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第27話 『明日も的をたくさん用意してね♡』

 特訓を始めたロズウェルとユーリは、日勤終わりに必ず、肩を並べてバルロの街を歩き、教会へ行くようになった。


 街の人たちは密かに「あの二人は付き合っているのか?」と噂するようになったが、話している内容はかなり物騒だった。


「ユーリは誰に魔法を教わったの?」


「フレスカさんよ! 七歳で初めて浮遊魔法を使ったときは楽しすぎて、フレスカさんと一緒に雲の上まで行けるか確かめようとしたんだけど……いざ雲にたどり着いたら寒すぎて体が凍ってしまって。その上、浮遊魔法の効果が切れて、二人して地上に落下しかけたことがあってね」


「お、おおう」


「地上でトバリさんが受け止めてくれたの! あのときのトバリさん、とってもかっこよかったな~」


「へ、へぇ~」


 トバリは魔法が使えないと言っていた。彼は生身のままで上空から落下する大人と子どもを地上で受け止めたというのか。


 人間として規格外の人だと思うと同時に、トバリの焦っている姿が目に浮かぶ。


(たぶんフレスカさんだけはトバリさんに怒られたんだろうなぁ)


 ユーリは一見すると真面目な優等生だが、やんちゃな一面も持ち合わせているらしい。


「ロズウェルは雲まで飛んだことある?」


「あ、あ~とそうだな。息ができなくなる場所まで飛んでこいと父上に言われたことならあるよ」


「本当? すごーい!」


 彼女はきゃっきゃっと黄色い声を弾ませてくれるが、ロズウェルが以前パーティーを組んでいた元仲間たちに同じ話をしたときはドン引きされた。


(特訓を始めたころは好きな食べ物の話とか、ほんわかした内容が多かったのに。いつのまに過激な話題が多くなっているし……)


 ユーリは肩までの毛先を揺らすように足を弾ませる。ロズウェルは横目でその姿を見て、微笑ましく思う。彼女は弱みを見せてから、キリっとした演技をしなくなった。


(前よりも気を許してもらっているってことだよな)


 それが嬉しいし、愛おしい。だが同時に懸念もあった。


(たぶん、彼女には両親がいない)


 会話の中に両親の話がまったく出てこないのだ。その代わりに、いつもフレスカとトバリの名前が出てくる。


 彼女が両親の話をしてくれるまで深入りするつもりはないが、時折、彼女は寂しそうな顔をする。


(あ、いまも)


 ユーリは常に笑みを浮かべているが、ふと遠い目をしているというのか、心がここにあらずといった顔をする。


(その顔を垣間見たとき、どうしても手を握ってこっちに振り向かさせたいと思ってしまうのはなぜだろう)


 いやでも実際に手を握って振り払われたら嫌だしなと思っていると、あろうことかユーリに腕を掴まれる。


「ロズウェル、すごいわね! 教会が見違えるほど綺麗になっている!」


「……⁉」


 ロズウェルは勢いよく片手で顔を覆った。挙動不審な動きに、ユーリはきょとんと首を傾げる。


「どうしたの?」


「ごめ、少し考え事をしていた。そうだね、君の言う通りだ。僕も綺麗になったと思う」


 ロズウェルは改めて教会を見つめる。参列者に林檎を使った薬膳茶を振舞ったことで前よりも寄付金が増え、同時にオスカーとブラックベリー兄弟による男手が増えたので、壁や床のひび割れを修繕することができた。


「よく来たな、ユーリ! 今日も庭を使っていいぞ!」


 教会の聖堂に入ると禿頭を一段と輝かせたゼルツが迎え入れてくれた。その背後には前よりも頬がふっくらとしたブラックベリー兄弟がにこやかに会釈をした。


「ごめん、二人とも。教会のことを任せっきりで」


 ロズウェルが詫びると、ブラックベリー兄弟は首を横に振る。


「大丈夫っすよ」

「あとでオスカーさんがそっちに行きますのでよろしくお願いします」


「うん、ありがとう」


 そういってロズウェルはユーリと共に庭に向かう。


(よしよし、二人とも健康的になってきたじゃないか)


