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第26章 『色気のない特訓』

「まずは敵を知るべきだと思うわ」


 次の日の勤務でユーリから告げられた言葉に、ロズウェルは深々と頷く。


「異論はない。さっそく行こう」


 救助隊員はバルロ周辺の見回り以外は、基地の中で報告書をつくったり、運動場で格闘技や剣術などの鍛錬を積んでいる。


 ロズウェルとユーリは機会を見計らって、トバリとレイノルドに声をかける。


「トバリさん、レイノルド、二対二で稽古をつけてくれませんか?」


 そういった瞬間、レイノルドは顔のあらゆるシワを寄せ「嫌だ」と踵を返した。


 そして三歩ほど進んだあと「呼び捨てにするな! ロズウェル!」と怒鳴ってからまた背中を向けた。


「君だって僕のこと呼び捨てにしているのに」


 ロズウェルが後ろ姿を見送りながら呟くと、トバリは口にくわえていた煙草をふかしてから豪快に笑う。


「上手くやっているようでよかったよかった」


「あの……僕には上手くいっていないように見えるのですが」


「本当に嫌いなら、あいつは突っかかったりしないだろう。怒鳴り声はあいつなりの愛情表現だから、これからも気にかけてやってくれや」


「はあ」


 気の抜けた返事をすると、彼に思い切り背中を叩かれた。


「いっ」


「よし、じゃあ稽古をするぞ! 二人まとめてかかってこい!」


 そういってトバリはロズウェルと肩を組んだまま大股で運動場を目指す。その道中で武器の保管場所から双剣を片手で簡単に掴んだ。


 外に出ると天気は晴れ晴れとしていて、霞がかった雲がベールように広がっている。


「さあ構えろ」


 トバリは運動場のど真ん中に立つと、ベルト付きの鞘を背中に固定し、双剣を引き抜く。


 ロズウェルとユーリもまた剣を引き抜く。


 じりじりと間合いを詰め、息を合わせて踏み込んだ。


 最初に仕掛けたのはユーリだった。素早い動きで突きを繰り出し、トバリの双剣を牽制する。その隙にロズウェルがトバリの脇腹を狙うが。


「おっと」


 トバリが足蹴りを仕向けた。だが、ロズウェルはユーリとの戦いの中でそれを経験したことがあったため、後ろに跳躍してよけてから再び距離を詰める。


 するとトバリは力技でユーリの剣を弾くと、振り向いてロズウェルに襲い掛かる。


(……すごい威圧だ!)


 琥珀色の瞳がロズウェルを捕捉した。まるで獰猛な獣のような目だ。


 双剣がロズウェルの頭をかち割るように振り下ろされるため、なんとか長剣で受け止めるが。


(ぐっ……! 猪の魔物の比じゃない‼)


 受け止めた瞬間、膝が曲がり、足が地面にめり込みそうなくらいの衝撃が全身を走る。


「重いっ」


「おいおい、重いっていうなよ~。心が傷つくぜ」


 トバリは飄々と言葉を並べると同時に、さらに重みを加える。腕の筋肉がはちきれそうだ。


「なあ、ロズウェル。この程度で音を上げるなよ」


 彼は右手の剣だけ振り上げると、背後から迫っていたユーリの攻撃を受け止めた。


「ほら頑張って打ち込めよ」


 彼はロズウェルに視線を向けたまま、左手の剣だけで牽制する。


「うがぁ!」


 ロズウェルはやっとの思いでトバリの左手で握られた剣を真上に吹っ飛ばすと、次々と剣を振りかざして打ち合っていく。


 同時にユーリもトバリに向けて剣を振りかざしていくが、トバリは余裕そうに口笛を吹いて、攻撃を受け止めていく。


(さすがユーリの師匠! 強い)


