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第36話 『ヒスイの色はひとつではないの』

 ロズウェルの心音は、驚くほど正常だった。


「……ウィオラケム」


 ぽつりと呟き、きらびやかなワンピースの裾を握り締めるユーリを見つめる。


 彼女は可愛いだけの女の子ではない。そんなことは最初からわかっていた。強くて、人のために誰よりも早く行動することができる、尊敬できる救助隊員で。


(言動に高圧的なところがあったり、ちょっとポンコツ感がにじみ出ているところが王太子殿下に似ているとは思っていたけれど……)


 王太子の母君は、ネフリティス公爵家の次女に当たる。つまりユーリと王太子はいとことなる。


(いつも明るく気丈に振舞っているけれど、その小さな肩にはずっと重石がのしかかっていたのか)


 ロズウェルはいまにも泣きそうな顔をしているユーリを安心させるために、微笑みかける。


「もうひとつの名前を教えてくれてありがとう。改めて僕は君のことをなんと呼べばいい?」


「……ユーリでいい。ユーリがいいの」


 彼女の声は震えていた。


 もうひとつの名前は、そう簡単に人に名乗れるものではない。苦渋の決断の上で、ロズウェルに明かしてくれたのだろうか。


 そうだとしたら、なにがなんでも彼女を守りたい。


「風が冷たくなってきたね。場所を変えようか」


 ロズウェルはユーリの手を握ると、彼女の家に向かう。彼女はフレスカとトバリと一緒に住んでいる。きっとそこなら安心して話せるはずだ。


 初めて訪れる二階建ての住居は、街の外れにあった。窓からは部屋の中の灯りが漏れていて、扉を叩くと部屋着姿のフレスカが出迎えてくれる。


「こんばんは、ロズウェル。今日の君は特に男前だね」


「ありがとうございます」


 フレスカはロズウェルの背後でうつむいているユーリの姿を見て、なにかを察したのか、困った顔をしながら視線で中に入るよう促す。


「お茶を入れよう。二人とも、ソファに座って待っていなさい」


 ロズウェルは黙ったままのユーリを連れ、言われた通りにする。


 しばらくすると、フレスカがお茶を入れたマグカップを持ってきて、ソファの前にあったテーブルに置いた。


「トバリさんはいますか?」


「あいつは用があってバルロの外にいるよ。私は二階にいるから、なにかあったら呼んでくれ」


 ロズウェルはフレスカの後ろ姿を見送ったあと、ユーリに声をかける。


「ユーリ。ほら、お茶だよ」


「……その言い方で喜ぶのはあなただけよ」


 彼女は文句をいいつつ顔を上げた。泣いてはいなかったが、弱々しい笑みだった。


「ロズウェル。ごめんね、急にこんなことを言って」


「ううん。でも正直に言うと、どことなく王太子殿下に似ていると思っていたから」


「えっ、ジェイドと⁉ 顔立ちが⁉ 性格が⁉」


 ユーリは王太子を呼び捨てにして、眉をつり上げながら前のめりになった。


 胸元が強調されて目のやり場に困り、つい性格かなと口が滑りそうになったが、脳裏の中のゼルツさんが首を横に振ったので「目が綺麗なところかな」と告げる。


 溜飲が下がったのか、ユーリは横髪を耳にかけて目を伏せてから「それならいいけど」とソファに座りなおした。


「僕からもひとつ聞いてもいい? その……ネフリティス公爵家は王太子殿下の母君である第三王妃以外は亡くなったとされている。言いづらいことかもしれないが、君の立ち位置を教えてくれないか?」


「……気を遣ってくれてありがとう。でも大丈夫よ。あなたの言う通り、私はね、十五年前の崩落で死亡したことになっているの。だからキルクス王国の王室とはかかわりなく育ったわ」


