第37話 『点と点が線となる』
ロズウェルは一拍置いてから答える。
「ウィオラケムの魔剣だよ」
ネフリティス公爵家の魔剣は、魔力をため込むことができ、所有者によって姿を変えると言われている。
「王太子殿下のご趣味は魔剣の収集だ。僕たちは各地の迷宮で魔剣を回収してきた」
「ネフリティス公爵家には四本の魔剣があるわ。そのうちの二本はすでにキルクス王国の宝物庫にある。残りの二本の情報は迷宮管理機関でもわからないと言われたけど、いまになってなぜウィオラケムの魔剣の回収を命じたの?」
「王太子殿下は確か、王家に与する者の占いによって在りかを導きだしたと言っていたよ」
占いというのは不確定要素をはらんでいる儀式だが、当たれば国が揺れるほどの効果をもたらす。ゆえに古から王族は占いを重宝してきた。
「占いか。よりによって私の魔剣を狙うなんて」
ユーリは苛立ちが募った顔で眉を寄せたあと、朝焼けを連想させる灰紫色の瞳をロズウェルに向ける。
「あの魔剣は私と家族の繋がりを証明する大切な剣なの。だからずっと迷宮で探してきたけど、全然見つからなくて」
長いまつ毛に彩られた瞳が潤んだ。ぽろりと涙が零れ、ロズウェルの膝上に落ちる。
「手にしたところで、お父さまとお母さまに会えるわけではない。でも、私にも家族がいた証が欲しかったから……!」
ロズウェルは居ても立っても居られなって、彼女を抱きしめる。ぎゅっと力を込める勇気はまだないから、ふんわりと包み込むように力を込める。
少しでも元気を与えることができればいいと思っていたが、ロズウェルは「ん?」とあることに気づく。
(あれ、いま、迷宮の中で探したと言ったよな)
ユーリの顔を恐る恐る覗き込めば「あっ言っちゃった」と涙をこぼしながら目を泳がせていた。
「……ユーリ?」
「ぐっ、わかっている。ちゃんと説明するから……‼」
ユーリは両手で顔を覆ってから、「うぅ~」といいながらうなだれる。しばらくして、意を決したのか顔を上げる。
「私は出自を知ったとき、ウィオラケムの魔剣のことも知って、どうしても手に入れたくなったの」
「うん」
「だからフレスカさんとトバリさんに協力してもらって、迷宮管理機関『ドルイド』と交渉して、一人だけなら『ヒスイの迷宮』に入ることを許されたの」
「……『ドルイド』から許可を⁉」
彼らはいつも薄暗い笑みを顔に張り付けている感情の読めない人たちだ。
そんな彼らをどうやって交渉の席につかせて要望を飲み込ませたのか、フレスカさんたちの手腕が気になるところだが、いまは聞き流す。
「いくら『ドルイド』の許可があるとはいえ、一人で迷宮探索をすることをフレスカさんとトバリさんがよく許したね」
「えーと、それは」
ユーリは再び目を泳がせてから、観念したように「ちょっと待っていて」と二階に向かう。しばらくして、彼女は両手に荷物を抱えて戻ってきた。
それをテーブルの上に並べて、細くて白い指先を使って説明していく。
「これは高濃度魔力回復薬で、これは救助隊の煙玉」
「こっちの水晶の原石はもしかして……」
「通信石よ。これで地上にいるフレスカさんとトバリさんとやり取りができるの。もし迷宮内でなにかあった際に狼煙を上げれば、救助隊員として助けにきてくれる手筈だったの」
過保護だな、という視線をロズウェルが向ければ、ユーリは気まずそうに目を逸らした。
(あれ?)
