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第25話 『貴様と俺では勝負にならない』

 ロズウェルは思わず聞き返す。


「ぶ、舞踏会ですか?」


「違う違う。戦うほうだよ」


 フレスカの言葉にロズウェルはややあって合点がいく。


 豊穣祭は魔物による被害が多いキルクス王国にとって、とても大切なお祭りだ。

 三日間かけて食料の恵みに感謝をして、二日目には魔物による被害を食い止める意志を示す武闘が披露される。


「バルロのみんなが君たちの活躍を見たいと望んでいるんだ。どうかな?」


「それは……」


 ロズウェルはユーリの顔を見てから、困った顔をする。


「あの。正直、僕ではユーリの相手になりません。そういうのは実力が互角の人が出るものでは?」


「確かにそういう場合が多いけど、あんまり気負わなくていいよ。だって途中までは出来レースだし」


「出来レース⁉」


「うん、そう」


 フレスカはなんてことないように答える。


「試合時間は五分間だけど、すぐに勝敗が決まってしまったら武芸を披露したとは言えないだろう? だから最初の四分間は互いに技を出し合って観客を鼓舞して、残りの一分間で勝敗をつけるんだ」


「な、なるほど」


 ロズウェルは顎に手を添えて考え込む。


(一対一か……)


 ユーリと戦うことに文句はない。だが、いまは彼女よりも戦うべき相手がいる。


「ねえ、ユーリ」

「ねえ、ロズウェル」


 濃紺の瞳と灰紫色の瞳がかち合い、同時に頷く。


「それって、二対二でもいいんですか?」


 そして、声も重なった。その瞬間、フレスカの灰色の瞳に好奇の色が混ざる。


「僕たち、連携をもっと磨きたいんです」


「トバリさんとレイノルドさんと戦うことはできますか?」


 真剣な眼差しで告げると、フレスカはふっと微笑む。


「二対二ね、いいんじゃないかな」


「本当ですか!」

「やった!」


 ロズウェルとユーリは手を合わせるが、フレスカは「けど」と言葉を漏らす。


「トバリなら二つ返事で承諾してくれると思うけど、レイノルドはどうかな」




◇◆◇

 レイノルドはバルロの一角にある借家に戻ると、一息つく。


 ランプに明かりを灯せば、夕日のようなオレンジ色の光が部屋中に広がり、壁面の本棚まで照らし出された。


 本が隙間なく並んでいて、背表紙に書かれた表題はどれも魔法にかんする書物だった。


 レイノルドは革張りの一人掛けソファに腰掛けると、丸眼鏡をテーブルに置いてから、両手で顔を覆った。指の隙間から薄暗い天井を眺める。


(今日の救助活動はなかなか骨が折れたな)


 夜勤明けからの救助活動だった。いくら治癒魔法があるとはいえ、一息つけば体がずっしりと重く感じた。


『よそ見はするなよ』


 ふとトバリに言われた言葉を思い出し、つい舌打ちしてしまう。


(クソッ)


 魔法を使う者として、ロズウェル・アークトゥルスを無視することなんてできるわけがない。


 例え魔力量が十分の一になったとしても、彼ならきっとなにかやってくれると思わずにはいられなかった。


(だが結果はどうだ?)


 レイノルドは碧眼を閉ざす。脳裏に浮かんだのは魔法で口鳥を誘導して、剣で叩き斬っていくロズウェルの姿だ。


(あれがいまのあの人の実力なのか……)


 深々とため息をついたとき、ノック音が聞こえる。誰かが家にやってきたのだ。すでに日は落ちている。


(こんな時間に誰だ?)


