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第39話 『やっぱりさ、救助隊ってのはこうでないとね‼』

 真っ先に資料室を出たのはロズウェルだった。廊下を走り、階段から飛び降りるように一階に向かうと、基地内にいる隊員が集まっていた。


「廊下は走るんじゃないよ。まったく」


 壁面のほうにいたフレスカが小言を漏らすが、表情がいつにも増して険しかった。

 フレスカはユーリとレイノルドも一階に揃ったところで口を開く。


「先ほど『ヒスイの迷宮』で狼煙が上がった。そこで王太子殿下から迷宮管理機関を通して、アルタレス、ラサエス、そしてバルロの救助隊宛てに救助要請が発令された。『ヒスイの迷宮』の最深部に王太子殿下の配下の一人が取り残されたようだ」


「……‼」


 ロズウェルは顔を顰め、拳を握り締める。


(あいつらが取り残された……⁉ あの魔物のせいか!)


 同時に、王太子の対応も気になった。


 ロズウェルのときはあっさり切り捨てたのに、今回は切り捨てないのか。


 理由はどうであれ、王太子からの命令であれば、かなりの人数が『ヒスイの迷宮』に集まる。


「人命救助のためにオルヌスからも先遣隊を派遣することになった。この中から四名を選出する」


 ロズウェルとユーリが同時に片手を上げた。フレスカは交互に視線を送るが、すぐに目を逸らした。


 ロズウェルは咄嗟に身を乗り出す。


「なぜです、フレスカさん。僕には『ヒスイの迷宮』を探索した経験がある!」


「口を慎め、ロズウェル」


 鋭い声を飛ばしたのは、フレスカの隣で腕を組んでいたトバリだった。


「いまのお前に冷静な判断はできない。それはユーリにも言える。この場のやり取りも人命救助の時間にあたる。時間は有限だ。わかるだろう?」


 わかるけどわかりたくねぇよ‼ とロズウェルは唇を噛みしめて、爪が皮膚に食い込むほど拳をさらに握り締める。


「ロズウェル‼ ロズウェルはいねェか‼」


 そのとき、聞き慣れた声が基地に響いた。


 隊員たちが一斉に声がした方向に視線を向ける。そこにいたのは聖職者の白いローブを着こなしたオスカーだった。


 フレスカが鋭い目つきで威圧する。


「作戦会議中だ。部外者はお引き取りを」


 その言葉に応えるように、屈強な隊員が二人がかりでオスカーを羽交い絞めにする。


「あっクソ! おいロズウェル‼」


 オスカーの琥珀色の瞳が、ロズウェルを捕捉した。


「迷宮に閉じ込められたのはお前の妹だァ! 間違いねェ‼」


 迷宮に閉じ込められたのは、アルティリエ?


「――」


 その言葉の意味を理解した瞬間、殺気が奥底から湧き上がる。すぐにユーリが「ロズウェル、抑えて」と腕を掴んで制してくれるが、身内の危機に冷静ではいられない。


(クソッ)


 ロズウェルは内心で盛大な舌打ちをする。ここで騒ぎを起こせば、先遣隊には選ばれない。


(たぶんフレスカさんは救助者がアルティリエだと知っていたから、僕の主張を退けたんだ)


 暴れ出したい気持ちをなんとかこらえるが、力み過ぎて体の震えが止まらない。


「オスカー君、君はどこでその情報を仕入れてきたのかな?」


 フレスカの言葉にオスカーは「言うかよォ!」と中指を立てた。


「では尋問だ。別室へ連れていけ」


 オスカーは羽交い絞めにされたまま救護室に連れていかれる。彼はもがきながら「おい! ロズウェル‼ 黙ってねェでさっさと助けに行けよォ!」と叫んだ。


(君ってやつは……意外と義理堅いじゃないか)


 ロズウェルは内心で苦笑し、少しだけ肩の力を抜く。


 武闘会に向けた特訓の最中で、オスカーからとある権限をもらっていた。

 それは情報だった。


 彼は独自の情報網を持っていたため、アルティリエの動向を探ってもらっていたのだ。


(まさかこのような形でアルティリエの消息を知るとは思わなかったが。オスカー、ありがとう)