 内心で感嘆を漏らした瞬間、ロズウェルの鳩尾にトバリの蹴りが入った。


 そのまま真後ろに吹っ飛んでいき、なんとか受け身を取ろうとするが、勢いを殺すことができずに腰を地面に打ち付けてから転がった。


「ロズウェル、早く立って!」


「っ……ああ!」


 ユーリの声に弾かれるように立つと、頬に流れる汗を雑に拭ってから、再び剣を構えてトバリに立ち向かっていく。


 そのあと蹴りを二回、地面に三回ほど転がされた頃……トバリの猛追は止んだ。


「これで格の違いがわかったか?」


 トバリは仁王立ちをして、地面に這いつくばっているロズウェルを見下ろす。その傍らには荒い呼吸をするユーリの姿もあった。


「は、はい。お時間、いただき、ありがとうございました」


 ロズウェルは息を切らしながらも、なんとか一人で立ち上がった。




◇◆◇

 救護室で互いに治癒魔法を使って傷を癒していると、ふとユーリが口を開く。


「それで、実際にトバリさんの双剣を受けてどうだった?」


「とても一人ではさばききれない。その上、レイノルドもいるとなると……恐ろしいな」


 そういってからロズウェルは顎に手を添える。


「遠距離からはレイノルドの魔法が飛んできて、だからといって懐に入るとトバリさんの猛追があるとなると……認めたくはないけどあの二人の連携には敵わない」


「そうねえ、トバリさんには双剣の実力だけではなく、他の懸念もあるけれど……私はそこまで悲観しないわ」


 ユーリは陽だまりのような笑みを浮かべていた。あまりにも穏やかに微笑んでいるため、ロズウェルの不安が払拭されていく。


「逆に言えば、距離が遠いときはトバリさんからの攻撃はなく、距離が近いときはレイさんの攻撃はないの。あの二人は互いの間合いを侵食してまで相手に手を出さない。それは私がこの半年間、一緒に行動していたから間違いないわ」


「なるほど……じゃあそれぞれの距離に合わせて、僕とユーリ対トバリさん、みたいな展開ができるということか」


「普段の戦闘とは状況が違うから、もしそうなったときにレイさんがまったく手を出さないとは限らないけど、私たちが二人に勝つとしたら、そこで勝負するしかないわ」


「じゃあより綿密な連携が問われるというのか……」


「他の隊員にも声をかけて二対二での戦いに慣れたほうがいいわ。あとは……私たち、もっと互いのことを知るべきだと思う」


「そう、だね」


 ロズウェルはつい口元を押さえる。


(どうして返事がぎこちなくなってしまったのだろう)


 脳裏に元パーティーの仲間たちの姿が浮かんだが、いま考えている余裕はない。勢いよく顔を上げる。


「よし、互いの弱点を補うぞ。僕の課題は二刀流の動きに慣れること」


「私の課題は魔法の命中率ね」


 互いに口に出してから、口元を緩ませる。


「魔法を扱うコツなら僕でも教えられそうだ」


「私もトバリさんに師事していたから、二刀流の動きは再現できそう」


 そしてどちらかともなく拳を突き合わせる。


「なんだか息が合ってきたな」


「本当にね。そっか、日頃から息が合うことをすれば、戦いにも生かせるかしら? 例えば社交ダンスとか。ワルツなら踊れるわよ」


「えっ」


 ユーリの予想外の発言に、唾が変なところに入ってロズウェルは咳き込む。


「踊ったことはある?」


「ごほっ、妹とはあるけど……」


 社交ダンスは肌と肌の密着感がすごい。手も握らなければならないし、腰に手を添えなければならない。息遣いまで身近で感じるし、正直ハードルが高い。


 ロズウェルが思わず頬を赤く染めると、ユーリが声を張り上げる。


「私だって恥ずかしいわよ! でもそれぐらいしないと、トバリさんたちには勝てないから……」


 いやそうでもないとは思うけど、という言葉を飲み込む。


(物は試しだ。それで勝てたら万々歳じゃないか)


 ロズウェルは濃紺の瞳を据える。


「わかった、やろう」


 そしてその場で腰を折ると、上目遣いでユーリを見つめる。


「僕と踊ってくれますか? レディ」


「……」


 一拍置いてから、ユーリが勢いよく顔を逸らした。


「ごめん、変だった⁉」


「変ではないけど、もっと普通にやって!」


「いやいや、これが普通のマナーだろう⁉」


「妹さんの刷り込みだと思う」


「ちゃんと講師から教わったから間違いないって!」




◇◆◇

 運動場で若い男女がワルツを踊っている。ドレスと礼服でもないのに様になっているのは、二人の見た目が整っているからだろうか。


 足でステップを踏むたびに砂埃が舞い上がり、食堂で食事をしていた隊員は「すげー」と感嘆を漏らすと同時に眉を寄せる。


「で、あいつらはなにをしているんだ?」

「トバリさんとレイノルドに勝つための特訓だとよ」

「あれが?」


 ちょうど食堂にレイノルドが入って来た。それに気づいた隊員が彼に声をかける。


「おい、レイノルド。お前を倒すための特訓をしているようだぞ」


「?」


 レイノルドは顔を険しくしたあとにサンルーム越しから裏庭を見つめて、「は?」と呆れ声を出す。


「……みなさん、いいんですか? ユーリさんが若い男と優雅にダンスを踊っていますけど」


 すると屈強な男たちは顔を見合わせて手を横に振る。


「いや、あれは全然羨ましくない」

「なんつーか、色気がない」


 それもそのはず。二人の顔に気迫がこもっている。あと、特訓が社交ダンスという発想が馬鹿馬鹿しくて嫉妬する気にもならない。


「こりゃ、トバリさんとレイノルドの勝ちだな」


 誰かが呟くと、レイノルド以外の隊員がみんな頷いた。


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