 食事の貧しさと心の貧しさは直結している。この調子でオスカーにも丸くなってもらいたいものだ。


 庭先に立つと、日が暮れてきた。


「まずは私の弱点の克服ね」


 ユーリはサファイアブルーのジャケットを脱ぐと、黒い半袖とスカート姿になる。ロズウェルは頷きかけると、十歩ほど離れた先に、薄い木の板を地面に固定する。


「よし、これでいいな。いつものように雷魔法で的を当ててみよう!」


 ユーリは呪文を唱えて、電気を帯びた球体を作る。


「腕を伸ばして、手のひらを的に合わせて……まずはまっすぐ打ってみて」


 すかっ。


 ユーリはなんとも言えない表情でロズウェルを見上げた。ロズウェルはほがらかな笑みを浮かべたまま、次の指示を出す。


「今度は弧を描くように打ってみて」


 すかっ。


 ユーリは眉を寄せて不安げな表情でロズウェルを見上げた。ロズウェルは表情を崩さないまま、さらに次の指示を出す。


「もっと狙いを定めてみよう。人差し指の指先に球体を浮かべて、人差し指を的に向けて、そう、それで打ってみて」


 すかっ。


「……」

「……」


 ユーリは泣きそうな顔で上目遣いをしてきた。ロズウェルは目を逸らすように斜め上を見つめる。


「今日も的は一個でよかったか」


 ぽつりと呟くと、ユーリに聞こえていたのか、彼女は拳を振り上げてロズウェルの背中をぽこぽこ叩く。


「痛い痛い。あ、ほら、えっと、狙った方向に打つことはできるから当たらなくても上出来だよ」


「それだと特訓の意味がないでしょう⁉」


 ユーリは涙目で悲痛な声を上げる。ロズウェルは「うーん」と眉間にしわを寄せる。


「僕を追いかけるように球体を動かすことはできるかい?」


「ぐっ……やってみせるわ」


 意気込みだけは上々だ。


 ロズウェルは後ろに下がったり、右に避けてみたり、周囲を走り回る。ユーリは真剣な形相で雷魔法の球体を操る。


(当たらないだけで動きは悪くないな)


 ロズウェルは走ったまま長剣を引き抜く。


「いい感じだ。難易度を上げるよ。次は剣で打ち合いながら球体を動かして、僕の動きを誘導させろ」


「! わかった」


 ユーリは片手で剣を引き抜いた。そのまま打ち合いをするが、ユーリは魔法に集中するあまり隙だらけだ。


「はい、真っ二つ」


 ロズウェルがユーリの胴体で刃を止めると、ユーリは悔しさと歯がゆさでぐちゃぐちゃになった顔で「よくやったわ」と告げる。


 そして両手で顔を覆ってため息をついた。


「で、元魔導士の視点から見て、あと十日で間に合う?」


 忖度なしで教えてと言われ、ロズウェルは正直に答える。


「そうだな。命中率は諦めたほうがいいと思う」


「そうよね……いつ習得するか不確定なものに頼っていたら剣術の練習にも支障が出るもの。でもごめんなさい。やめるつもりはないわ」


 ユーリの前髪から見える灰紫色の瞳には闘志が宿っている。それを見て、ロズウェルは口角を上げる。


 本人がやりたいのであれば、全力で背中を押すだけだ。


「うん、何度でも付き合うよ。それに現時点で当たらないだけで、狙った方向に飛ばせることがわかったのはよかったかな」


「え?」


「こういう作戦はどうかな?」


 ロズウェルは人差し指を立てて、口角を上げる。手ぶりを使って説明していくと、曇ったユーリの顔がみるみるうちに晴れやかになっていく。


「これなら君の魔法を最大限に生かすことができるだろう? 僕も大助かりだ」


「そうね! これは私たちにしかできない戦い方だわ!」


 ユーリはぱっと目を輝かせてその場で飛び跳ねた。


「じゃあ次は僕の特訓を頼むよ」


「任せて!」


 ロズウェルの特訓は二刀流に慣れることだ。だがユーリに二刀流はできない。

 そこで。


「よォ、やっているかァ」


 白いローブを身に付け、肩に剣を担いだ大男がやってきた。髪は青く、頬には傷がある。


「お前をボコボコにできる機会に恵まれるとはなァ」


 オスカーは琥珀色の瞳を細めた。すかさずユーリの顔が険しくなる。


「オスカーさん、剣を握るからには私の動きについてきてくださいね。あと不審な動きをしあら私が叩き斬りますから、そのつもりで」


 彼女は少しうつむいて睨むようにオスカーを見上げる。先ほどの雰囲気とは打って変わって刺々しい気配をかもし出していた。


「……気の強い女だなァ。だが、いい。いまはこいつを一緒にボコそうぜェ」


 ユーリとオスカーの目がキラーンと光り、ロズウェルは戦慄しながら剣を構えた。



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