は情けないほど震えていた。目頭がじっと熱くなってきて、頭がくらくらしてきた。


(顔、真っ赤になっているかも)


 自覚するとさらに恥ずかしくなってくる。女性の名前を聞くだけで、どうしてこんなにも緊張しなければならないのか。


(断るなら早く断ってくれ……!)


 目を力強く閉じて少女の答えを待つ。やがて、桃色に染まった唇から吐息が漏れる。

 ああ、やっと女神の名前を知ることができる。と安堵したとき、


「なんで⁉ まだ顔色が悪いわ」


「……え?」


 少女はロズウェルの肩を掴んで顔を覗き込んだ。至近距離で目が合った上に、ベルガモットの香りがふんわりと香る。


「え、あ、ちかっ」


「止血はしたのに、ほかに悪いところがあるの⁉ ちょっと待って調べるから。えっ、なんで毒反応が残っているの⁉ 本当に治癒魔法の効きが悪いんだ……て、これは魔物のせいではないでしょう! なにか悪い物でも食べたの⁉」


 少女は鋭い剣幕でまくしたてるが、一方でロズウェルはお預けをくらった衝撃で頭が真っ白になった。


「えっ……えーと、葉っぱ? それより」

「葉っぱ⁉」


 少女の質問に素直に答えたほうが早く終わると思い、ロズウェルは目を据えながら答える。


「たぶん、あそこにある葉っぱと同じやつだよ」


 口に含んだときは闇夜で見えなかったが、肌触りで大体の形は把握していた。


 ロズウェルが指さした方向にあったのは、紫の花を咲かせた独特なギザギザの葉を持つ植物だった。


「おっと、トリカブトだ。あはは」


 よりによってなんで毒を口にしたのだろう、とロズウェルが悪戯がバレた子どものように笑っていると、すぐさま少女から「アホなの⁉」と悲鳴が上がる。


「たいじょうふ、たいじょうふ、毒耐性あるから」


「呂律が回っていないじゃないのー‼ 急いで治療するから喋らないで‼」


 いやそんなことよりも君の名前、と言おうとして、ロズウェルの意識は途切れた。


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