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第19話 『本当は話したくなかったんだと思う』

 フレスカは灰色の瞳を細め、口角を上げて入り口の柱に寄りかかっていた。その立ち姿だけで絵になってしまう美貌を持っているが……。


(どこか変わり者感が否めないんだよな)


 まあ俺に言われたくはないだろうけど、とロズウェルが思っていると、ユーリが頬を膨らませる。


「もう! フレスカさんまで来るなんて!」


「ごめんごめん。でも昨日、ロズウェル君に聞き忘れたことがあって。ほら、彼が情熱的なことを言うからさ」


「その節はすみませんでした」


 ロズウェルが椅子から立ち上がって腰を折ると、フレスカが「大丈夫だよ、椅子に座りなさい」と苦笑する。


 トバリとレイノルドが端によけ、フレスカがユーリの隣に空いていた椅子に座り、足を組んだ。ズボン越しでもわかる長い脚だ。


「さて、トバリも言っていたが、君には迷宮の経験があるよね?」


「はい」


 ロズウェルが膝上で拳を握り締めながら頷くと、フレスカはおもむろに口を開く。


「救助活動の一環で、王宮から派遣された精鋭部隊、もしくは別の地域の救助隊員と連携して迷宮に入ることもあってね。うちからも現在、四人の精鋭を遠征に送り込んでいる」


「なるほど」


 迷宮探索には、魔物との戦闘経験だけではなく体力と気力、あとは欠損を治すほどの治癒魔法を扱える者の同伴が必須となる。


 ロズウェルのパーティーは王太子の命令によって編成された部隊だったが、案外救助隊員のほうが実用的かもしれない。


「迷宮は誰もが入れるわけではない。内部資料は『ドルイド』から開示されているが、情報が足りない。ぜひ君の言葉でその貴重な経験を聞かせてほしい」


 ロズウェルはごくりと息を呑む。


  迷宮とは、人が多い街や都市などを、魔物が地下からこねくり回したことで生み出される魔物の巣のようなものだ。


 貴重な史料や魔法遺物ごと取り込んでいることから、数百年前には、各国が我先にと魔法遺物の回収を急いだことで戦争が起き、人口が減ったこともあった。


 それゆえ各国の有識者を募って迷宮管理機関『ドルイド』を創設し、今日まで彼らの監視下のもと迷宮探索が行われている。


(……経験か。魔剣のことは王太子殿下への守秘義務があるから話せないけど、人命優先だから探索の情報は開示しても大丈夫か)


 ロズウェルは濃紺の瞳を据える。


「僕が探索したことがあるのは、『カゲロウの迷宮』『樹海の迷宮』。あとは……『ヒスイの迷宮』です」


 語尾が思わず強くなってしまった。無理もない。この迷宮のせいで運命が大きく変わってしまったのだから。


 フレスカは眉を寄せて、顎に手を添える。


「キルクス王国内にあるのは『ヒスイの迷宮』だけだ。ここは()()()()()()()迷宮だから、今日はここの話を聞こうかな」


「わかりました」


 詳しい情報は頭の片隅でいまでもくすぶっている。ロズウェルはそれを引っ張り出す。


「まず『ヒスイの迷宮』は十五年前に滅びたネフリティス公爵領の街の跡地にあります。中は三層になっていまして、一層あたりの広さはちょうど……バルロと同じですね。瓦礫が散らばっていて歩きづらいですが、遮蔽物が多くあるので魔物から身を隠しながら進むことができました」


「魔物の発生頻度はどれくらいだ?」


 トバリの鋭い声が飛んできた。いつの間にかみんなの表情が真剣そのものだ。


「一層や二層は鳥や兎、鼠といった小型魔物が集団で襲ってきます。三層からは中型魔物が出てきますが、まあなんとかなります。ただ」


「ただ?」


 意外にもユーリが前のめりで食いついてきた。ロズウェルは不思議に思いながらも言葉を紡ぐ。


「『ヒスイの迷宮』は階層が少ないため、大型魔物や強化型の発生もそれほどないはずですが……僕は正体不明の魔物に襲われて、魔力器官を損傷しました」


 無意識のうちに拳を握り締める力が強くなった。


 ふと、気難しい顔のレイノルドが口を開いた。


「姿は見ていないのか?」


「一瞬のうちに背後から全身を切り刻まれたからね。意識が混濁していて、正直あのときのことはほとんど覚えていないんだけど。第三層に着いてから、なにかの気配を感じたんだ」


