第22話 『理想通りにいかないのが現実で』
ロズウェルは救助者たちに恐る恐る問う。
「あの……この辺りにもともと橋はかかっていませんよね。なぜこんな砂利の上を荷車で渡っていたのですか?」
「ロズウェル」
なぜかユーリにとがめられた。すると救助者の一人が顔を顰める。
「こ、ここだけは浅瀬ですから、浮遊魔法で荷車だけ浮かせて馬に引いてもらっていて。いつも同じことをして他の商会より移動時間を短縮させていましたから……」
「……なるほど」
ユーリはそれに気づいていたから、先ほど事情聴取をしたときになにか言いたげに眉を寄せていたのか。
正規の商業ルートである橋には衛兵が配置されている。そちらを使っていれば今回の事故はなかったはずだ。
(まあ、一番は魔物が悪いんだが)
そのとき、光が雨雲の中で閃くと、バキッと骨が砕けるような音がした。
雷が鳴ったのだ。
中州に視線を向けると、担架を広げているところだった。
よく見ると中州には一本の木が立っている。もしもあそこに雷が落ちたら、トバリたちもただ事では済まない。
ロズウェルは救助者たちに切羽詰まった声で告げる。
「急に雨が降ってきたと言いましたよね? いつの場面でしたか?」
「この川を渡っている途中ですけど」
「まさか」
ロズウェルは顔を顰めてから駆け出す。
「ユーリ! もしかしたら荷車の車輪にアメフラシが挟まっているかも!」
「え⁉」
これだけ伝えればユーリなら十分だろう。ロズウェルは彼女の返答を待たずに川岸の荷車の車輪を確認する。一方で彼女は箒に跨って中州の荷台を確認しにいった。
「いた……!」
ロズウェルが川岸の車輪に両手を突っ込むと、ぬるっとして弾力のある塊を掴んだ。刺激を与えないように優しく包み込んでから車輪から取り除く。
手の平には案の定、アメフラシがいた。胴体は傷がついているのか、血が漏れ出している。
「ユーリ‼ こっちにいた‼」
ロズウェルは雨にも負けない声で叫んでから、アメフラシを平らな石の上に置くと、剣先で貫いた。
その途端、嘘のように雨が止まった。
中州を見つめると、トバリとユーリがロズウェルに向けて「よくやった!」と親指を上げていた。
「よし、いまだ!」
トバリの指示のもと、レイノルドが救助者を連れて上昇する。ユーリも中州にいるため、取り残された馬と荷車もより安全に回収することができるだろう。
空にかかっていた雨雲は徐々に薄れていき、青空が広がっていく……はずだった。
「あれはなんだ」
誰かが空を指さした。
雨雲の切れ間から黒い渦が見えた。まるで巨大な蛇の如く、胴体をひねるようにうごめいている。
目を凝らすと、黒い巨大な蛇が斑の集合体だとわかる。ぽろぽろと斑が緩やかに弧を描きながら落ち、やがて羽を広げ毛玉のように丸い形をした胴体と、真っ白な歯が現れる。
その数、百以上。
「……敵襲‼ 口鳥だ!」
トバリは声を張り上げる。
魔物は、動物の形を象っていることが多いが、稀に人を殺すのに特化した強化型が生まれる。
口鳥は蝙蝠の魔物の強化型だ。歯並びが整った白い歯は、鋼鉄すら砕くため、人間の骨などひと噛みで粉々になる。もとが小型魔物なので一匹であればそれほど脅威ではないが、集団で襲ってこられたらひとたまりもない。
(嘘だろう)
口鳥の大群がアメフラシの雨雲を利用して移動していたなんて。聞いたことがない。
トバリは琥珀色の瞳を鋭くさせ、レイノルドとユーリに指示を出す。
「レイ、一度中州に戻るぞ! それから救助者三名に防護魔法で結界を張り、応援要請の狼煙を上げろ!」
「了解!」
上空にいれば手練れのオルヌス隊員は対処できるが、担架に乗った救助者たちが食い荒らされてしまう。正しい判断だ。
「ユーリは川岸に戻ってロズウェルと共に対処しろ!」
「ええ!」
「ロズウェルッ‼」
まさか、名前を呼ばれるとは思っていなかった。ロズウェルは肩を揺らしたあと、トバリを見つめる。
「そっちは任せた! きばっていくぞ!」
その声に、背筋が伸びる。
「……はい‼」
ロズウェルは声を振り絞ると、剣を構えるが、手の震えが止まらない。
(アメフラシを倒すべきではなかったのか……⁉)
いや、救助活動に最初から正解なんてない。その時々の状況で、対応していくまでだ。
ロズウェルは肺に酸素を送り込み、ゆっくりと吐き出す。なにがあっても救助者たちは守る。
反省はこの場をやり過ごしてからだ。