 ロズウェルは両手でパンッと頬を叩く。じんじんと熱が帯びて痛いが、おかげで冷静さが戻って来た。


「隊長、改めて僕とユーリを先遣隊に加えてください」


 ロズウェルはフレスカの威圧に臆することなく告げる。


「僕は『ヒスイの迷宮』の内部を知っています。そして未知なる魔物と遭遇している。あの迷宮はいま、異常が起きている。先日の口鳥の移動もその影響を受けています」


 フレスカは短い水色の髪を揺らしながら、ハッと鼻で笑う。


「そのようだね。でも、かつての君に倒せなかった魔物が、救助活動に立ちはだかるとしても行くのかい?」


 ロズウェルは一瞬だけ虚を突かれたが、不敵に微笑む。


「僕一人では無理ですが、ユーリと一緒なら勝てます。それに、いまの僕にはみなさんがいます。怖いものなんてなにもないです」


 これには屈強な隊員たちも気まずそうに頭を掻いたり、「よせやい照れるだろう」「お前、よく恥ずかしい台詞を平気で言えるよな」「若さゆえか」と照れを見せる。


 張りつめた空気が一気に変わった。


「あはははっ! 言ってくれるじゃないか! だが、その心意気、しかと受け取った」


 フレスカは椅子の上にダンッと足を乗せ、前のめりになる。


「先遣隊が実際に『ヒスイの迷宮』を探索できるかどうかは現場の判断で決まる。それは理解しているな⁉」


「はい! その時々でできることを精一杯やってきます!」


「いいだろう! 先遣隊はロズウェルとユーリ。そしてトバリとレイノルドだ。出発時間はいまから五分後。重装備が必須だ。みんな、手伝ってやれ‼」


「おおう!」


 基地の外に響くほどの雄叫びが上がった。


 それからはあっという間だった。半袖の上に金属の胸当てを付け、サファイアブルーのジャケットを着る。手袋と靴下は断熱断冷布で作られたものを身に付け、急な毒霧にも対応できるよう、マフラーとゴーグルを首元にかける。


 質素な剣は普段から手入れされているため切れ味は鋭いが、不備がないか改めて確認する。


「よし、お前ら行くぞ」


「はい!」


 トバリの声に従って、ロズウェル、ユーリ、レイノルドが頷き、基地内の運動場に出る。そこには魔法が得意な隊員による魔法陣が展開されていた。


(転送魔法による移動か! 確かにこれが一番早い)


 普段の救助活動から転送魔法が使えればいいが、想像している座標と実際の座標が少しでもずれてしまうと、体がばらばらになって転送されてしまう。


 ゆえに各地の迷宮など、決まった場所にしか転送魔法で移動ができない規則があった。


「あの、トバリさん。俺が選ばれてよかったのでしょうか」


 魔法陣に入る手前で、レイノルドが本音を漏らした。


「こんなときになんだよ」


「俺にはトバリさんやロズウェルと違って、迷宮の経験がありません」


「それを言ったら、私もないけど」


 ユーリが口を挟めば、レイノルドは苦笑する。


「ユーリさんはあるだろう。反応を見ていたらわかる」


「えっ」


 ユーリ一人が慌てふためくが、ロズウェルとトバリは「わかりやすいもんな」と大きく頷く。


「お前は俺とフレスカが見込んだ男だ。それに」


 トバリは豪快に笑ってから、なぜかロズウェルの背中を思い切り叩いた。


「いてっ、急になんですか」


「ロズウェルからもなにか言ってやれ」


 ごほっとせき込みながら、ロズウェルはレイノルドに向かい合う。


「迷宮内での戦闘に魔法は欠かせない。僕はレイノルドにだったら安心して背中を預けることができる。僕からの信頼では物足りないかい?」


「いや……十分だ」


 レイノルドは控えめに微笑んでから、いつもの仏頂面に戻る。


「四人とも、魔法陣の準備ができたよ。中に入ってくれ」


 フレスカの合図と共に、四人は魔法陣の中に入る。その瞬間、魔法陣が紫色に光り、空まで届くような光の柱を生み出した。




◇◆◇

 目を開ければ、静寂な湖畔が視界いっぱいに映る。


 雨水が溜まってできた深緑色の湖の中央には、わずかに残った陸地があり、ネフリティス公爵領の民を弔う詩が刻まれた六本の石碑が祀られている。


 その陸地にはいま、各地の救助隊員と迷宮管理機関『ドルイド』の使者、そしてかつての仲間たちがいた。


「ロズウェル……?」


「久しぶりだね、みんな」


 ロズウェルは眉を寄せながら微笑んだ。


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