第24話 『いまの自分にできること』
ロズウェルは濃紺の瞳を据える。
「ユーリ! 雷魔法をなるべく結界の近くに展開してくれ! それだけで口鳥は寄り付かない!」
「! わかったわ」
ユーリは先ほどと同じ呪文を唱えると、ロズウェルの指示通りに魔法を使う。口鳥に当てることはできなくても、結界の近くに展開することはできるようだ。
(今回の勝利の鍵はレイノルドさんにある)
ロズウェルは中州に向けて声を張り上げる。
「レイノルドさん、口鳥がひとつの塊になって地上に落ちてきます! それをくらったら僕たちは穴だらけだ! 上空の口鳥を魔法で討つことはできませんか⁉」
指をさした方向には、先ほどよりは小さくなったが、黒い渦がまだ浮かんでいた。
彼は眉間にしわを寄せてから頷いた。するとトバリが彼の肩を叩く。
「いけるか、レイ」
「いけますけど、詠唱に少々時間がかかります」
「よし、わかった。時間は稼ぐからどでかいのを食らわせてやれ!」
トバリの言葉によって、レイノルドは本の頁をいくつかめくり、呪文を唱え始める。
すると口鳥は身の危険を感じたのか、集団になってレイノルドに襲い掛かる。それをトバリが双剣で蹴散らしていくが、保険が欲しい。
(トバリさんは魔法が使えないし、僕がここからレイノルドさんを守るために防護魔法を使う余裕はない……ということは)
ロズウェルは咄嗟に口を開く。
「ユーリ、トバリさんの補佐を」
「私がトバリさんの補佐に入る!」
言葉が重なった。互いに目を見合わせ、そのまますれ違う。
口鳥の攻撃は中州に集中している。とはいえ、数十匹がロズウェルの前に立ちふさがる。
「まあ、そうなるよな。だが」
ロズウェルは手の平の上に、無言詠唱で光の玉を出す。
「僕も多少は魔法を使えるんだぞ?」
五つほどの小さな光の玉を自在に動かし、口鳥の動きを誘導しながら剣で斬っていく。当たらなければ魔力はそれほど消費しない。それをずっと繰り返す。
(全部守るんだ)
レイノルドの詠唱が終わるまでずっと。
(守ってみせる)
だけど体力は無限ではない。肺が軋み、手足が重くなってきた。
苦しくって苦しくって、ふと思わずにいられないことがある。
もしも魔力量が十分の一になっていなかったら、口鳥など敵ではなかった。特大級の光魔法を空に打ち上げていまごろ口鳥の群れを霧散させていた。
(できたことができなくなる。これほど苦しいことはない。けど、いまの自分を否定したくない)
ロズウェルは眉を寄せてから、片手でベルトに固定してあった小瓶を開けると、素早く口に含む。
(バルロ特産のお茶の仕上がりは上々だな)
林檎の爽やかな香りと茶葉の渋みが合わさって、不思議と肩の力が抜ける。
魔力という強大な力は失った。でも過去の経験と研鑽と努力は失っていない。
(僕が僕であるかぎり――守る!)
斬って斬って斬りまくる。朝焼けの中で舞ったユーリのように。動きを止めるな、流れるように身を任せ、自分の体を軸にして回れ回れ。
やがて、中州の一本の木よりも大きい光の矢が、天を貫いた。
口鳥の群れに直撃し、攻撃に当たったものは消滅し、逃れた口鳥が散り散りになって逃げていく。
そして仕上げとばかりに、トバリが箒に乗って周辺の【口鳥】を一掃する。それから結構な高さから飛び降りたが、すたすたと救助者たちのほうへ向かう。
(なんで平然と二足歩行できるんだよ‼)
ロズウェルはその場で思いきり脱力するが、まだ任務は終わりではない。これから救助者の手当てが待っている。
(みんなだいぶ体が冷えているだろうから、お茶の準備をしよう。ええっと、ポシェットには疲労回復の茶葉と痛み止めの茶葉があるから、ブレンドして……)
ちょうど援軍もやってきて、荷車を修復したり、治療に当たった。
◇◆◇
無事に救助者たちを安全な街道まで送り届けると、基地に戻って報告書を書くことになった。
一階の談話室のテーブルで、ロズウェルはユーリと向き合って羽ペンを握る。互いに上着を脱ぎ、黒い半袖姿という格好をしているが、その顔は険しい。
ロズウェルがふと視線を感じて顔を上げると、ユーリと目が合った。
「トバリさんとレイさんの連携を見た……?」
「うん、見ていたよ」
二人の連携は隙がなく、口鳥が救助者に近付くことはなかった。対してロズウェルたちは三匹の口鳥による攻撃を許してしまった。
「連携がうまくできなかったのは、あなたのせいじゃない。先輩である私が至らなかったせいだわ」
ユーリは拳を握り締め、声を震わせた。
「私たち、もっと声掛けが必要だった。それに……」
ギリッと歯ぎしりをしてから、気まずそうに口を開く。
「私の魔法がノーコンだって気づいたでしょう?」
「うん、まあ」
ロズウェルが神妙な顔で頷くと、ユーリはその場にうなだれた。
「幻滅した?」
「え?」
「私はあなたが思っているよりも、ずっと余裕がなくて。未熟者なの」
小さな声だった。ロズウェルは目を伏せてから苦笑する。
「仮に未熟だとしても、それで君への憧れが損なわれるわけではない」
「隙あれば口説いてくるのね」
「違うから……て、僕の渾身の誉め言葉をネタにするのはやめてくれ」
どちらかともなく、控えめに笑い合う。ロズウェルは机の上で頬杖をついた。
「僕は今回の件で、魔物と対峙する怖さを身に染みたよ」
アメフラシを討伐していなかったら、ユーリたちが雷に撃たれ、馬や荷台が増水した川に飲み込まれていたかもしれない。でも口鳥には襲われなかった。
状況は目まぐるしく変わる。その中で最良の結果を出すには日々の鍛錬だけでは足りない。
(僕は恵まれた魔力量を持っていたおかげで、なんでも一人でやろうとする癖がある)
ユーリはユーリで、初めて指導役をしなければならない緊張で、本来の実力が発揮できなかった。
「強くなろう、二人で」
ロズウェルはふっと目元を緩ませて、机に顔を伏したままのユーリを見つめた。可愛らしいつむじがよく見えて、さらに顔をほころばせる。
「連携を磨こう。それで僕たちにしかできない戦い方を見つけるんだ」
ユーリが顔を上げた。少し涙ぐんでいたのか、灰紫色の瞳が潤んでいる。
「……うん」
彼女は両腕で目元を拭うと、陽だまりのような笑みを浮かべる。
「二人とも、勤勉だね」
ロズウェルとユーリの肩に急に重みが加わる。フレスカが肩を組んできたのだ。
「お疲れ様、ロズウェル君。早速活躍してくれたみたいだね」
「いえ、僕は」
「よくやってくれたよ、君は。えらい! いっぱい褒めてあげよう」
そういってフレスカはロズウェルの銀髪をわしゃわしゃと撫でたあと、悪だくみを思いついた少年のように豪快に笑う。
「ああそうだ! 勤勉な君たちに頼みがあるんだけど」
「な、なんでしょう」
「君たち、二週間後の豊穣祭で行われる武闘会に出てみないか?」