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第38話 『なぜいまなんだ』

 ロズウェルは神妙な眼差しでユーリに問う。


「そもそもだけど、どうして魔物は動物の姿を真似ていると思う?」


「えっと……私も子どものときにフレスカさんに尋ねたとこがあるけど、そのときは真似しやすいから、と言われたわ」


「なるほど。続けて」


「魔物は芋虫のような姿で地中の中で生まれて、地上に這い出てくると言われているから、地中の貝や虫の化石、それに動物の骨に残されたマナを取り込むことでその姿になるのよね?」


「そう! そうなんだよ! さすがユーリだ!」


 ロズウェルは身を乗り出してユーリを褒めたたえる。


「そして『口鳥』のような蝙蝠の魔物の強化型は、マナが豊富な人間を殺すために体の一部をさらに強化している。そのため獰猛で、マナが枯渇した際はほかの魔物を殺してでも摂取する異常性もある。そんな口鳥がなぜ『ヒスイの迷宮』から逃げてきたのか……」


 ユーリがごくりと息を呑んだ。ロズウェルはそれを見てから口を開く。


「自分が捕食されそうになったから、と考えるのが自然だろう。だが、過去の迷宮探索の経験と照らし合わせながら、ここにある資料を確認してみたけど、強化型を襲う魔物の報告はなかった」


「もしかして最近、顔色が悪かったのはこれを調べていたせい……?」


 彼女はロズウェルの顔を覗き込むように背伸びする。つい「あはは」と笑ってごまかすと、「まったくもう」とため息をつかれた。


「だけど僕の考えが正しければ強化型を襲う魔物――変異型が現れた可能性は高いと思う」


「変異型か……いい得て妙かもしれないわね」


 ユーリの言葉に、ロズウェルは顎に手を添える。


「僕がオルヌスに入隊したての頃、みんなに迷宮の話をしたことがあっただろう? 実は最深部にたどり着いたとき、妙な気配を感じていたんだ」


「あー……ごめんなさい、その気配は私かもしれないわ」


「え?」


 ユーリは気まずそうに「風魔法で威嚇しなかった?」と呟いた。ロズウェルはそれを聞いて「あっ」と焦り声を上げる。


(そういえばあのとき、妙な気配に向けて風魔法を使っていたんだった‼)


 まさかユーリに攻撃していたとは思わなかった。血の気が引いた顔で勢いよく頭を下げる。


「ご、ごめん」


「顔を上げて。あれは仕方ないことだわ。だって外套を身に付けていたんだもの」


 そう言ってからユーリは瞠目する。


「そうよ、私はあのとき魔法遺物の外套を身に付けていたわ!」


「! そうか、あのときの気配はユーリではなくて魔物だったのか!」


 ロズウェルとユーリは互いに指をさす。


「でも魔物の姿なんてなかったよな?」


「もしかしたら地中に隠れていたのかも。それか生き物に変化する前だったから、私たちが見慣れていない姿をしていたとか?」


「なんてこった。今年の学会は荒れるぞ」


 ロズウェルはおどけてから、眉間にしわを刻み口を開く。


「君は昨日、僕を襲った魔物は原型をとどめていない黒い靄のような姿だと言ったよな?」


「ええ、そうよ」


 魔物は生き物の姿を真似て人間に襲い掛かる。


 ロズウェルの手足は鋭い斬撃によって切り刻まれた。生き物でそれを再現できるとしたらカマキリかと思ったが、黒い靄という姿がひっかかる。


(フレスカさんにも頼まれて、あのときの出来事は記録に残しているけど……)


 最深部にはネフリティス公爵家の屋敷の瓦礫が多く残されている。宝物庫らしき厳重な扉の破片を見つけて、その周辺を仲間たちと手分けして探していたはずだ。


「魔物が魔剣を持って僕に襲いかかったとか……?」


「それは無理よ。公爵家の魔剣の力を魔物が引き出せるわけがない」


「なるほど。魔剣ではないなら、風魔法や氷魔法が考えられるけど、呪文なしの攻撃だった上に、そもそも魔物が魔法を使うなんてありえない」


 ロズウェルがつい頭を抱えると、ユーリも険しい顔つきになる。


「あと気になるのは、魔物があなたを靄で包んで飲み込もうとしていたことね」


「僕を丸呑み? よほどお腹が空いていたのか」


 確かに自分は濃縮された果実の飲み物みたいな莫大な魔力を持っていたが。


「どちらにせよ、ウィオラケムの魔剣を手に入るためには、あの魔物に遭遇する可能性も考慮に入れないといけないな」


 いまの自分に対応できるのだろうか、と脳裏で未知なる魔物と再戦するための算段を組み立て始めると、ユーリは灰紫色の瞳を細める。


「本当に協力してくれるの? こうして話しているあいだにも、ジェイドは配下を『ヒスイの迷宮』に送り込んでいるわ」


 聞いたことがないほど冷ややかで淡々とした声だった。ロズウェルは呼吸を忘れたかのように息を呑む。


「……どういうことだ」


「昨晩、トバリさんから連絡があったの。ジェイドの配下が『ヒスイの迷宮』に入ったわ」


「!」


 王太子の配下とは、ロズウェルの元仲間たちのことだ。


「私は今日の業務が終わったら『ヒスイの迷宮』に行く」


「僕も行くよ」


 共に迷宮の中に入ることはできなくても、通信石を通してなにか力になれることがあるはずだ。


「いいの? かつての仲間を敵に回すことになっても」


「覚悟はできているよ。ただ、君が思い描いている方法とは違うやり方をするかもしれないけど」


 ロズウェルとユーリの視線が交差する。


 仲間の中に、ロズウェルの代わりとして妹であるアルティリエがいる可能性が高い。ロズウェルは元仲間とアルティリエだけは裏切れない。


「ウィオラケムの魔剣を手に入れるためなら武力行使も辞さないが、交渉という手段も取れるはずだ。僕は僕のやり方で君の力になる」


 二兎追うものは一兎も得ず、という言葉がある。ユーリだけではなく仲間たちの利害を求めた結果、すべてがぶち壊しになる可能性がある。


「甘い考えの僕では役に立たないか?」


「まさか。大切なものは全部守ってこその救助隊員だわ」


 ユーリはロズウェルの胸元に拳を突き付けた。先ほどとは打って変わって陽だまりのような笑みを浮かべる。どうやら彼女に試されていたようだ。


 ロズウェルは微笑んでから、ふと窓を見つめる。ガラス越しに見える天気は曇りだ。また雨が降るのだろうか。


 そのときだった。


 カーン、カーン、カーンと鐘の音が聞こえる。


 街の時計台の優雅な音とは違う、早鐘のような音に、ロズウェルとユーリは表情をこわばらせる。


 続いてドタドタドタッ‼ と凄い勢いで階段を登る音が聞こえてきて、資料室の扉が勢いよく開いた。


 現れたのは、息を切らしたレイノルドだった。


「いますぐ一階に来い‼ 『ヒスイの迷宮』で狼煙が上がった!」


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