第32話 『誰が為の武闘会』
豊穣祭二日目の朝。ロズウェルとユーリは半袖姿で、オルヌス基地内の運動場で剣の打ち合いをする。
武闘会に向けた最終調整だ。指先から足先までの動きの滑らかさを確認し、適度に心拍数を上げることで、本番に向けて体調を仕上げる。
剣を構え合うと、濃紺の瞳と灰紫色の瞳が交差する。
互いの息遣いだけが周囲に響き、二人の横顔を朝日が照らす。眩さに目を逸らすこともなく見つめ合い、どちらからともなく剣を下す。
「いよいよだね、ユーリ」
「ええ。勝つわよ、ロズウェル」
互いに笑みを浮かべたあと、汗を拭って隊服に袖を通す。それから朝食を取って、街の中央にある広場に向かう。
闘技場のように客席ができていて、開始まであと一時間もあるのに、すでに観客でにぎわっていた。どうやら武闘会以外催し物もあったようだ。
「おーい、ロズウェル! 頑張れよ!」
「ユーリさんだ! 今日も麗しい‼」
観客たちの声援に手を振って応えつつ、ユーリに現を抜かす輩を確認し、ロズウェルは爽やかな笑みを浮かべてユーリの肩を抱くふりをして控室を兼ねているテントに入る。
中にはすでにトバリとレイノルドがいた。
トバリは珍しくオールバックをきちんと整えて、椅子の上で足を組んで座っていた。その傍らには、いつにも増して不機嫌そうな顔を浮かべるレイノルドが仁王立ちしている。
トバリはロズウェルたちの姿を見て口角を上げる。
「調子はどうだ?」
ロズウェルとユーリは顔を見合わせて「万全です!」と声を合わせると、彼は「前より親密だな。これは手ごわそうだ」と声を出して笑った。
「あれ、みんなもう揃っているの?」
テントの出入り口から顔をのぞかせたのはフレスカだった。
「トバリ、君が二日酔いもせず遅刻もしていないなんて珍しいね」
フレスカが苦笑しながらトバリに近付くと、彼はげんなりとしながらレイノルドを指さす。
「こいつに昨日の夜から監視されていたんだよ。髪の毛もこのざまだ。無造作なオールバックが俺の魅力をより引き立てるのに、こいつにワックスを塗りたくられて全然崩れないんだよ」
するとレイノルドがおもむろに口を開く。
「きっちりしていたほうが女性にモテますよ」
「え、マジ?」
トバリは途端に目を輝かしているが、レイノルドは知らんけどと言わんばかりに視線を逸らしてすっとぼけている。
レイノルドは真面目で優等生のような見た目をしているのに、口調が荒くて不躾なところがある。それがロズウェルの中で面白れぇ男だと興味を引き立てる。
(そんな彼と本気で戦うことができる。楽しみだ)
不意に目が合ったが、すぐに逸らされた。彼は楽しみではないのだろうか。
「んじゃ、確認するぞ」
トバリは椅子から立ち上がると、腕を組む。
「最初の二分間は俺とロズウェル、レイとユーリで技を出し合う。次の二分間は俺とユーリ、レイとロズウェルの組み合わせだ。技を見せることに意識し過ぎると動きが単調になるから、ちゃんと試合っぽくやるぞ」
そして、とトバリは人差し指を立てる。
「最後の一分間は、二対二の乱戦だ。合図は隊長にしてもらう」
腹の底から震えるような低い声に、ロズウェルはつい高揚感が湧きあがる。
「相手の首、胴体に剣先を近づけられた、もしくは魔法攻撃によって身の危険を感じたら、その場で膝をついて降参しろ。意地は張るなよ。潔く負けを認めろ。怪我をしたら観客がしらけるから」
するとフレスカが口を挟む。
「トバリの言う通りだ。武闘会の盛り上がり次第で、これからまた一年間、魔物から農作物を守るための士気にかかわる。君たち四人で存分に盛り上げてくれ!」
ロズウェルとユーリが「はい!」と返事をし、レイノルドは「承知」と頷いた。
それを見ていたトバリは「うっし、気合は十分だな! じゃあ、行こうか」とテントの出入り口の幕を開ける。
四人が現れると、観客席から盛大な歓声が上がる。これほどまでにオルヌスは人々に期待されているのか。
北側に双剣を構えたトバリと腰のホルダーから魔導書を取り出したレイノルド、南側にロズウェルとユーリが剣を構えて立つ。
(ああ――身を包み込むような緊張感に血沸き肉躍るな)
ロズウェルは口角を上げ、目を細めた。
「これより武闘会を執り行う。バルロの民よ、彼らの武芸を刮目せよ!」
フレスカが声を張り上げ、基地からわざわざ持ってきた銅鑼を鳴らす。
ドシャ~ンッ‼
銅鑼の音と同時に、レイノルド以外の三人がその場から駆け出す。
◇◆◇
(僕の最初の相手はトバリさんだ)
