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第18話 『お前っ、この奇公子め!』

 次の日。ロズウェルは朝稽古を終えたあと、食堂の隣にある救護室で、治癒魔法による救命措置のやり方をユーリと一緒に確認する。


 ユーリと対面するように椅子に座り、ロズウェルは彼女の質問に答えていく。


「崖から転落して意識がない方を救助する際はどうすればいいと思う?」


「まずは相手の体に触れて、微量の魔力を流し込んで傷や異常がないかを確認し、それから治癒魔法を使うかな」


 これは魔法を扱う者が最初に習う技術だった。


 ちなみに以前、ユーリに助けられた際に背中の傷を治してもらったが、毒反応まで治らなかったのは単純にロズウェルの魔力の巡りが悪かったせいである。


 ユーリは腕を組むと大きく頷く。


「元魔導士相手に具問だったわね。でも実力は見ておきたいわ」


 そういって彼女は剣を鞘から引き抜くと、銀色の刃を自身の腕に沿わせた。途端に柔肌に赤い線ができ、ぷつりぷつりと血がしたたり落ちる。


(おいおい少しは躊躇いを持ってくれ……!)


 ロズウェルは眉間にしわを寄せたが、ユーリはなんてことない顔をしていた。内心でため息をついたあと、手をかざして治癒魔法をかける。


 この程度の傷なら呪文なしでもできる。瞬きを二、三回しているうちに傷はふさがった。


「治癒魔法の手際は問題ないわね。いまので魔力量の消費はどうかしら?」


「これで二割消費するね」


「なるほど。となると、魔法頼りになる戦闘は控えたほうがいいわね」


 責められているわけではないのに、ロズウェルはなんとも言えない気持ちになる。


(まあ、いまのところ一人では役に立たないからな)


 肩を落としたくなる気持ちをこらえていると、救護室の扉が勢いよく開かれる。


「よお、やっているか」


 現れたのはトバリとレイノルドだった。ユーリは二人の姿を見て、慌てて立ち上がる。


「どうして二人がここに⁉」


「ユーリがちゃんとやっているかなと思って」


「ちゃんと指導していますよ!」


 ねえ⁉ とユーリはロズウェルに同意を求める。ロズウェルは勢いにたじろいで「う、うん」と頷くが、言わされている感がにじみ出てしまい口元を押さえる。


 ユーリはロズウェルを軽く睨んでから、黙ったままのレイノルドを巻き込む。


「ちょっとレイさんからもなにか言ってよ!」


「……ユーリさんはちゃんとできているだろう。ただ」


 レイノルドは丸眼鏡をかけ直すと、ロズウェルを見下ろす。


「俺は新人の魔力量のほうが気になる。ユーリさん、彼は使い物になりそうか?」


「それは……」


 ユーリが言葉を続けるよりも早く、トバリが口を挟む。


「別に大丈夫だろう。だってこいつには薬膳茶があるんだし。擦り傷や痛みを和らげるくらいなら治癒魔法を使わなくても、お茶を飲んでもらえばいいだろう?」


 トバリの言葉に、ロズウェルは閃いたといわんばかりにポンッと手を叩く。


「確かに、薬膳茶を持ち歩けばいいですね。ここにも取り扱いがあるなんて知らなかったです!」


 どこか他人事にように呟くと、トバリがものすごい形相で二度見する。


「え、薬膳茶ってお前が作ったんじゃないのかよ⁉」


 彼は両手を使って大袈裟に驚くため、ロズウェルは小首を傾げてから「え……ああ!」と声を上げる。


「もしかして五年前に僕が作った薬膳茶のことですか……?」


 確かに薬膳茶を考案したのはロズウェルだが、貴族たちに売り込んだのは母親だった。てっきり貴族のあいだでしか飲まれていないと思っていたので、戸惑いを隠せない。


 困惑していると、トバリは人差し指でロズウェルの胴体を何度もつついてきた。


「おいおいおい! この国で存在する薬膳茶はお前が作ったお茶だけだぜ~‼ 俺は魔法が使えないから薬膳茶にはずいぶん助けられたんだよ」


(え、オルヌスに魔法が使えない人もいるのか……⁉)


 驚きが表情に出ていたのか、トバリは指先でロズウェルの頬をブスッとつつく。


「あ、いま魔法が使えない人もいるんだと思っただろう?」


「いてっ、はい」


「この国では魔物による傷害が八割を占めるからな。魔物に対抗できる力を持っていれば、魔法が使えなくても十分救助隊員としてもやっていける。それに」


 トバリは気難しい顔をしているレイノルドを視線で促した。


「俺のいまの相棒はこいつだ。俺ができないことをこいつができるように、こいつができないことを俺はできる。まあ、持ちつ持たれつってことだな。でも前より救助がやりやすくなったのはお前のおかげだぜ? ありがとな『黎明(れいめい)の魔導士』さんよ」


 ロズウェルは何度か瞬きをしてから、やっぱり小首を傾げる。


「黎明? どなたのことですか?」


「えっ」


 トバリだけではなく、ユーリとレイノルドも驚嘆を上げる。ややあってレイノルドが控えめに口を開く。


「……薬膳茶をつくった魔導士は公表されていなかったのではないか?」


「そっか、市井の人たちが勝手に呼びはじめた二つ名だったわね」


 ユーリの言葉を聞いて、ロズウェルは緩みそうになる口元を片手で隠す。


(黎明の魔導士……僕が⁉ かっこよすぎない⁉)


 すかさずトバリに「お、にやけている」とからかわれた。


「いやだってそんなにカッコいい二つ名が僕についているなんて知りませんでしたから。仲間たちからは奇公子(きこうし)と呼ばれていましたし」


 あはは、と笑ってみるが誰も笑ってくれなかった。


「…………」


 しかも場が凍り付いた気がする。


 ロズウェルは視線を彷徨わせたあと、手ぶりを使って空気を換えようと試みる。


「いやほら、僕はお茶ばかり追い求めていたし、迷宮探索の休憩中にずっと茶葉の調合をしていたし、事あるごとにお茶を振舞っていたら、変わり者として呼ばれるようになって」


「まあ、トリカブトを食べるくらいだものね」


 ようやくユーリが呆れ声で反応してくれた。ロズウェルは渾身の笑みを顔に張り付ける。


「薬膳茶があれば、傷とか痛み止めの治療魔法の使用を控えることができます。とりあえず、やりようがあることが知れてよかったです」


「まあ、そうだな」


 トバリは苦笑したあと、ロズウェルの頭をわしゃわしゃ撫でる。銀髪が乱れた頃、彼は「そうだ」と声を上げる。


「お前って、迷宮の経験もあるんだよな」


「あ、ありますけど」


 トバリの拘束から解放されたロズウェルは、髪を整えながら答えた。


「その話、詳しく聞かせてもらおうかな」


 たゆたう海のごとく穏やかな声が聞こえてきた。勢いよく声のした方向に視線を送ると、フレスカが腕を組みながら入り口に柱に寄りかかっていた。


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