よく見ると、ユーリは真っ黒な布を膝の上に置いていた。
「ユーリ、それはなに?」
彼女の方がビクっと震えた。ロズウェルは女心に疎いが、妹とのやり取りのおかげでこういうときは言い出すまで待つ、というのは心得ていた。
「あのね、『ドルイド』は私一人だけのために『ヒスイの迷宮』の結界を解くことはできない。だから正規の部隊が入るときに、これを身にまとって姿と気配を消して一緒に迷宮に入っていたの」
「えっ、もしかして僕が『ヒスイの迷宮』に入ったときもいたの⁉」
「……そうよ」
ユーリの言葉に、ロズウェルは片手で口元を押さえる。
(バカな。あのとき、他人の気配など感じなかった)
息を呑むロズウェルに対して、ユーリは「これに見覚えはない?」と真っ黒な布を広げた。
それは外套だった。
(見覚えがある。僕が猪の魔物に襲われて自爆しようとしたとき、あの外套によって呪文を遮られたんだ)
彼女は隊服の上からまとっていたため、当時はオルヌスの制服の一部だと思っていたが、いざ入隊したときに支給されたのはサファイアブルーの隊服だけだ。
そうなるとユーリの私物ということになる。
真っ黒な外套は蝋燭の光に反射して、光沢感のある黒い糸がキラキラと反射する。
「これは姿だけではなく魔力探知すら絶つことができる魔法遺物よ。あなたたちはジェイドの配下に当たる。姿を見られるわけにはいかないから、これで姿を隠していたの」
その言葉を聞いて、脳裏にとある可能性が閃き、ロズウェルは口腔が乾いていく感覚に襲われる。急に動悸が激しくなるが、震える手で真っ黒な外套を指さす。
「もしかして、僕が魔物に襲われていたときも、そばにいた?」
ユーリはロズウェルの目を逸らすことなく告げる。
「駆けつけたときには、あなたは血だらけで、黒い靄に全身を包まれて宙に浮いていたわ。そして仲間たちを転移魔法で逃がして、自分だけが犠牲になろうとしていた」
覚えていないでしょう? と言われ、ロズウェルは「……うん」と頷く。
「魔物は私の姿に気づいてなぜか逃げてくれたから、急いであなたの欠損した手足を拾い集めて治癒魔法をかけたの。あのときのあなたは生死の狭間にいたから、命を助けることができて本当によかった」
告げられた事実に、ロズウェルは目頭が熱くなる。
そうか、そうだったのか。
「君が僕を助けてくれたんだね」
ユーリは柔らかい陽だまりのような笑みを浮かべる。
「出会うたびにあなたは怪我をしているから、目が離せないわ」
「――」
ロズウェルは胸がぎゅっと締めつけられる。
言葉を続けたいのに、思考が上手く回らない。しかも心臓がドクドクとより大きく脈打つ。
でも言葉を発さなければ、伝えたい想いを紡ぐことはできない。
夜明け前の空のような濃紺の瞳で、彼女の灰紫色の瞳を射抜く。
「ありがとう」
ロズウェルはユーリの両手に触れると、小さな手を包み込むように握り締め、自分の額に引き寄せた。
「ユーリ。今度は僕が君の力になる」
相棒だから協力するのではない。彼女の望みを叶える男になるために、行動を起こす。
覚悟は決まった。
「ウィオラケムの魔剣を手に入れるなら、僕を殺し損ねた未知の魔物と遭遇する可能性が高い。実はあの魔物について気になっていたことがあるんだ」
◇◆◇
次の日、ロズウェルはユーリと共に、オルヌスの基地の二階にある資料室に向かう。
ここにはキルクス王国各地の地理の書物が置かれている。さらに一番奥の日陰の棚には、迷宮についての報告書が保管されていた。
ロズウェルはここ数日間、武闘会での特訓の傍らでこの資料室に閉じこもっていた。だからどこになにがあるのかは把握済みだ。
迷いなく手を伸ばして『ヒスイの迷宮』の報告書を掴む。
「ユーリ、このあいだ遭遇した口鳥を覚えているかい?」
「ええ」
忘れられるはずがないわ、と彼女は頷いた。
「あいつらが『ヒスイの迷宮』の方角から逃げ出してきたという報告が、アルタレスの救助隊から挙がっていた」
「え?」
「間違いなく『ヒスイの迷宮』に異変が起きている」