ロズウェルがトバリにめがけて剣を思い切り振りかぶると、彼は余裕の笑みを崩さないまま双剣で受け止める。
その瞬間、歓声が「おお!」とどよめく。
ロズウェルは歯を食いしばってぐっと力を込めるが、トバリがそれを真上にはじき返す。その力を利用して空中で一回転すると、真上から剣を一直線にして狙いを定め、トバリを串刺しにしようとする。
だが彼の左で持っていた剣で弾かれ、さらに仕返しといわんばかりに右手に持っていた剣がロズウェルに襲い掛かる。
「っ!」
ロズウェルは咄嗟に膝を曲げるとタイミングを見極めて、トバリの右手の剣の腹に足を添えて真横に跳躍し、距離を取る。再び間合いを定めて攻撃を繰り返していく。
どこかで「意外とやるなロズウェル」という歓声が上がった。
(意外は余計だけど褒めてくれてありがとう‼)
ロズウェルとトバリが打ち合っている最中で、ユーリとレイノルドを横目で見れば、魔法による打ち合いが展開されていた。
ユーリが隙を見てレイノルドの懐に入ろうとするが、魔導士を目指していた男がそれを簡単には許さない。ユーリが炎と雷魔法を使うと、レイノルドは水魔法と土魔法を使って対応していく。
「おい、よそ見をするなよ」
ロズウェルの体を覆うように影がかかった。トバリが双剣を構えたまま跳躍して襲い掛かる。
ロズウェルはオスカーとの特訓を思い出しながら、足の踏みしめ方と剣の向きに気を付けつつ、トバリの攻撃を受け止めていく。
右、左、右上、左下、突き、と猛攻を必死に避けていくが、紅茶の中で角砂糖がほろほろと溶けていくように、体力がそがれていく。
このままだと二分も経たずに負ける。
(致し方ない……!)
ロズウェルは初級の光魔法で細い矢をいくつか作ると、トバリに打ち込む。彼が防御をしているあいだに距離を稼ぎたいところだが……。
トバリは双剣で防御を取ることもなく、生身のまま魔法を受け止めた。
光で出来た細い矢は、本来ならば皮膚に貫通する。
だがトバリに突き刺さった矢は、先端の矢尻がもろくなったようにぽろりと抜け落ちた。
「うっわ」
ロズウェルは目の前の光景に、つい顔を顰めた。一方でトバリは悪びれもなく肩をすくめる。
「悪いな、ロズウェル。俺、初級魔法の攻撃が効かない体質なんだわ」
その瞬間、観客の声が盛り上がった。
ロズウェルは他人事のようにそれを聞き流し、頭の中ですさまじい速さで思考を巡らせる。
魔物に強化型がいるように、人間にも魔法が使えない人の中で、稀に魔力器官に異常をきたした体質を持つ者が現れる。
その体質とは、火、水、風、土、光、闇といった六大元素をもとにする初級魔法の攻撃が効かないこと。
これらは世間では『ギフト』と呼ばれていたが、魔導士から見れば『魔導士殺し』と揶揄されていた。
『そうだ、トバリさんに初級魔法の攻撃は効かないから』
事前にユーリからさりげなく説明は受けていた上に、元魔導士としての任務中に『ギフト』持ちを見たことがあったが。
(初級魔法だろうと攻撃が効かない人間がいるなんて……遭遇するたびに思うけど、ほんと理解に苦しむ‼)
だが先ほど魔法を使わなければロズウェルの腕は使い物にならなくなっていたし、水魔法をもとにする氷魔法や、火と光をもとにする雷魔法は、魔力消費量が大きくて無理だ。
(いまの魔力の消費量は《二》か。あとは脚力を使って逃げ回ればなんとかなるか⁉)
もうすぐ二分経つのか、トバリが口角を上げて頷きかけた。
次の相手はレイノルドだ。上手いこと凌いで最終戦に繋げたいところだが。
《轟く雷よ、我が意に応えて雨の如く降り注げ。豪雨迅雷》
ロズウェルは声がした方向を見て目を見開く。
レイノルドが魔導書を手に持ち、ロズウェルに向けて魔法を打った。
(いきなり中級魔法の攻撃かよ‼)
ロズウェルは真横に飛び出して生身のまま魔法を避けようとするが、背後には魔法が使えないトバリがいる。
(あれ、レイノルドの魔法の軌道ってトバリさんに直撃しないか?)
実際はトバリならロズウェルがどうこうしなくても中級魔法くらい避けることは可能だが、常に仲間たちの盾となってきた経験があだとなり、ロズウェルの決断力が迷った。
もう生身で避ける時間はない。
「ロズウェル‼」
ユーリの悲痛な声に弾かれるようにロズウェルは魔力消費量《五》の防護魔法を使い、レイノルドの攻撃を避ける。
はあ、はあ、と呼吸をしながら、レイノルドを睨みつける。
(やられた、僕の心理状態を利用された)
本気の乱戦まであと一分三十秒もあるのに、残りの魔力は《三》しかない。