 ユーリは長いまつ毛を伏せて、目元に影を落とす。


「私は物心がついたときから両親がいなくてね、捨て子だったの。二歳になるときにネフリティス領の森の中に置き去りにされていたところを、フレスカさんとトバリさんに保護されたの。当時の二人はまだ傭兵だったから、一緒にいろんなところを旅して、私を何不自由なく育ててくれたわ」


「そうだったのか……」


 ロズウェルは小さく相槌を打ちながら耳を傾ける。


「それから二人が救助隊オルヌスを発足して、私も二人のように強くて誰かのために行動できる人になりたいと思って、子どもの頃から剣技と魔法を磨いてきたけど……十五歳になった頃だったわ。突然、ジェイドの配下が私を誘拐したの」


「えっ」


 ユーリが十五歳としたら、王太子は十二歳だ。子どもが誘拐を企てるとは考えにくいが。


(いや、王太子殿下ならやりかねないな)


 彼は幼い頃から小さな王様と言われるほど、口が達者で強引なところがあった。


「そのときにジェイドの前に引っ張り出されて、ネフリティス公爵家の血縁者であることを知らされてね。『いまここで死ぬか、今後一切にキルクス王家にかかわらないことを約束して生きるか選べ』と言われたの」


 ロズウェルはその光景が手に取るようにわかり、「うわっ」と口元を片手で押さえる。


 おそらく王太子は仰々しい椅子に足を組んで座り、ユーリを見下しながら告げたに違いない。


「もともと死んだものとして扱っているのに、いまさらなんなのよって思わない⁉ あー、思い出したら腹が立ってきたわ」


「そ、そうだね」


 聞き慣れないユーリの悪態に、ロズウェルのほうが狼狽えてしまう。


「まあ、ジェイドは王太子だけど、第二王子でもある。病弱の五歳年上の第一王子に嫉妬ばかりしているから、いとこの私が王家に干渉しないか心配になって圧をかけたのでしょうけど……黙っていれば知らないままでいたのに、どうしてこんなやり方をしたのかしら」


 ロズウェルはなんとなくだが、王太子の意図がわかった。


 権力者の血筋というのは、隠していてもいずれ第三者の手で暴かれてしまう。


 王太子はユーリの性格を鑑みて、自分が直接煽れば彼女が王室にかかわる確率が減ると思ったのだろう。現にそうなっている。


「私の血筋を知っているのは王室でも限られた者のみだから、政治利用されることもないわ。私自身にもキルクス王国の王室に興味はないもの。でも」


 ユーリは冷えた指先を温めるようにマグカップを両手で握り締めた。


「誘拐から解放されて帰路に着いたとき、フレスカさんとトバリさんに説明を求めたらこう言われたの。救助活動のために崩落したネフリティス領へ向かっている途中で、防護魔法の結界によって守られて眠っていた私に出会ったって」


「誰かがユーリをそこまで連れ出したのか?」


「ええ。私を助けてくれたのは両親の配下かジェイドの母君だと私は思っているけど、いまさら確かめようがない」


 ユーリはいまいちどマグカップを強く握ると、息を吐き出しながらテーブルに置く。


「なにも知らなかったおかげで、身分に縛られず自由に生きることができた。でも私の中にネフリティスの血が流れていることを知ってしまった。知ってしまったからには、私は両親との繋がりを手に入れるために、あるものを『ヒスイの迷宮』から探し出したかった」


 ロズウェルはユーリの言葉を聞いて、不意に胸が締め付けられた。彼女が探し求めていた物の正体に、心当たりがあったからだ。


「その名はウィオラケムの魔剣」


 名称を聞いて、ロズウェルは目を閉じる。

 ウィオラケムとは、古くからこの地域で紫という意味を持つ言葉だ。


「ジェイドが優秀な人材を集めて各地の迷宮を探索させて、魔剣を回収しているのは知っていた。ねえ、ロズウェル。あなたが『ヒスイの迷宮』で探していたものはなに?」


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