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第29話 『闇の中で輝く希望の星に僕は涙する』

 高台に続く階段には松明の炎が揺らめいていた。広場につくと、都市ほどの迫力はないが、バルロの控えめながらも夜景が広がっていた。


 ロズウェルとユーリは自衛団の人たちに会釈をしてから、彼らから離れたところにあった石のベンチに腰掛けると、お茶を入れる準備をする。


「さすが、慣れた手つきね」


「野営したときや迷宮内で休憩するときによく飲んでいたんだよ。やっぱりこれがあると心が整うんだ」


 ロズウェルは肩掛け鞄から籐製のバスケットから金属製の筒のような器を取り出す。


 中には水が入っていて、魔法で熱を加えて沸騰させる。本当は木の枝を拾って火おこしからやるほうが好きなのだが、今日はユーリが一緒なので工程を省く。


(初めてあいつらに紅茶を振舞ったときに時間をかけすぎて怒られていたし……)


 脳裏に浮かんだのはパーティーを組んでいた仲間の姿だ。


 彼らは最初のうちは行儀よく待っていてくれたが、火おこしから水が沸騰するまでに三十分経過したところで「え、遅くない?」「喉乾いたんだけど」「まだかなロズウェル君?」と圧をかけられていた。


(懐かしいな)


 ロズウェルは眉をひそめながら口角を上げる。


 魔法でポットとティーカップを優しく温めてから、ポットに林檎を使った薬膳茶の茶葉を入れ、少し高い位置からお湯を注ぎ、茶葉を蒸らす。


「よし、できた。どうぞ」


 ティーカップにお茶を注ぐと、林檎の甘酸っぱい香りが広がった。


 ユーリに手渡したあと、余分に持ってきていたティーカップにお茶を入れ、自衛団の人たちにもお裾分けする。


 ロズウェルが石のベンチに戻ってくると、ユーリがしみじみと呟く。


「美味しい」


 湯気越しから、彼女の緩んだ顔がうかがえて、ロズウェルもお茶を飲みながら笑みを浮かべる。


「よかった。よくパーティーの仲間たちともこうやってお茶を飲んでいたんだ」


「ねえ、どんな人たちだったの?」


 期待のこもった眼差しに、ロズウェルは苦笑してから口を開く。


「僕の仲間はね、みんな戦士の名家や弓兵の名家の出身で、小さい頃から魔物との戦いの第一線で活躍していた奴らでさ。本当に頼りになる奴らだった」


 でも、と言葉を途切れさせる。


「僕以外の三人は幼馴染で、もともと三人だけで行動したいたんだけど、王太子殿下から迷宮探索の任務を受けるようになってね。そこで魔導士の補佐役が必要だからって僕の名前が挙がって仲間になったんだ」


「王太子からの推薦? あなたって本当にすごい人ね」


 ユーリの純真の眼差しに胸をえぐられる。ロズウェルは目を伏せた。


「……同世代だったから仲良くしたかったんだけど、僕はいつも妹とばかり行動をしていたから、なにを話していいのかわからなくて」


「もしかして……お茶に逃げた?」


「うん、逃げました」


 ロズウェルはティーカップに浮かぶ水面を見つめる。


「美味しいお茶を話題にすればなんとかなると思っていたんだけど、やっぱり上手くいかなくてさ。結局、あいつらとどんな会話をしていたのか、緊張していてほとんど覚えていないんだ」


 目を閉じれば、戦っているときの勇猛な彼らの背中だけが浮かび上がる。


(王太子殿下の命令で集められた四人だったから、任務をつつがなくこなせれば不仲でも別によかったとあのときは思っていたけど)


 だが、弱体化してより多くの人とかかわるようにしてから、間違いだったと反省した。


「僕と彼らは強かった。でも互いの力量を把握していても、心から相手を信頼していなければ連携は上手くいかない。僕が魔力器官を損傷したのは、人とかかわることを避けていた僕自身の驕りでもあるんだ」


 ロズウェルはふと片手で銀髪に触れる。腰まであったのに、ずいぶんと短くなってしまった。伸ばそうとは思わない。もう魔導士ではないのだから。


「私は――あのときのあなたに、驕りは一切なかったと思う」


 その言葉に呼吸を忘れ、歯を食いしばりながら顔を上げた。


「――どうしてそう言い切れるの?」


 やっとの思いで声を絞り出すと、ユーリは眉を寄せていまにも泣きそうな顔で微笑む。


「いまのあなたを見て、そう確信できたから」


(なんだよ、それ)


 まるであの場に居合わせたかのような口ぶりではないか、と思いかけたとき、ロズウェルは口元を押さえる。


 なにかが頭の中に火花のようにちらつく。それは真っ黒な外套(がいとう)だ。光沢感のある糸で編まれていて、光に当たるたびに星のごとく煌めく。


(ユーリには明るい陽だまりが似合うとばかり思っていたけど)