「気配だと? 魔物か?」


 ロズウェルは深呼吸してから、なけなしの記憶を探るように目を閉じる。


「うん。そう思って攻撃したんだけど手ごたえがなくて……それとも人間だったのかな。僕を襲った正体不明の魔物の攻撃は、風魔法のような斬撃だったし」


 レイノルドはため息をつくと、姿勢を正して腕を組んだ。


「人間ということはないだろう。迷宮内の人数は『ドルイド』がすべて把握している。お前の仲間以外の人間がいるという情報はなかったのか?」


「それがなかったんだよね。というか、あれが魔物じゃなかったから、仲間に襲われた可能性があるってことじゃないか」


 あっはっは! と冗談を言ってみるが、誰も笑ってくれなかった。悪ノリしてくれそうなフレスカでさえ、断固として目を合わせてくれない。


(本当に裏切られていないよね。大丈夫だよね?)


 ロズウェルは胸をドキドキさせながらも、早めに話を切り替える。


「でも救助隊員にも迷宮に入る機会があるとは思いませんでした。みなさんは行ったことがありますか?」


 ややあってフレスカとトバリが頷く。


「私はあるよ」


「俺もある」


 ロズウェルがレイノルドを見つめると、彼は首を横に振る。


「ユーリは?」


「えっと」


 彼女は肩を揺らしたあと「ないに決まっているじゃない」と答えた。


 意味ありげな答えにロズウェルが追及しようとすると、フレスカに「貴重な話をありがとう」と言葉を挟まれる。


「迷宮の情報は二階の資料室にあるから、機会をつくってぜひ目を通してほしい」


「……わかりました。その上で補完できる情報があれば報告しますね」


「頼んだよ」





◇◆◇

 コツン、コツン、とロズウェルは足音を立てながら石の階段を登っていく。段差にそれほどの厚みがないためゆっくりと景色が移ろい変わる。


「空気が澄んでいる」


 制服を着たままロズウェルが向かった先は、バルロを見渡せる高台だった。


 ここはいまも見張り台を兼ねているようで、街の自衛団の人に会釈をして少しだけこの場にいさせてもらう。


 高台の際にある石が積み上げられた縁に手をつく。ロズウェルの胸元くらいの高さで寄りかかりやすい。


(ここから東にラサエスと紅茶の産地、北に故郷のアルタレス。さらに北に進むと『ヒスイの迷宮』がある)


 キルクス王国の現国王は、妃の一人に生き残ったネフリティス公爵家の第二公女を迎い入れ、子を成した。


 それが王太子だった。その身にネフリティス公爵家の血が流れているからこそ、家宝であった四本の魔剣の回収を望む。


(僕の任務は、ウィオラケムの魔剣を回収することだった)


 魔剣は一本あるだけで五百の兵士にも勝ると言われている力を秘めている。精霊に鍛えられたおかげで魔力をため込むことができるなど、魔剣によって効果が違う。


 王太子の命令でいろんな迷宮を探索してきたが、ネフリティス公爵家伝来の魔剣に対する執着は以上だった。


 彼はこれからも『ヒスイの迷宮』に人を送るだろう。


(フレスカさんたちの前では言えなかったけど、『ヒスイの迷宮』はキルクス王国の中でもっとも不運な迷宮とも呼ばれている)


 なぜなら、ネフリティス公爵領でもっとも人が住んでいた街の跡地にあるからだ。


 他の迷宮と比べると表面積は小さいが、その不運を嘲笑うがごとく、地上からの出入口は奇抜で美しい。


 雨水が溜まって深緑色の湖になっている。その中央にわずかに残った陸地があり、民を弔う詩が刻まれた六本の石碑が祀られている。そこが出入口だった。


 ロズウェルは静かに目を閉じる。


「こんなにすぐに『ヒスイの迷宮』の話をする機会が来るなんて」


 まるで胸に熟れた傷があって、そこを指でほじられているように痛む。ユーリへの羨望によって抱いた胸の痛みとはまた違う。こちらのほうが不快だ。


 風が吹き、短くなった銀髪を揺らす。


「よし、美味い茶でも飲んで帰るか」


 ロズウェルは前髪をかき上げてから踵を返した。


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