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第34話 『隙を見せたほうが負けるのよ』

 一方でロズウェルは歯を食いしばってトバリに打ち込む。


(よし‼ ユーリがレイノルドに勝った!)


 あとは自分がトバリを下せば勝ちだ。しかしオルヌス副隊長は甘くはない。剣の刃をトバリの急所に届けるために、残りの魔力を使って周囲に火花をまき散らす。


(初級魔法の攻撃が効かなくても、目くらましは効くだろう)


 ロズウェルの手足は小刻みに震えていた。疲労によってもう力が入らない。


 だが、でも、といままで培ってきた戦闘経験をもとに、相手の動きを予測しながら剣を振るっていく。


 そのとき一瞬だけ、トバリは身をかがめて避けるふりをし、後ろに下がった。ロズウェルは距離を詰めるために思いきり踏み込むと、彼の双剣をかいくぐって突きを繰り出す。


 その刃は、彼の左胸の直前まで届いた。


「ロズウェル」


「――はい」


「よくぞ、隙を見抜いた」


 トバリは豪快に笑ったあと、その場で跪いた。


「勝者、ユーリとロズウェル‼」


 フレスカが試合終了を告げ、派手に銅鑼を鳴らした。


 ロズウェルは動きを止め、剣を収めると空を仰いだ。


「はぁっ、はぁっ」


 晴天を見つめながら息を整えていると「かっこよかったぞー‼」「すごかった!」「さすがオルヌス!」という歓声と拍手を浴びる。


 身体が重くてだるい。汗が頬をつたい、試合が終わった実感がなくてそのまま呆然としていると、「ロズウェル!」とユーリが近づいてくる。


 子犬のごとく愛らしい笑みを浮かべて、彼女はロズウェルの両手に指を絡め、その場で飛び跳ねた。


「勝った! 私たちが勝ったわよ!」


「うん、そっか。勝ったのか」


 ようやく嬉しさが実感してきて、ロズウェルはほっとしたように肩の力を抜く。


 ユーリの魔法を上書きするという発想は、オスカーが自然に吹く風を利用して盗みを働いたときの悪戯魔法の応用だった。


 魔法の上書きは普通に魔法を使うより難しいことだが、ユーリとの特訓のおかげでなんとか物にしていた。


(実践で上手く使えてよかった……! これもユーリのコントールが良くなったおかげだ)


 うっすらと涙を浮かべると、トバリとレイノルドがやってくる。


「あーあ、負けちまったな」


 トバリは唇を尖らせるが、余裕そうな笑みを浮かべていた。それを見て、ロズウェルとユーリは顔を見合わせて苦笑する。


 副隊長なら勝敗よりも隊員の育成を重視すると思っていた。だからレイノルドが降参すれば、トバリは空気を読んで一度だけ隙を作ると踏んでいた。


(もし僕が隙に気づけなかったら、そのあとはトバリさん無双で僕とユーリが負けていたかもれないないな)


 今回の勝敗はトバリの気分次第で変わっていた。それを肝に命じながら、これからも研鑽していこうと意気込むと、レイノルドに「おい」と声をかけられた。


 彼は丸眼鏡をかけなおすと、ロズウェルと向き合う。


「――見事だった」


 見たこともないほど穏やかな笑みを浮かべていたため、ロズウェルは面喰う。だが、すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまった。


「約束を違えることはしない」


 レイノルドは右手を差し伸べる。ロズウェルは彼の顔と手を交互に見てから、ふっと口角を上げる。


「なんだか仲直りした気分なんだけど、僕だけかな?」


「さあな」


 そういいつつ、レイノルドの眉間のしわはいつもより薄い。


 握手を交わしてから、ロズウェルは悪戯に微笑んで、ぎゅっと力を込めた。


「これで僕たち正真正銘の友だちだね!」


「っ、と、くう」


 レイノルドは口を何度か開閉したあと、勢いよく声を振り絞る。


「ああ、友だちだ‼」


 そして顔を真っ赤にしてから手を放すと、すたすたと控室のテントに戻っていた。


(変な奴)


 ふっと息を吐き出して笑っていると、ユーリが肩先を叩いてきた。


「ねえ、ロズウェルの明日の予定は?」


「え? えーと、特にないけど」


「じゃあ! 夜に一緒に街のレストランに行きましょう! 明日は相棒であり先輩の私がどーんと労ってあげる!」


「いいの? 楽しみにしているよ」


 と気軽に返事をしてみたものの……。




◇◆◇

 その日の夜。教会に呆れ声が響き渡る。


「お前さん、その服で食事に行くのか?」


「え?」


 ゼルツの言葉に、ロズウェルは首を傾げる。手に持っていたのは半袖と、動きやすいズボンという稽古着だった。


「大衆食堂に行くだけですよ? この恰好だとおかしいですか?」


 鎧を着たままの人だっているし別に問題ないだろうと思っていると、ゼルツはいつにも増して大真面目に断言する。


「ダメじゃ」


「えー?」


「わしの六十五年分の経験がダメだと言っているのじゃ。従え」


 禿頭を光らせながら威圧してくるため、ロズウェルは眉を寄せる。


「でもこの服しかないんですけど」


 するとブラックベリー兄弟がゼルツの背後からにゅっと現れる。


「ロズウェルさん。オレたちに任せてくれませんか?」

「オレたちこういうの得意なので!」


 なんとブラックベリー兄弟のご両親は西の都市で服飾店を営んでいるらしい。食事は明日の夜なので、午前中に洋服を見繕うことになった。


「おいおいお前ら、放っておけよォ」


 オスカーだけは面倒くさそうに欠伸を噛みしめながら椅子に座っていたが。

 朝になると彼も後ろからついてきて街中を練り歩き、ロズウェルのコーディネートを見て「いや、それはやめとけよォ」「あー……そっちのほうがいいぜェ」と口を挟む。


「お……おおう!」


 翌日。ロズウェルは完成されたコーディネートを着て、姿見の前に立つ。


 落ち着いた青年らしさを演出してくれる灰色のジャケットとズボンを身に付け、前髪をトバリのようにかき上げる。


 ラピスラズリの雫型のピアスも良いアクセントとなり、華やかさと気品さが溢れる好青年になった。


 ロズウェルは教会の面々に手を振りながら意気揚々と街を歩き、ユーリを迎えに行く。


 すると。


(ゼルツさん……‼ 大正解でした……‼ 一生ついていきます)


 ロズウェルはユーリの姿を見て、口元を押さえる。


 ユーリは紫色のワンピースを着ていた。


 首元と袖はアッシュグレーのレースで、引き締まった白い肌を柔らかく包んでいる。胸元は艶やかなサテンのリボンで彩られ、膝丈までのスカートは花びらのように何層にも重ねられている。


 さらに黒いカチューシャと黒い靴で大人っぽさを演出していた。


「に、似合うかしら」


 横髪を耳にかけながら控えめに微笑まれ、ロズウェルは体が灰となって消し飛ぶような衝撃に襲われた。


 胸元を押さえながら「すっごく可愛い」となんとか声を絞り出した。


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