 でもいまは――


 ひんやりとした風が、彼女の肩までの金糸の髪をなびかせる。前髪から覗く瞳は、相変わらず鮮烈なほどの気高さを秘めている灰紫色だ。


 真っ黒な夜更けの中で、彼女が一等星のように光輝いている。


 まるで希望の光だ。


「僕が猪の魔物に襲われていたところを助けてくれたとき、言っていたよね? 僕と会ったことがあるかもしれないって」


 ロズウェルとユーリの視線が交差する。


「確信はないけど……僕もそう思うよ」


 彼女は闇の中で輝く希望そのものだ。奇跡的に、ロズウェルはそんな彼女の相棒としてそばにいることを許されている。


(誰にも譲りたくない)


 憧れだから、尊敬しているからという気持ちだけではない。彼女は蝶豆を使ったお茶が青や紫の色に変化をするように、いろんな表情を浮かべる。


 その表情を、一番近くで目に焼き付けたい。


(――ああ、これが誰かを好きになるってことなのか)


 ようやく自分の中で、ユーリへの恋心を浮き彫りにすることができた。


 ひとつの答えを出せたことに身が軽くなれると思いきや、恋というのは厄介で、身を焦がすように胸を締め付ける。


「僕もそう思う、か。ロズウェルってロマンチストよね。私、そういうの好きよ」


「ぐっ」


 ロズウェルはうめき声をあげ、ティーカップを持つ手を震わせる。


(気軽に好きって言わないでほしい……!)


 しかも以前出会ったことがあるかも、という問いをはぐらかされた気がする。悶々としながらお茶を飲み干すと、ユーリが悪戯をひらめいた子どものように笑みを浮かべる。


「ねえ、私たちの救助隊の名前である『オルヌス』の由来って知っている?」


「え?」


 急になんだろうと小首を傾げつつ、頭の中の記憶を探ってみるが、心当たりはなかった。


「そういえば知らないな」


「実はね、バルロの伝承に出てくる鳥の名前なの」


「鳥? ……もしかして」


 ロズウェルは身に付けていた制服の胸元を見る。そこには翼を広げた鳥の銀色のプレートが縫い付けられていた。


「その鳥は、精霊の涙から生まれたとされていて、不老不死だったの。でも自分のほかに同じ個体がいなかったから、他の鳥や生き物と仲良くなっても、死を見送ることしかできなかったから、いつしか一人ぼっちで行動するようになった」


「へえ」


 理解者ができずに一人でいることのもどかしさと苦しさはわかる。ロズウェルはつい自分事のように聞き入ってしまう。


「あるときオルヌスは一人の若者が行き倒れていることに遭遇してね、彼を水飲み場まで案内したの。そうしたら若者はとても感謝して、オルヌスが不老不死だと知って、寂しがらないように子孫たちに寄り添うようお願いしたの。それはいまも続いているんですって」


 きっとオルヌスが優しい鳥だったから、子孫たちは命令に背かずにいまも見守り続けているのだろう。


 なんて優しい話なのだろうと思っていると、涙腺が刺激される。これ以上、真面目に話を聞いていたら泣き出してしまいそうだ。


 ロズウェルはお茶に集中しようとするが、すでにティーカップの中身は空っぽだった。


「オルヌスは自分が寂しかったことにようやく気づいたの。相手の死に直面することが怖くて生き物とのかかわりを避けていたけど、かかわることで満たされることがあると知ったのよ」


(心の染みるいい話じゃないか……!)


 せっかく話してくれたユーリになにか感想を伝えたいが、その前に嗚咽が漏れだしそうで口を開くことができない。


 彼女はじっとロズウェルの目を見てくる。


(あ、これ、僕を泣かせようとしているのか)


 二歳年下の女の子に泣かされるのはマジでふがいないからやめてくれと思いつつ、心は誤魔化すことはできない。


「フレスカさんとトバリさんは救助隊をつくる前から各地を巡って傭兵をしていたの。そしてバルロに流れ着いて、現地の人に助けられたときにオルヌスのことを知って、この地に救助隊をつくったのよ」


(くそう。もう駄目だ)


 ロズウェルはその場でうつむいた。するとユーリが銀髪を撫でてくる。


「ねえ、ロズウェル」


「なん、だよ」


「オルヌスに来てくれてありがとう」


「……っ」


「二人の力で勝とうね」


「……う、ん」


 ロズウェルはなんとか言葉を絞り出すが、同時に目から水滴も絞り出してしまって、地面を濡らした。


(ああもう、ユーリはいつもどうして僕の欲しい言葉をくれるんだよ)


 ますます離れられなくなってしまうではないか、と心の中で吐き出した。


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