 もしも酔っぱらったトバリさんだったら容赦なく追い出そうと意気込んで、扉の向こう側に声をかける。


「誰だ」


「こんばんは。ユーリです」


「ユーリさん?」


 こんな時間にどうしたのだろうか。


 固唾を呑んでから扉を開けると、なぜかロズウェルがいて、丸眼鏡をかけていないせいで変な幻覚を見たと思い、反射的に扉を閉める。


 しかし、寸前とのところでロズウェルが足を扉に挟み込んできた。「いてっ」とまぬけ声を上げたため、本物だと認識する。


「なぜ貴様がここにいる」


「ちょっと用がありまして」


「は⁉」


「実は私も同じ用があって」


 ロズウェルの背後からユーリが顔をのぞかせた。彼女の姿を見て溜飲は下がるが、ロズウェルのまぬけ顔をいま一度見ると苛立たしくなってしまう。


「なんの用だ。手短に話せ」


 腕組みをして二人を見下ろすと、彼らは顔を見合わせてから瞳を輝かす。


「レイノルドさん!」


「私たちと一緒に豊穣祭の武闘会に出ましょう!」


「……は?」


 斜め上の発言に、レイノルドは碧眼をさらに険しくする。だが、二人はすごみにも負けずに声高らかに言葉を並べる。


「先ほどトバリさんから許可は取りました!」


「ぜひ二対二で勝負してほしいの!」


 ユーリはともかく、ロズウェルはレイノルドと同い年のはずなのに、精神年齢が幼稚すぎる。正直うるさい。


「ああもうロズウェル貴様、玄関先でピーチクパーチクうるさい! ユーリさんはとりあえず中に入ってくれ!」


「僕は⁉」


「静かにするなら入れてやる!」


「静かにするする」


 言い方が気に食わなかったが、仕方ないので部屋に入れてやる。


 レイノルドはテーブルに置かれた丸眼鏡をかけ直してから、ユーリを椅子に案内すると、自身はソファに深々と腰掛ける。ロズウェルの分の椅子はないため、立たせておく。


「ユーリさん、要件はわかりました。せっかく来てくれて申し訳ないが、断らせてくれ」


「レイさんならそういうと思っていました」


 ユーリは結果がわかっていたのか控えめに微笑んだ。レイノルドはいたたまれなくなって、眉間にしわを寄せる。


「他の班に頼めばいいだろう。なぜ俺たちなんだ?」


「トバリさんとレイさんと戦うことで、私たちに足りないものが補えると思ったから」


 なるほど、とレイノルドは肩をすくめる。


「武闘会の話は聞いたことがあるが……ユーリさんはともかく、こいつと俺では勝負にならないだろう」


「それがそうでもないの」


 ユーリは出来レースの話をしてくれる。最初の四分間はただの打ち合いで、残りの一分間で勝敗を決するなら、まだユーリとロズウェルにも分があるかもしれない。


 レイノルドは熟考したあと、ふとロズウェルを見つめる。彼は壁面に並べられた書物を真剣に眺めていた。


「ユーリさん、少しだけこいつと二人で話をしてもいいか?」


「え、僕と……?」


 ロズウェルは自分自身を指さす。相変わらず、ふぬけた顔をしている。


「来い」


 レイノルドはロズウェルと共にベランダに出る。ここは三階建ての最上階なので、街の明かりがよく見える。


 風が吹き、レイノルドのひとつに結んだ赤髪がなびいた。ふと、ロズウェルの銀髪を見て、真顔のまま拳を握り締める。


「今日の救助活動のお前の指示は的確だった。それは認める」


「え……」


 まさか褒められるとは思っていなかったのか、ロズウェルは口を何度も開閉して驚いていた。レイノルドはため息をついてから「だが」と強調する。


「トバリさんは互いを補えばいいと言っているが、剣術も魔法も半端な者に、僕は背中を預けることはできない」


 レイノルドはロズウェルの目を真っすぐと射抜く。


「稽古を続ければ強くはなるだろう。でも仲間がお前である必要はない。優秀な者はほかにもいるのだから。人には適材適所という奴がある、わかるだろう?」


 そして、ロズウェルの胸元に拳を置いた。


「俺は魔法の扱いに長けているが、魔導士にはなれなかった。自分だけの魔法を生み出せなかったからだ」


「……」


「だがフレスカさんにスカウトされてオルヌスに入隊した」


 魔導士の才能はないと知って絶望の淵に立ったとき、生まれて初めて自分を必要として、価値を見出してくれた人たちと出会った。


 きっとそのときの喜びと高揚感と、少しばかりの悔しさは、常に選ばれる側のロズウェルにはわからない。


「だが貴様は違うだろう? 貴様には魔法を扱う才能がある」


 レイノルドは喉奥から無理やり言葉を絞り出した。火種は吐き出した。あとは感情を燃やして言葉に示せばいい。


「貴様は人のほっとした顔が好きだと言ったが、それを見るためには救助隊でなくてもいいのではないか? 貴様には薬膳茶をつくった功績がある。例えアークトゥルス家から追放されていたとしても、魔法薬学の学者として雇ってくれるところはあるだろう。それか魔導士を育てる指導者になる道だってある」


 ロズウェルは初めて目を伏せた。ややあって、小さな声で答える。


「そうだね。学者になれば国から研究費が出るし、研究のために各地を訪れることだってできる。僕の老後の夢は世界中のお茶巡りだから、願ったり叶ったりだ」


「なら」


「でもいまやりたいのはそれではないんだ」


 再び視線が交差する。相まみえたのは普段の穏やかな目ではない。決意のこもった男の目だ。


 レイノルドは挑発的に笑う。


「なんだ、結局は魔物と戦いたいだけなのか?」


「違う。僕がオルヌスを選んだのは、追いつきたい人がいるからだ」


「それは……ユーリさんのことか?」


「そうだ」


 レイノルドは「失望した」と吐き捨てる。恋心など、もっともくだらない感情だ。


「まさか本気で色恋沙汰が理由だったとはな」


「いや、色恋沙汰っていうか……憧れというか」


 ロズウェルは手をあわあわと動かして身をよじった。レイノルドは舌打ちをする。


「よしわかった。俺が貴様をオルヌスから追い出してやろう」


「え?」


「武闘会に参加してやる。ただし俺が勝ったらお前はオルヌスを辞めて学者になれ」


 きっぱりと断言すると、ロズウェルは「うぇっ」と素っ頓狂な叫び声を上げる。


「僕の進路を勝手に決めるなよ!」


「その方が大成するし、世のため人のためになる。間違いない」


「……ええー」


 彼はふてくされた顔を浮かべたあと、レイノルドをじっと見つめる。


「じゃあ僕が勝ったとき、レイノルドさんはどうするんだ? スカウトで入隊したのだろう? 私情で辞めることなど許されない」


「そうだな。じゃあ貴様の奴隷になってやる」


「奴隷? このご時世で?」


 提案されたロズウェルのほうがドン引きしているのが腹立たしい。


「あのさ、奴隷よりももっと君が嫌がりそうなことがあるのだけど」


 鋼の心臓か。まったくもっていい度胸である。レイノルドはこめかみに青筋をつくった。


「なんだ、言ってみろ」


「友だちはどうかな?」


 レイノルドは特大級の舌打ちをしてから「勝手にしろ!」と背中を向ける。


(これだからこの男は嫌いなのだ‼)




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